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閑話:養父が家を出ていく話

「院長。なぜ家を出ていくのですか?」

 ショウタがセイスケに詰め寄った。


 難易度の高い手術を成功させ、傷口の縫合を終えた途端に崩れ落ちるように倒れたショウタは、死んだように二日間眠り続けた後、家で療養をしていた。

 そして三日後、すっかり元気になったショウタに、セイスケは中央病院の院長を辞め、無医村の医師になると告げた。


「私はもう院長ではない。それに、家では父と呼べ。先程も言った通り、田舎で温泉に入り、漁をしながら、のんびりと過ごしたいと思ってな」

 セイスケは淡々と言う。院長と部下の医師という関係を終わらせる意思を感じさせた。

「義父さん、こんな広い家に一人で住むのは寂しすぎます。俺もその村に一緒に行きますから」

 鬼は情が深く寂しがり屋の生き物である。広い家での一人住まいにショウタは耐えられそうにない。

「駄目だ。あの村に二人も医師はいらない。どうしてもついて来るというのであれば、医師を辞めてこい。村で漁師でも農夫でもして生きていくのであれば、好きにすればいい」

 ショウタは項垂れながら力なく首を振った。どれほど寂しくても、ショウタの手術を待っている人がいる限り医師を辞めることはできないと思う。


 セイスケは自分がショウタを倒れるまで追い詰めたと考えている。

 ショウタにしかできない手術がある。ショウタにしか助けられない命がある。それは事実だった。

 院長として職員の勤務管理を行わなくてはならない立場であるのにも拘らず、セイスケは患者の命を選択することを恐れ、ショウタに過度の勤務を命じてしまっていた。

 鬼のショウタならば、少々眠らずに働いても大丈夫。そう自分に言い聞かせてショウタを酷使してきたとセイスケは反省している。


 ショウタと離れなければとセイスケは思った。

 一緒に働いていれば、セイスケはショウタの力を頼ってしまうし、ショウタはセイスケの期待に答えようとするだろう。


「寂しかったら嫁でも貰えばいい。ショウタは今年で二十七歳だろう。遅すぎるくらいだ。どうせ私は先に死ぬのだから、ずっと一緒に生活をする事はできないぞ」

「俺は……、鬼だから」

 ショウタが辛そうに呟いた。

「母親のことを恨んでいるのか?」

 幼いショウタは深い山で一人生きていた。鬼は子を捨てることなど絶対にしないので、セイスケはショウタの父親は生きていないだろうと思っている。しかし、母親は息子であるショウタを山に捨てたのかもしれない。ショウタは鬼の子だから母に捨てられたと気にしているのかと思った。


「違う。俺は母を守ることができなかったから。子どもを捨てるくらいだから、随分と困っていただろうに、俺は自分だけ生き残った」

 ショウタは泣きそうになりながら首を振っている。

「ショウタはまだほんの子どもだったのだから、母親を助けることなんて無理だろう」

 セイスケもさすがに呆れる。セイスケと出会った時のショウタは、どう見てもまだ保護が必要な年齢だった。

「でも、俺のほうが力は強かったはずだ」

 五歳児のショウタでも、木の根を引きちぎるぐらいの力があった。確かに力だけなら母親より強かったかもしれない。


「鬼とは想像以上に情が深い生き物だな。母親を守ることができなかったと後悔しているのならば、代わりに不幸な娘でも助けてやれ。その娘を一生守りたいと思ったら結婚すればいい。簡単なことだ」

 愛情深く優しいショウタには無理なことではないとセイスケは感じる。

「鬼の俺と結婚したいと思う娘はいない」

「そんな訳あるか。全ての娘が鬼と結ばれるのを拒否するのであれば、今頃鬼は絶滅しているぞ。鬼は相思相愛の女でないと子作りができない。ショウタだって愛し合う両親から望まれて産まれてきたんだ。それだけは確実だ。ショウタにだって、そんな娘がきっと現れるだろうよ。楽しみに待っておけ」 


「そんな娘がいるだろうか?」

 金色のショウタの目が期待に光る。

「当たり前だ」

 セイスケは疑ってはいなかった。


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