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閑話:鬼の子を拾った話

 ショウタが嬉しそうにポークカツレツを食べているのを見て、セイスケは安心して微笑んでいた。

 ショウタがミホという娘に好意を抱いているのは、傍目から見ても間違いようがない。

 鬼であることで踏み込めないでいるらしいショウタだったが、ミホの様子からも近い内に喜ばしい報告を受けるのではないかと、セイスケは安堵していた。


 

 もう二十年以上も前になるのだなと、ショウタとの初めての出会いをセイスケは思い出していた。

 最愛の恋人を病に奪われ、医師としての無力さに打ちのめされていた頃、猿も入浴すると名高い山深いところにある温泉に行った。

 人里から離れた地で心を癒やされたかったのか、もう帰るつもりがなかったのか、自分でもわからずにいた。


 その時、薄汚れた裸の子どもが木の根を温泉で洗っているのを見た。

 その子の髪の毛はたんぽぽのように真黄色で、黒と黄の縞模様になった短い角が二本頭に生えていた。

 鬼は情の深い生き物である。生きているのならば幼い子どもを捨てるようなことはしない。おそらく、あの鬼の子の父親は生きていないのだろうとセイスケは思っていた。


 小さな鬼の子は洗った木の根を口にした。ひどく不味かったのか顔をしかめたが、空腹に負けたのか、噛み切って咀嚼し始めた。

 鬼は強い力と丈夫な体、それに個体ごとに違う不思議な能力を持つが、非常に多くの食料を必要とする。

 冬になればいくら鬼の子とはいえ生きていけないだろうとセイスケは思った。


「おにぎりがあるが、食べるか」

 セイスケがそう声をかけると、鬼の子が振り返った。そのすがるような金色の目を見た時、生きる意義を失っていたセイスケは、この子を守るために生きようと決意した。


 鬼の子は記憶を失っていて、いつから山で生活していたのかもわからない。

 言葉もろくにしゃべれなかったが、セイスケが教えるとすぐに覚えた。

 鬼は人の数千分の一ほどしかいない。生態も詳しくわかっていなかった。それでも過去の研究論文を調べて、ショウタの体格なら生後五年ほどではないかとセイスケは結論づける。


 温泉があった村より自動車で三時間ほどの町で、大きな病院に就職したセイスケは、武家の屋敷だった古い家を購入してショウタと名付けた鬼の子と生活を始めた。


 それから五年ほど経った頃、尋常小学校で先生に叱られたとショウタがしょんぼりと帰ってきた。

 訳を訊いたセイスケに、ショウタは一枚の絵を見せる。

 それはセイスケを描いた絵だったが、内臓が詳細に描かれていた。

「医学書を見たのか?」

 家にある医学書の人体解剖図でも見たのだろうとセイスケは思っていたが、違っていた。

「先生がお腹の中は見えないから、描いちゃ駄目だって。僕には見えるよ。僕はおかしいの?」

 その言葉に驚いたセイスケは、ショウタに詳しく訊いた。


「着物を着ていると見えないけれど、風呂に入っている時、目を凝らすと体の中が見えるんだ。ここにぐるぐるしているものがあって、ここにはいつも動いているのがある」

 下腹部や左胸を指差しながらショウタが言った。


 医師としてこれほど必要とされる能力が他にあるだろうか。セイスケは嫉妬すら覚えた。

 しかし、その能力はショウタにとって幸せではなかったのかもしれない。


 自分が引き取らなければ、ショウタは普通の鬼としての生活を手に入れたとセイスケは思う。鬼が力強いことを人は認めている。その力を使って生活の糧を得ることは容易いし、人は受け入れる。

 医師であるからこそ、鬼であることで差別される。それでも、人の命を救うためにショウタはメスを振るい続けていた。


 せめて、ショウタを癒やす存在を与えてやってくれと、セイスケは願っていた。


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