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12.手術することが決まった

「ショウタさん、そんな酷いこと言う女なんて放っておけばいいよ。治してやることなんてない! 死んだって自分が悪いんだ」

 長椅子に座っていたミノルが勢いよく立ち上がり、悔しそうにカナエを指差した。

「俺は医者だから」

 振り返ったショウタは、ミノルを安心させるように笑い、第一診察室に向かう廊下に消えていく。

 カナエを背負った伯父と伯母、そして、カナエの兄が後に続いた。


 ミホはミノルの横に行く。ミノルの言葉は言ってはいけないことだとは思ったミホだが、ミノルの気持ちもよくわかった。

「ミノル、カナエは病気なの。そんなこと言っては駄目よ」

 ミノルの怒りを抑えるようにミホは彼の頭を軽く叩いた。

「だって、悔しいじゃないか!」

 ミノルの目から涙かこぼれた。自分が倒れても命を助けたいと努力してきたショウタを、カナエはただ鬼であると言うだけで否定した。ミノルには受け入れがたいことである。


「その気持はわかるけれど、でもね、ショウタさんは医者で、病気を治すのがお仕事だから。ショウタさんのお仕事がうまくいくように願いましょう」

 長椅子に座ったミホは、ミノルの手を引いて隣に座らせる。

『これ以上のあの人たちがショウタさんを傷つけることがないように』

 そうミホは願っていた。



 兄嫁のサエがミノルとミホの前に来て頭を深々と下げた。

「本当にごめんなさい。カナエは本当にわがままな娘で、私も困っているんです」

「そうね、私もちょっと困っているかも。私は一年に一回しか会わないけれど、サエさんは毎日だもの。大変よね。でも、今は病気が治るのを祈りましょう」

 ミホがそう言うと、サエは頷きながら長椅子に座った。



 第一診察室では、看護婦がカナエを診察台に寝かせて、カーテンを閉めてから着物の前をはだけさせている。


「鬼の医者なんて聞いたことがないけれど、本当に医者なんでしょうね。盆でなければ人の医者に診てもらえるのに、可哀想なカナエ。人の娘の肌は柔らかいから気をつけてくださいね。力を入れすぎて傷なんてつけないでちょうだい。鬼は乱暴だから」

 消毒液で手を洗っているショウタに伯母が小言を言っていた。

「大丈夫だから」

 暴言に慣れているショウタは微笑んでいる。


 カーテンの中から出てきた看護婦の顔はかなり怒っている。

「若先生、診察の用意ができました。皆様、診察の邪魔をするのなら出ていってくださいね」

 看護婦が伯母を睨み付ける。怯んだ伯母は黙ってしまった。

「妻の非礼を許して下さい、申し訳ありませんでした。お願いですから娘を助けてやってください」

 伯父がショウタに頭を下げた。この場にカナエを助けることが出来るのがショウタしかいないことが、彼には重々わかっていた。

「出来る限りのことはします」

 そう言ってショウタはカーテンに中に入っていった。


 

 目の前にやってきたショウタをカナエは不安そうに見上げた。痛みで診察を拒否する気力もない。

 胸は手ぬぐいで隠されているものの、腹はショウタの目に晒されているが、カナエは羞恥よりこの痛みから逃れたい気持ちの方が強くなっていた。

 

 診察台の横に置かれた椅子に腰掛けたショウタは、カナエの左脇腹に手を置き、目を凝らした。

 しばらくそのままの姿勢で静止するショウタ。


 それから、首にかけていた聴診器を手ぬぐいの下から差し入れて、ショウタは真剣な顔で心音を聽いていた。



 カーテンから出てきたショウタは、息を呑んでショウタの言葉を待っているカナエの家族に向き合った。

「虫垂炎です。かなり炎症が進行していて、このままでは腹膜炎を起こしてしまう。今すぐ手術しましょう」

「そんな! カナエはもうすぐ嫁に行くのですよ。体に傷をつけるなんて」

 伯母が泣き崩れる。

「先生、よろしくお願いします。カナエを助けてやってください」

 妻を抱きかかえた伯父は、すがる目でショウタを見た。

「そんな、あなた!」

 伯母は咎める目で夫を見る。

「先日、同僚の娘さんが同じ病気で亡くなった。どんな傷痕が残ったとしても、俺はカナエに生きていて欲しい」

 伯父の言葉に伯母は黙るしかなかった。



「手術の用意を」

「わかりました。病室の看護婦も呼んできます」

 看護婦が足早に出ていく。


 カーテンを開けたショウタは、再びカナエの傍に座った。

「お嫁に行くんだってな。なるべく小さな傷痕になるように頑張るから」

 カナエの不安を取り除くように、優しい声でショウタはそう語りかけた。


「ショウタさん!」

 診察室を出てきたショウタを見て声をかけるミノル。ミホも立ち上がって心配そうにショウタを見た。

「これから緊急手術をすることになった。ミノルはミホと一緒に家に帰ってくれるか」

 ミホとミノルにそう言うと、ショウタは足早に二階への階段へと向かった。

 手術室は二階にあり、患者は蒸気式のエレベーターで運ばれことになっている。


 静かだった院内は俄に騒がしくなる。

 いつもより人が少ない分、看護婦たちも早足で移動していた。



「ミホ姉ちゃん。僕はあの女が気に入らないけれど、死んでしまったらショウタさんが辛い思いをするから、手術が成功することを祈るよ」

 ミノルは複雑な思いを抱えてミホを見上げる。

「そうね。手術の成功を祈りましょう」

 ミホは階段に消えていくショウタを見送り、これ以上彼に辛い思いをさせないで欲しいと祈っていた。

「ショウタさんなら、大丈夫だよね」

 ミノルの目は確信に満ちている。

「絶対に大丈夫よ。盆が終わってショウタさんが帰ってきたら、好きなものたくさん作ってあげましょうね」

 ミホの料理でショウタを癒やすことが出来るのであれば、どんなものでも作るとミホは思った。

「僕はカレーライスがいい。肉がいっぱい入ったやつ」

「それはミノルの好物でしょう?」

「ショウタさんだって大好きだよ」

 ミノルは少し不満そうに口を尖らせた。

「わかったわ。カレーライスも作りましょう」

 ミホとミノルは内心の不安を隠して、手を繋ぎ仲良く家路についた。


 一人残された兄嫁のサエは、仲は良くなかった義妹でも死んでは欲しくないと思い、執刀するのが鬼であると知って不安そうに上を見上げていた。


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