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土から生まれた私

作者: 華美

  目を開けた時、目に入ったのは主だった。目元を黒くしながら、私を見て笑っていたのを今も覚えている。私は、土から生まれたゴーレムである。


  「主」


  「はーい、なあに?」


 私の主は小さい。例えるならば、幼女。それくらいだ。幼女な主は、天才と言われている。でも言われる度に寂しそうに、皮肉げに笑う。


  「今日は、散歩行きますか?」


  「ルマイと一緒にならどこでも行けるよ」


 主は私に一番に名前を付けた。ルマイと。それから私は主を主と思った。


  「私も主とどこへでも」


  「あら、私の名前忘れたの?アルサナって呼んでよ」


 主は、気まぐれ。私は生まれてから、この花の園と呼ばれるこの屋敷から出たことは無い。だけど、主は私と花の園を回る。毎日のように。


  「ほら、来て。行こう」


 主は私の手を握る。私はゴーレム。主の体温さえ感じることはできない。感情さえ、どこか薄い。私は主の思うゴーレムになれただろうか。


  「綺麗と思う?このお花」


 主はピンクの花を見つめている。私には花は花としか見えないが、どう答えてほしいかは考えることが出来る。


  「綺麗です、主」


  「…アルサナっていってくれないのね」


 ただ、今日はどこか主がより寂しそうだ。私が何か粗相をしただろうか。


  家の中に戻り、主は私が入るのを禁止している部屋に入っていった。ならば、私は主を待つのみ。…主をアルサナと呼ぶことに、意味はあるのだろうか。


  「…」


 主は、五時間たっても出てこない。もしかしたら、私のようなゴーレムを造っているのかもしれない。…ただ、それを考えると、どこかでその可能性はないと否定する自分がいる。


  「主?」


 開けてはならない扉の向こう側へと声をかける。物音さえしない扉の向こう側から返事がかえることはなかった。


  「……」


 私が生まれた時に主はそっと抱きしめてくれたことを思い出す。その時に、何かを呟いたのだが私に聞こえることはなかった。それを知りたいと願う自分がいる。これは感情なのだろうか。そういえば、私が生まれてから三年経っている。…年月を追うたびに私は考えることが増している気がするのだ。


  「主…主…アルサナ様…?」


 ポツリとその名を呼んでいた。この名で呼ぶことで何かが変わるのなら、私は知ってみたいと思う。


  「…っ!」


 バタンッと扉が大きく開かれる。目を充血させた主が片手にビーカーを持ち、こちらを見上げている。


  「もう一度、いって。ルマイ」


  「ある…アルサナ様」


 間違えてしまいそうになる。だが、名を呼ぶと主は花が咲くようにふわりと笑った。


  「…ルマイ、名を呼ばれると私は嬉しいよ」


 私が初めて見た主と同じように、今も主は笑っている。それを見ると、私は自然に、勝手に口元が緩んでしまうのを感じてしまう。


  「…私は何のために生まれたのでしょうか?」


 そして、心の奥底に埋まっていた疑問がそのまま口に出てしまう。主が驚きに口を開き、目を伏せてしまわれた。


  「それは…」


 ガシャンッ。その音に、私は振り返る。この先の廊下を曲がった所から窓ガラスの割れる音が響いたようだ。意図的に。ならば、私のやるべき事は。


  「待っていてください。私が確認してきます」


  「まっ、待って…」


 主を守らねばならない。…そうだ、忘れてしまっていた。私が一番にやるべき事は主を守ることなのだ。忘れてはならなかったこと。不要な感情は、捨てるべきだ。


  「アルサナって奴を探せぇ。決して殺すんじゃねぇぞ」


 男が三人、別れて進もうとしている所だった。私はゴーレムとしての能力を存分に使い、瞬時に彼らの前へと姿を現した。


  「行かせませんよ」


  「こいつは何だ?確か独りだったはずだが。おい!」


  「あれだ、最近研究で閉じこもってるっつー話だったからロボットかゴーレムですよ」


  「人間にしか見えんぞ…こんな物に頭使うなんてな、変人だぜ」


 好き勝手に主の事を言う。ふつふつと内側から何か湧いてくる思いに私は歯を食いしばり、腕を振るった。


  「ぐがっ!」


 男の顔を下から当てる結果となり、顎が弾かれ飛んでいく。後ろにいた男も巻き添えだ。横にいた男は風に目を瞑り、気づいてすらいない。そんな男の前に移動し足を振り上げる。


  「なめんじゃ、ねぇよ!」


 だが、後ろから殴られ態勢を崩してしまう。そしてもう一人の男に腹を踏まれ、身動きが取れなくなる。決して怖くはない。ただ主を守れなかった。それは、嫌だ。


  「最終手段を取ります」


  「あぁ?」


 主を傷付けないためのリミッターを外して跳ねるように飛び起きる。押さえつけていた男二人は地面へと転がった。すぐに起き上がろうと腕を付く頃には、私は彼等の前にいる。


  「化物っ!」


  「ゴーレムかよぉ、厄介だっ」


  「はおせっ!」


 無理に動いたせいか、腹の部分や腕、顔が欠けてひび割れている。だが、これでもいい。主を、アルサナ様を守るためなら私は壊れてもいいのだから。


  「ぶぎっぃ、たすけっ」


 助けを求めようが、私には関係ない。ゴーレムである私に思いやれるような感情は無いのだから。無情に、排除するだけだ。


  「がっ………」


 事切れた男達を担ぎ上げて、まだ来られていない主に見せぬように外に出た。とある崖っぷちまで歩き、男達を投げる。…これでいい。主は安心できる。


  「この身では、もう主の元へは帰れませんね」


 もう片腕はほぼ無く、もう片手もほぼ機能していない。腹の部分はえぐれたような傷跡が残り、顔もひび割れて見苦しい。痛さはない。だが、もう主の前に出れないのは悲しさを感じた。私がいなければ、主は代わりを探すだろうか。その代わりが主を支えてくれるだろうか。……嫌だ、嫌です、そんなの。


  「アルサナ…さま。私の名を呼んでください」


 わがままな私の願い。決して届かないであろう願い。主のためならば、この身はいらぬ。決意を決めなければならない。こんな欠壊品など、足でまといになる。


  『ゴーレムよ。そなたの願い、叶えてやろうか?』


 声がどこかから聞こえてくる。私はギギギ…という音をたてながら上を見るが何もいない。


  『声だけ届けている。お前のいう主とやらが求めているものが何か、教えてやろう』


 どこかからの言葉に、私は縦に首を動かす。主の望むものが分かればどんなに身を崩そうとも、手に入れてみせるつもりで。


  『血の繋がった家族だ。遠い昔に失くしたものだ。それから独りの、孤独な生活に耐えられずゴーレムを造ったのだ。己の血と頭を使ってな。だが、望んでいた感情はなかった。』


 ボロボロと体から土が零れ落ちる。血の繋がった家族。私はゴーレム。手足とはなれど、家族にはなれない。


  『三年経ち、そのゴーレムは徐々に変わり始めた。感情を見せ始めたのだ。何故かは誰にも分からぬがな、たまたまだ。だが、駄目だった。家族にはなり得ぬからな。命令が第一の生命のわからぬものだからだ。』


  「私では、無理ということですね」


 ゴーレムである私では、人のように主を心から支えることなどできない。心が不十分だから。理解しようにもできない。心さえも造られたものなのだから。


  『人工知能だ。学習はすれど、成長することは出来ぬ。だが、ただのゴーレムではないお前には今選択肢がある。人工知能にしては人のように考えることもできるお前には、この我から命をやろう。成長のできる人としてやる』


 人としての、私に?それがどんなことなのか想像はできない。けれども、私は主を二度と、一人にはしたくない。できない。


  『さぁ、どうする?あぁ、人となるためには条件がある。あの花の園の中にある宝石を持ってくるのだ』


  「取ってこれば、良いのですね」


 主に許可が取れれば、私はその宝石を持ってくることはできる。だが、この醜い姿を見せねばならぬのだと思うと躊躇する。


  『そのままでは嫌か。ならばこうしてやろう』


 声とともに鳥の光の塊が私を包んだ。


  『…今から三十分以内に戻らなければ、その場で崩れ去るだろう。急げよ、人間』


 自分の指先が柔らかく感じる。呼吸をしている。人間そのものになっている。サラリと黒髪が前に垂れて、我に返る。声の言葉を思い出して、私は走った。


  木の根で転び、枝に傷がつき、血が滲む。走り出して暫くして呼吸が乱れる。生きている。そんな実感を初めて味わいながら、主の元を目指して走り続ける。


  「ルフレ!」


 目の前を何が現れて、突進される。受け身を取れぬままに私は倒れ込んでしまう。


  「アルサナ様…」


  「肉声?…温かい、どうして?」


 私の主。アルサナ様が私に抱きついていた。思わず抱きとめていた腕には、生き物の温かさというものがじんわりと伝わってきていた。


  「アルサナ様、花の園にある宝石をご存知ですか?」


 ここに来るまでにもう、十分かかっている。残り時間を考えるならば、急がなくてはならない。


  「…それを、どうするつもり?あれは私の父が残してくれたものなのよ?」


 その言葉に私は口を噤む。そしてすぐに答えを出した。


  「ならば私は求めません」


  「待ってよ、説明さえしてくれないの?なんで人間になってるのか、何故急いで宝石を探すのか」


 アルサナ様は泣きそうな表情でギュッと私の服を掴んだ。ズキリと心臓の部分が痛み、私は驚いて心臓を押さえる。


  「ねぇ、ルフレ。時間がないんだよね?何の時間かはわからないけれど、宝石を見つけないと私は一人になるの?」


  「…私がいなくなるだけです。貴方ならば代わりなどいくらでも造れます」


 私は主の大切なものを犠牲にするのならば、死んだ方がましです。ましてや唯一の形見を失わせるわけにはいかぬのです。例え主がなんと言おうとも。


  「代わりなんて、いないのに。ルフレのバカ!」


 私は胸を叩かれる。アルサナ様は泣いてしまわれた。嗚呼、私はなんて事を…。


  「形見なんて関係ないわ!貴方がいるなら。共に生きてほしい、隣にいて欲しい。それじゃあ、駄目なの?」


 でも、どんな存在かもわからぬものに渡してしまえば戻ってくることはないかも知れません。私なんかが唯一のものになるのはいけないことなのです。気持ちが揺れます。左右あちらこちらに。アルサナ様が許されたのなら、私は宝石を渡してもいいんでしょうか。でも、大切にされたものが無くなってしまったら、父という存在が薄れはしないでしょうか。


  「私には、選べません。アルサナ様…」


  「〜〜っ!!!待ってて!」


 アルサナ様は、走って花の園へ入っていった。私は追いかけるべきでしょうか。それとも。


  「…ルフレぇ」


 結局選べぬままに、アルサナ様は戻ってきました。


  「…こら、そんな顔しないで。持っていきなさい、早く」


 私は今どんな顔をしているでしょう。何にも分からなくなってしまいました。ゴーレムだった時よりも、更に。足が動きません。何故か震えて、足に力が入らないんです。


  「もう!世話が焼けるわね!」


 パァンと頬を叩かれてしまいました。ヒリヒリと熱い頬を押さえて見上げると、光の宿った瞳が見えました。


  「私は主よ!なんとしても生き残りなさい、ルフレ!」


 私は手を開きました。薄いピンク色の光る宝石があります。とても小さな、綺麗な宝石。


  「まるでアルサナ様のようですね」


  「えっ。どこが?」


 小さくて、でもとっても力があって、眩しいんですよ。心の中でそう答えて私は立ち上がった。時間にしてあと五分もないでしょうか。


  「行ってきます、アルサナ様」


  「ええ、行ってきてルフレ。待ってるわ」


 私は走り出す。主のために、アルサナ様のために。私はゴーレムで、何にも出来ないのだと思っていた。でも違う。アルサナ様の支えとしていることが、私の役目だったのだ。例え人形だったとしてもそばに置いてくれたアルサナ様。私は少しでも恩返しがしたい。


  「あっ…」


 しかし時の流れは早かったようです。足元から崩れてきてしまいました。でも、アルサナ様が待っています。今諦める訳にはいかぬのです。


  「ぐっう」


 人間の体だからか、今まで感じたことのない痛みが走ります。勝手に目から雫が流れ落ち、地面を引っ掻いたために爪が剥がれました。でも、アルサナ様が待っています。まって…いま……。


  『よくやった。宝石だけは届いたぞ、ルフレ』


 最後の力で転がった宝石は、いつの間にか歩み寄ってきた男の前で止まった。それを男が拾い上げて、見事だと褒める。そして目の前の砂の山に水をかけ始めた。


  「乾ききってまで走り続けるとは思わなかったぞ」


 かけられた所からぷくぷくと砂から土へ、土から何かの形へと変わってゆく。ぷくぷくぷくぷく。どれだけの時が経っただろう、男の目の前には長い黒髪の女性がいた。


  「貴方が、私を助けてくれたのですね」


  「そうだ。宝石のお礼だ、礼はいい。」


 ぽたぽたと地面に染みが出来ていく。男は口の端をあげて、黒髪の女性に手を振った。


  『泣くな、また乾いてしまう。さぁ、主の元へ帰れ。待っているんだろう?』


 声だけになった男の言葉に、黒髪の女性ルフレは頷きまたも走り出した。


  「会いたい、会いたい、会いたいです」


 これが心。これが感情。これが人間。明確な意思がルフレの足を動かしていく。


  「アルサナ様!」


  「あぁ、おかえりなさいルフレ」


 主であるアルサナ様の元へ戻り、私は笑顔でアルサナ様を抱きしめた。


  「長かったよ、さぁお家に帰ろ?」


  「はい、帰りましょう」


 そういい、黒髪の女性と小さな銀の髪の少女が寄り添って歩いていく。髪の色は違えど、どこか家族のような姿だった。


  「全く、世話が焼けるな」


 そう声が聞こえて、二人が後ろを振り返るが誰もいない。前を向く二人の髪には桃色の髪留めがいつの間にか付けられていた。

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