大国の第二皇子は、姉妹に振り回される
「仮初め寵妃のプライド 皇宮に咲く花は未来を希う」の番外編です。時系列上、本編に差し込みにくかったので、短編として出す事にしました。
一応、本作を読まなくても楽しめるようにはしています。ただ、こちらを先に読むと、ネタバレします。
端麗な容姿を持つ、皇位継承権第一位の皇弟、セルティスが、規格外れの異父姉や幼い異母妹に振り回される姿を書いてみました。
アンシェーゼ皇国のセルティス皇子には、七人兄弟がいる。
異母兄が一人に、異母姉三人、異父姉が一人と、異母妹、異母弟が一人ずつ。
ちなみに異母姉三人は、セルティスが引きこもっていた間に他国のどっかに嫁いでいったので面識はない。
残りの皇子皇女は、それぞれいろんな訳ありを背負っていて、割とまともなのは皇后を母に持つ第一皇子のアレク兄上で、こちらはつい三か月前に皇位争いを無事制して、皇帝として即位した。
異母妹マイラは、つい先日までその存在自体を忘れられかけていた皇女で、御年三歳。
そして異母弟ロマリスは、兄との皇位継承争いに敗れて、絶賛蟄居中の零歳児である。
で、セルティスと一番関わりが深いのが、異父姉であるヴィア皇女で、こちらは皇女とは名ばかり、側妃の連れ子だったので、皇家の血は一滴も入っていない。
セルティスは十二になるまでこの姉と二人、王宮の一角に隠れ住んでいた。
何故隠れ暮らしていたかというと、答えはごく単純で、下手に目立てばアレク兄上の政敵と見なされて、殺されてしまう可能性があったからである。
さて、セルティスと一番仲の良いこの姉であるが、楚々とした儚げで清楚な容姿と裏腹に、大層男前な性格をしていた。
どのくらい男前かというと、セルティスを守るために、進んでアレク兄上の側妃になってくれたほどである。
元々市井に下りる気満々だった姉は、庶民的な感性を持ち、性格はいたってのびやかで闊達、かつ楽天的。
そして、正統派皇子であるアレク兄上が何故か、そんな姉にすっかり夢中になってしまった。
大国の皇子として何一つ瑕疵がないとまで言われていたのに、女性の趣味は大丈夫か!?と、ひそかにセルティスは心配したものである。
いや、勿論、セルティスはこの姉上が大好きではあるのだが。
ついでに姉も兄を愛していたようだが、結果的にこの恋は悲恋に終わった。
皇帝となったアレク兄上は、政治的に価値の高い姫を皇后に迎える必要があり、姉の方から身を引いたのだ。
姉が失踪した晩、セルティスは一晩泣き明かした。セルティスは姉大好きっ子であったため、その痛手はかなりのものであったのである。
そうして一月近く経った頃、セルティスは次官から、一枚の手紙を渡された。
裏を見ると、差出人はマイラ皇女となっており、中には「会いたいです」と、一言たどたどしい文字が綴られていた。
そう言えばマイラは、姉上によく懐いていたなと、セルティスは今更ながらのように思い出した。
家臣からも忘れかけられていたマイラを何故知ったのかというと、マイラの存在を知った姉がマイラを可愛がるようになり、このままでは流れから取り残されると、アレク兄上や自分に紹介してきたからである。
こういう面倒見の良さが姉の良さなのだが、何の紹介もなくいきなり引き合わせられたものだから、アレク兄上などは、もしや自分の隠し子か…と完全に色を失っていた。
(ちなみにセルティスもその時しっかりと兄上を疑った)
この一月近く、セルティスは自分の悲しみで手一杯で、年の離れた妹のことなど考えもしなかった。
妹と言っても会ったのはまだ一回だけだし、それにあの日の事はセルティスにとって軽いトラウマとなっている。
あの経験を何と表現すればいいのだろう。
手紙を片手に、セルティスは遠い目をする。
未知の世界というか、とにかく何もかもが衝撃的だった。
子どもの相手などしたこともなかったのに、「セルティスお兄様が遊んで下さるわ」と勝手に宣言した姉のおかげで、何度も何度も「高い高い」をやらされて、「鬼ごっこ」とやらで狭い部屋の中を走り回らされた。しかも、本気を出せば泣き出すので、適当に手加減をしなければならない。
果ては「お馬さん」なるものにもならされたが、一体皇子である自分が、どうして四つんばいなどという、屈辱的な格好で部屋を歩かされなければならなかったのだろう。
それでもあの時は姉がいたから何とか間が持ったが、自分一人で行って幼い子供の相手などできるんだろうか。
と思いつつマイラの元を訪ねたら、いきなり爆弾を落とされた。
「どうして、じじゅうちょうの頭は禿げているの?」
確かに、さっき挨拶してきた侍従長の頭は見事に禿げていた。が、どうして禿げているか、なんて質問に正しい答えなんかあるんだろうか。
セルティスが問い自体に首を捻っている間にも、マイラは矢継ぎ早に質問を重ねてくる。
「毛がないところがテカテカなのはどうして?」
「横の髪の毛は残っているのに、どうして真ん中がないの?」
「いつ頃から、ハゲは始まるの?」
セルティスは顔を引きつらせた。皇子である自分に、未だかつてそんな訳の分からない質問をしてきた者はいない。
「何故、私に聞く?」
「だって、お姉さまが、お兄様に聞きなさいっておっしゃったから」
セルティスは心の中で、声にならない叫び声を上げた。あの姉は何という置き土産を残していくんだろう!
いや、あの姉なら、いかにもしそうな事であるが。
マイラは、きらきらと期待に満ちた目でセルティスをじっと見つめている。わからないとは、迂闊に言いにくい雰囲気だ。
「マイラ、これはとても難しい問題だ」
セルティスは、取りあえず時間稼ぎを図った。
「だが、お兄様にもわかることがあるから教えてあげよう」
「はい」
「ハゲには二通りの形があるんだ」
「二つ?一つではないのですか?」
「そうだ」
セルティスは重々しく頷いた。
「ここの侍従長のように、前髪から順々に抜けていって後ろ頭まで禿げていく形と、前髪や横の髪は残っているのに、頭のてっぺんだけがなくなるハゲもあるのだ」
マイラは小さい頭でちょっと考え、知識をきちんと吸収したようだった。
「では、お兄様はどちらのハゲになるのですか?」
マイラの質問に、セルティスは撃沈した。
妹の頭の中で、私が禿げるのは確定なのか…っ!
おそらく大丈夫だとは思うが、男としては妙に不安の募るところである。これが未来予想図とならないようセルティスは、しっかり否定をしておく事にした。
「お兄様は禿げない!何故なら、私達の父上は、髪がふさふさしていたからだ!」
……妙に気合の入った宣言をしてしまった。
案ずることはない、とセルティスは自分に言い聞かせた。父のパレシスは、毛根だけはしっかりしていた。母方の祖父は知らないが、きっとどうにかなる……筈だ。
「お父様が禿げていないから、セルティスお兄様は禿げない?」
「そうだ」
「じゃあ、アレクお兄様も禿げないの?」
「おそらく禿げない」
そうだ!とこの時、セルティスはまさに神の天啓を聞いた気がした。
「先ほどの質問だが、あれはアレク兄上に聞いてみるといいよ」
「アレクお兄様に?」
敬愛する兄上なら、きっと素晴らしい答えを用意してくれるだろう。
これで丸投げできる、とセルティスは心底安堵した。
「アレク兄上は大層、頭の良いお方だ。あの方にわからないことはない」
ついでにハードルも上げておく事にした。
「わかりました」
碧玉宮から帰る回廊で、この事は一応アレク兄上に伝えておこうとセルティスは思った。
何の心の準備もないまま、兄をマイラの前に立たせるほど、自分は鬼畜ではない。
何しろ、ホウ、レン、ソウ(報告、連絡、相談)は基本中の基本だからな。セルティスは満足そうにそう独り言ち、達成感を胸に碧玉宮を後にした。
「だから何でお前は、私にそういう問題を振るんだ!」
アレク兄上の恨み節に、セルティスは飄々と答える。
「え、だって、わかりませんでしたし。
それにどういう状況でアレク兄上がご説明なさるのか、とても興味がありましたので」
「セルティス、お前もか!」
幸か不幸か、セルティスの思考回路は非常にヴィアに似ている事を、アレクは初めて発見した。




