プロローグ 〜異端の前世〜
初作品初投稿です。書き溜めないので右往左往しながら、でも、完結まで書き続けます。どうか誰かの心を揺らせますように。
ーー子供の時から空が好きだった。どこまでも、誰の上にも広がる、あの空が。時間や場所で全く違うその表情の豊かさが。いつかあの空を自由に飛びたい。そう考えるのは僕にとっては当然とも言えたし、実際に叶える為に行動に移していた。しかし当然ながら人は自力で空を飛ぶことは不可能で、飛行機やヘリコプターなどに乗るしか飛ぶ方法はない。しかも現代社会の日本では有人機の離着陸は空港とか以外は許可が必要で、世界を飛んで回ろうと思っても国境、領空の問題もあり自由に飛んでるとは言い難い。こういった問題を大人に近づいていく中で理解してしまい、僕の夢はいつの間にか飛行機のパイロットになるという夢に下方修正されていった。それでも何とか航空大学校に入学し、明日から初の操縦訓練が始まるはずだったーー。
「いよいよ明日からだな。」
期待半分緊張半分で自宅への帰り道を歩く。夜遅くまで許可を得てシミュレーターを使っていたのだ。彼の航空士への情熱は人一倍で、本来ならシミュレーターを一人で遅くまで使うなど許可が下りないのだが、彼の情熱と人柄は講師陣や同輩達からも認められており、今回は態々講師が一人で残って許可してくれたのだ。
「結構遅くなったし、明日は大事な日だから早く寝ないとーー」
駅から徒歩での帰り道。いつも通る道を時間のせいか普段より若干暗い中、足早なペースで歩いていく。彼の自宅は航空大学校に合格した際、一人暮らしを許され徒歩で通える距離にあった。彼の家と学校との間は最短で帰るには繁華街を通る形になる。多少遅くはなったがいつも通り自宅に帰って明日に備えて早めに寝るーーそのはずだった。
「ーーあれ?」
雑多な繁華街。見慣れたその光景に僅かに感じる違和感。
「何かいつもと違うなーー悲鳴?」
よく耳を澄ませば街の喧騒に混ざる数多の怒声と叫び。特に女性の甲高い悲鳴は雑多な音の中でも主張が強く、彼の鼓膜を強く揺さぶる。どうやら何かが起きているらしいと彼は辺りを注意深く見回してーー人混みの不自然な流れを発見する。まるで波紋の様にある一点を中心として人が離れていくのだ。一体何が起こったのかと彼は好奇心に突き動かされ人の流れに逆らって中心部分へと進んで行く。そして彼は人の流れの中心部分にーー刃渡り10センチ位のナイフを持つ男を見つける。男の目は血走っており酷薄な笑顔が出来の悪い仮面の様に貼り付いている。時折叫ぶ様な笑いを発している様で何故かは分からないが明らかに正気ではない。ナイフには赤い液体が付いており何が起こっているのか漠然とだが理解してしまう。そうして起こってくるのは焦燥と動揺だ。
「ま、まずい!取り敢えずアイツから離れないと……あの人は⁈」
彼は男の動向を注意深く観察しながら離れようとしていたが、ふと男の後方に倒れている女の子を見付けてしまう。脇腹辺りから赤黒いシミが服に大きく広がり、顔は青ざめていて素人目には今にも事切れそうだ。だが逆に言えばその人はまだ生きている。気づけば彼は駆け出していたーー倒れている人の方向ーー凶器を持つ男のいる方向へとーー。
彼は進路上にいる凶器を持った男に拳を振り上げる。男は何かを呟いていて気付いていない。そのまま全力で走る勢いのままに彼は拳を男の顔面にーー叩きつけた!
「痛っ!」
彼の顔が苦痛で歪む。喧嘩も碌に経験してこなかった素人の全力である。拳を痛めたようだが今の彼には関係ない。殴った男がどうなったのか確認もせず彼は倒れている女の子に駆け寄った。
「大丈夫!すぐに助けるから‼︎」
とにかく止血しないと!確かこういう時はーー傷口からはジワリとした出血で暗赤色だから恐らくだけど静脈出血。でも見た感じだとだいぶ血を失ってるーー!取り敢えずハンカチで傷口を直接抑えるしかない‼︎
彼はある程度の応急処置の知識を学んでいたので今自分の出来る処置を施す。少女の命を繋ぎ止める勇敢な行動である。しかし、少女に気を取られている彼の背中は全くの無防備であった。
ここは繁華街だしもうすぐ警察や救急隊も来るだろう。到着するまでは取り敢えず止血し続けるしかーー
思考は突然の背中への激痛で遮られる。背後からは男のくぐもった笑い声が聞こえる。あぁ、刺されたんだなと、瞬時に理解するが振り返る事もなくーー彼は少女の傷口を押さえ続けたーー。
ーーあれ?今寝てた?確か女の子が死にそうで何とか助けようと思ってーー
彼は朦朧とする意識の中で救急隊員に抱えられていると気付き、体が何故か動かないので目線だけで女の子を探すーーどうやら先に救急車に乗せられているのがさっきの少女だろう。彼が刺された後、現場に警察と救急隊が到着し、警察は凶器を持った男を拘束した。救急隊は刺された少女がいるという情報があったので急いでその少女を探しーー驚きの光景を目にした。背中から大きな出血を伴った青年が今にも倒れてしまいそうなのに少女の傷口を押さえ続けているのだ。救急隊はすぐに少女を救急車両に乗せた。青年は出血が酷い。恐らく重要な血管や臓器が傷付いていて助かる見込みは殆どない。それでも青年を助けようと少女と別の救急車両に乗せた。その場にいた人達は皆心の中で2人の無事を祈っていた。誰も何の罪もない不運に見舞われた少女と勇敢で優しい青年の死を望んでいる者などいなかった。
彼は救急車両に乗せられる前、自分の真上に広がる夜空を見て思った。
ーー空、飛びたかったなぁーー
次回投稿は未定です。2週間以内に書こうとは思いますが遅くなるかもです。