第十九話 再会
アクセスが急激に伸びて、私としても、すごくうれしいです!!
今日も仕事、沖合へ。
連日の放流(ヒラメの稚魚)とは別に、今回は昨年放流ヒラメの稚魚を捕獲、成長具合を確かめる為の出港となった。奇しくも10月、曜日は違えど、6年前に鮎華と出会ったあの海へ・・・。課長が向こうの漁協と連絡をとり、協力してくれる漁師さんと共に、網を引き揚げる事になっている。出港から20分、赤い旗を掲げた漁船が、会社の調査船に近づいて来た。
「ちわーっ!今回お世話になりまーす!!」
「こちらこそ!海凪です!!」
琉依さんが声をかけ、作業員らしき人が出迎え・・・出迎・・・出・・・−−−。
「あ、鮎・・華・・・?」
「更科・・・さん!?」
日に焼けた顔が、一度驚きへと変わり、俺を捉えた視線が、穏やかな、柔らかい笑みへと変わる・・・。海の波は揺れを忘れたように鎮まり、近づいた船が擦れ合う音が響く。
「今回協力してくれる、海凪さんだ。・・・前に一度、会った事があるだろう?」
「ええ・・・!!」
動揺を隠せないまま、俺は琉依さんの顔をみること無く、ただ鮎華の姿に目を奪われたまま、返事を返す・・・。
「積もる話は後!今は仕事しよ!!」
「あ、ああ・・・」
アハッと笑いながら、鮎華は手を差し出した。船首に移動し、差し延べられた手を取ると、鮎華はグイッと俺を引き寄せ、自分の船に乗り移らせた。
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残存数、約二割・・・結果としては、上出来だろうと琉依さんは笑う。試験的なものだから、確かに結果は上出来。港へ戻り、会社へ直行・・・背後から付いて来るのは、同僚だけじゃなかった。
「すぐに終わるから、ちょっと待ってて!」
「うん!」
会社の巨大円形水槽に目を輝かせる、鮎華。作業が終わった時に、久しぶりに会う親父さんから、言われた一言−−−。
「何か忘れとらんか?」
「え?」
「鮎華、行け!」
「「ヘ?」」
そう言って、俺を調査船に戻すために再び近づいた海凪の漁船、先に乗り込んだ俺の後、親父さんに言われた事が理解出来なかった鮎華の背中を、ポンッと押した親父さん。勢いで調査船に乗り込む形となった鮎華から、船はゆっくり離れ始めた・・・。
「お父さん!!」
「鮎華、そろそろ陸に落ち着く番たい・・・」
「親父さん・・・」
「更科くん、俺は娘の事が可愛か。ばってん、いつまでも親の元におるとは、違う気のするとばい。・・・鮎華は運命ば信じとった。なら、好きな男の側に送り出す事も、親としての責任たい!!」
真剣な顔でそう言った親父さん・・・。
「娘ば、よろしく頼む・・・」
「・・・はい!!」
「ありがとう、お父さん!!」
離れゆく船・・・同僚の誰一人として、口を挟む者はおらず、琉依さんも笑ってた。
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急な出来事もあり、仕事を終えた俺は、上司となった琉依さんに有給休暇を申請している。
「実家に帰るのか?・・・二人で」
「はい」
「お前の有休は、約一ヶ月ある。就職してから今までだ。社長には私から言っておくから、しばらくゆっくりしてこい!」
心ばかりの計らいとばかりに、ニヤリと笑う琉依さん。頭を下げ、俺を待つ運命の人の元へと、足は勝手に歩き始める。
「お待たせ!」
声をかけた。振り返った鮎華は満面の笑みを浮かべ、俺の元へと駆け寄る。
「ねぇ・・・」
「ん?」
「ギュッと、抱きしめて・・・」
「ここで?」
「ここで!」
誰もいない工場・・・室内の明かりは薄暗くて、ぼんやりと物がわかる程度の中、俺の胸にもたれ掛かる鮎華を、優しく抱きしめる・・・。華奢な身体はほのかに熱を帯び、少しだけ・・・震えていた。
「ずっとずっと、会いたかった!会えない事が苦しくて、泣いた時もあった!!」
「・・・・・・」
水槽に繋がれたポンプの音が、鮎華の鳴咽を掻き消すように騒ぐ・・・少しだけ、肩に回した手に、力を込めた。
「あの時の返事を聞きたい・・・」
「わかってる・・・」
抱きしめたまま、鮎華は言葉を口にする。
「私は、今でも更科さんが好きです・・・」
「・・・俺も、答えは決まってた」
ひと呼吸置いて、抱きしめた手を離す。鮎華の肩に手を添え−−−
「ずっと、好きだったよ。だから・・・玲って呼んでくれれば、うれしい」
「・・・玲さん」
「(さん)は、要らない」
「・・・玲」
俺の名前を呼び、泣き顔の彼女から笑みが浮かぶ。その顔が堪らなく綺麗で、もう一度抱きしめた。持て余した彼女の両手は、自然と俺の背中に回り、温もりが、じんわりと背中に伝わっていた・・・。
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長い年月を埋めるように、俺は社員寮を出て、近くのアパートへと引越した。毎日くたくたになるまで働き、アパートのドアに手をかけると、暖かいスタンドの明かりと、パタパタと小走りで駆け寄るスリッパの音。
「おかえり!」
この一言で、全ての疲れが抜けてゆく。
交際から半年、今は鮎華と同棲している。一緒に住んでみて、お互いの長所や短所があらわになる。笑ったり、泣いたり、たまには喧嘩したり・・・そうやって、俺達はこの半年を過ごして来た。その間、琉依さんは会社を退職して主婦になり、麻希には子供が生まれ、俺は琉依さんの後を継ぎ課長に昇進した。
「ただいま!」
「ご飯出来てるよ!」
テーブルの上には、沢山の料理が並ぶ。
半年前まではありえない光景だ。引越した当初、鮎華は料理が苦手だった。いや、料理というより、家事全般が出来なかった。初めに出された料理は消し炭・・・さすがに自分でもよくわかっていたようで、暇があれば沙夜梨さんに電話して、家事に悪戦苦闘。この出された料理と綺麗に畳まれた洗濯物は、彼女の努力の賜物である。
「お、美味そう!」
「でしょ!!すっごいよく出来たの!」
はにかみながら、手際良く大皿から料理(青椒肉絲)を取り分ける。
「今日、遅かったね」
「どうしても、鮎華に渡したい物があったからね」
「?」
やはり気付いてないようだ。今日は4月18日、鮎華の誕生日だ。
「ほい、誕生日おめでとう!!」
「えっ、あ!」
やはり忘れてたようだ。手渡したプレゼントを見て、もんのすごい驚いている。
「開けていい?」
「もちろん!」
「・・・うわぁ!!」
俺は知っている。
毎日忙しい彼女が、俺の為に頑張って、自分にはなにもしていない事を。こっちで暮らし始めて、オシャレなんてしていない。デートだって、俺ばかり気遣っていた。まだ彼女も若い、オシャレしてウィンドーショッピングしたり、たまには友達と遊びたいはずだ。だからこそ、俺は彼女に洋服をプレゼントした。
「明日、デートしよう」
「デート?」
「いつも頑張ってくれてるお礼!」
明日は休み。彼女のわがままだって何だって付き合うつもりだ。
「ありがとう、うれしい!!」
無邪気に笑う彼女が本当に可愛い。
「明日、楽しみにしてるね!」
「おう!」
会話が弾む。暖かい空気が流れる。ポケットに忍ばせた“ある物”をそっと自分の手に触れさせる。今の俺に出来る、最大限・・・。
期待と不安が交差する。視線の先には、嬉しそうに目元が緩んだ彼女が、映っていた−−−。




