第三話 一時の別れ
翌日−−−。
「大丈夫?」
「な、なんとか・・・」
午前中(夜明け前)から約束していた鯛釣りへと俺、親父さん、鮎華の三人で出掛けていたが、前日とはうってかわって大時化(しけ※波が高い事)。風は強く船は揺れ、とてもじゃないが、釣りは出来なかった。揚句俺は二日酔い、頭は痛いし手足は思うように動かない。
「ごめんなさいねぇ、うちの家族ってお父さん以外全員女でしょう、久しぶりに更科さんみたいな男の人が尋ねて来られたから舞い上がっちゃって」
御膳に味噌汁を並べながら、お袋さんが話しかけてくるが、頭痛と格闘中の俺は『ハハハ・・・』と、空笑いで返事するしか出来なかった。なぜか隣に座る鮎華と向かいに座る鮎美も心配そうに、顔を覗き込む。親父さんは海が時化で漁が出来ないからと、再び寝室へ戻っていた。前日とはうってかわって、海は荒れ風が強く、波も高い。敢なく今回は釣りへ行く事を断念した。
「すみません、自分の分まで用意してもらって・・・」
「遠慮しないで、さ、食べましょう!」
沙夜梨さんが全ての配膳を終え、みんな一斉に食事に手を付ける。俺も手を合わせて、味噌汁に口を付ける。
「あぁ、美味しい・・・」
やっぱり日本人は味噌汁に白いご飯だなぁと、あらためて感じる。二日酔いでズキズキと痛む頭も、自然と痛みが引いてゆく。
「あら、うれしいわぁ。遠慮せず、どんどん食べてね!!」
この家で家事全般をやっているのは長女の沙夜梨さんのようだ。美人なうえに料理上手、こりゃ彼氏が羨ましい。
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朝食を食べ終え、俺は出された麦茶を飲んでいる。今は三姉妹と和やかに談笑中だ。
「私は今、高二なんですけど、進学するか就職するかで迷ってるんです」
「そっか、まぁ俺も鮎美ちゃんくらいの時には悩んだなぁ・・・。俺が大学に進学したのは、それを見つける為。大学へ通うって事は、自分のやりたい事を見つける場所・・・それを、大学生活4年のうちに見つける。今の俺がそうかなぁ・・・って、ちょっと難しすぎたかな?」
「いえ!!なんかすっごくためになります」
むろん、俺も高校生の頃には進学か就職で迷った。今現在、俺が大学へ通う事になったのは、『遠回りでもいいから、自分のやりたい仕事を捜せ』と言った、親父の言葉を聞いたからである。今は夢も大分まとまりを見せてきている。
「うちの大学は夏休みが遅いからね、始まるのも遅いんだ。休みが終わったら、今度は学園祭の準備で忙しいなぁ」
今度は学校行事の話に変わり、俺は学園祭の話を三人にしている。
「へぇ〜、それって学生以外も参加出来るんですか?」
「ん〜、参加するにはチケットがいるねぇ」
「チケットか・・・いくらくらいするの?」
「一枚500円かなぁ。もしかして、参加したい?」
学園祭の話題に食いついて来た鮎二人。長女さんはのほほんとお茶を飲んでいる。
「わ、私は参加したいです!!」
「私も!」
「ん〜・・・ん?あ、ちょっと待ってて」
俺は自分の車へ行き、助手席のダッシュボードからファイルを取り出し、中を確認する。
「お、あったあった!」
ファイルを手にして、俺は再び海凪家へ戻る。居間には相変わらず三姉妹がお茶を飲んでいる。
「あ、ありましたよ。とりあえずチケットとパンフ」
「鳳翔祭?」
「そう、チケットも余分にあるから、もしよかったらどうぞ」
「いいんですか?」
「いいよ!俺は鳳翔祭実行副委員長だからね。」
鳳翔祭は、我が大学である鳳大学の文字を取って、羽ばたく鳳凰をイメージして付けられた名前だと、委員長が言ってた。そして特殊な事に、うちの学園祭に参加出来る人は、ここの大学生と、チケットを持っている一般の人しか参加出来ない決まりになっているのだ。
「あ!イケメンコンテストとミス・鳳翔がある!ね、エントリーするの?」
「まさか、あ、でも別のコンテストに参加・・・」
鮎華の問いに、思わず口を滑らせた!ヤバイ、他にあるコンテストって・・・。
「あら、ミス?コンテストってあるわねぇ」
やっぱ気付いたー!!!!
「ミス?って、女装コンテスト・・・っぷ、ふふふ、アッハハハ!!」
完全にばれた!しかも三姉妹大爆笑・・・もう、好きなだけ笑ってくれ!!
「ハァ・・・でもなんで女装コンテスト?」
「実行委員からも一人エントリーしろって執行部からの要請でね・・・罰ゲームで俺に決まったの」
「でも、きっと綺麗ですよ、更科さんの女装姿!!」
「鮎美ちゃん、フォローになってないし、嬉しくない・・・」
なんか色々と話してるうちに、二日酔いの頭痛もすっかりなくなっていた。それからしばらくいじられ続けられたが、時間はもう正午にさしかかっている。いい加減、おいとましなければ・・・。
「さてと・・・」
「ん?どうかした?」
「そろそろ帰らないといけないからね、洗濯物も貯まってるし」
「え、もう帰るんですか?」
「ごめんね、俺も帰って委員会の仕事とかも残ってるし」
落胆した表情を見せる鮎二人(なんで?)と、沙夜梨さんに帰る挨拶を済ませ、外で洗濯物を干しているお袋さんと寝起きの親父さんにも声をかけた。
「なんね?もう帰っとかい」
「すみません、俺も大学でやる事がありますんで」
「なら仕方なかね、今度こっちに来る時は、一緒に鯛ば釣りに行くばい!!」
約束は忘れていなかったようで、親父さんは頭を掻きながらそう言った。
さってと・・・。荷物を積み終えて、俺は見送りに来た海凪家のみんなに頭を下げ、車に乗り込む。
「すみません、食事どころか宿泊までさせてもらって」
「なんのもてなしも出来んかったばってん。気ぃつけて帰らなんよ!」
「はい。お世話になりました!!あ、これは俺の携帯番号ですけど、市内に遊びに来られた時にでも寄ってください」
一枚のメモ用紙に、住所と携帯番号を書き、お袋さんに手渡す。
「それじゃ、失礼しまーす!!」
車に乗り込み、エンジンをかけて出発する。バックミラーに手を振る海凪三姉妹が映り、俺も窓を開けて手を振った。見えなくなるまで振り続けた手をひっこめて、俺は家路へと続くアスファルトに車を走らせた。




