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痛み止めと化膿止め

作者: 羽生河四ノ

12月になってしまっていて、全く書いていないじゃないか!って思って書きました。

 僕が歯の痛みに耐えられないような状態にいた時、僕の両親は離婚をすると決めた。

 母親から連絡があり「お互いにすごく考えたんだけどお父さんと離婚する事にしたから」と言われたときも、僕にしてみたら正直どうでもいい事だった。

 だから僕は「へえー」とだけ言った。その場に適した言葉なんて一切、何一つ思いつかなかった。僕はアメリカ映画とかに出てくるようなアメリカ人じゃない。だからウィットに富んだ意見とか、返しとかは出来ない。無いものを求められても無いものは無いのだ。無理して怪我とかやけどとかするのもばかばかしいし、それに親はもう離婚を決めていたのだから、もう今更何を言ってもしょうがないだろう。その場合の正解って何だ?もし何か変な事を言ったりしたら、あっという間に炎上して、ヤフーニュースにも乗るかもしれない。その他の地域の欄とかに。


 それに、第一、まず、そもそも、僕は、その時、そんな状態じゃ無かった。ネバー無かったし、エバー無かった。ネバーエバー無かった。


 歯が痛かったのだ。ものすごく痛かったのだ。

 だから僕は母の電話を受けている間、部屋の中を落ち着き無く彷徨い歩いていた。それはまるで動物園の熊のようだった。狭いワンルームの部屋だったのに、一人で四隅を回っいたりした。テーブルとかテレビラックとかにぶつかって何かが落ちてもそれを拾う余裕とかも無かった。

 とにかく歯が痛かった。痛みは激痛じゃなかった。鈍痛。よだれがずっと出る系の痛み。でも永遠に続くと思えるような痛み。死んでも続くかもしれないと思えるような痛み。不安を体内に満たすような痛み

 「それでね、瑞樹と貴方はね・・・」

 電話口の母親はそんな僕の状態に気が付く事も無く、なおもとうとうと言葉を発していた。遠い故郷にいるこの母親は自分達の決断を、さも重大なことのように捉えているみたいで、ぐすぐすと泣いているのか鼻が詰まっているみたいな声を電話口で出していたけど、でも正直歯の痛みの前には何の感情も湧かなかった。勿論、言うまでも無い事だけど電話口で僕に離婚の話をいているのは実の親だ。実の親と実の親が、銀婚式まで済んだ実の親同士が、今離婚の話をしているのだ。

 でも、歯の痛みの前に他の全ての出来事は無意味だ。他はどうだか知らないけど、でも少なくとも僕にはそうだ。僕はとてもシャープな歯の痛みに襲われていて、そのシャープはもう失明するほどシャープで、すごい尖っていて、僕はその時、部屋をうろつきながら世界が滅びてもいいと思っていた。

 「この痛みに襲われ続けるんだったら、世界なんか滅びてもいい、何もかんもなくなっていい」って。

 僕は歯が痛い。両親の離婚なんかどうだっていい。幼い子供の頃ならまだしもだ。それに今はもう僕も実家からは遠いところに住んでいる。飛行機なら一時間、新幹線なら四時間、夜行バスなら九時間のところに住んでいる。フェリーなら22時間。

 そして歯が痛い。痛い。とても痛い。死ぬ。死ぬし殺すし今なら重大な犯罪も犯せる気がする。


 その痛みの正体は僕の口内に現存する親知らずだった。

 右奥上右奥下左奥上左奥下。親知らず4箇所だ。ファンタスティックフォーにかけて親知らずフォーと呼んでもいいし、封神演義の魔家四将にかけて親知4将と呼んでもいい。それは任せる。

 とにかくその四知らずが今僕の身に尋常ならざる痛みを発生させていた。ゴールドラッシュ時にフロンティアスピリッツを有した人みたいにガンガン来ていた。MPなんか気にしないでガンガン来ていたわけ。

 「姉さんも貴方ももうどっちも独りで暮らしているし、今更それがどうなったとしても別に変わらないだろうとは思うんだけど・・・」

 電話口では母が先ほどからずっと何かを言っていたが、僕はそれをまったく聞いていなかった。それらは全て僕の耳に入った段階で霧散していた。脳まで届かなかった。だって、こんな事は一切無意味だ。どうだっていいんだ。僕には、少なくともその時の僕にはどうだっていいことだった。もし僕が有り金を全部はたいて、今すぐに羽田に向かってそれで飛行機で一時間の実家に帰ったとして、それで両親の離婚を引き止めたとして、それで彼らは離婚をやめるだろうか?僕にはそうは思えない。彼らは曲がりなりにも自分達で決めたのだ。そう決めたのだ。

 結婚したときは、お互いに本当に愛し合っていたけども、子供も二人生んだけども、生活はあまり楽ではなかったから色々と面倒な事はあったし、二人の子供たちはろくに勉強もしなかったけども、でもとにかく今も生きているし、体も健康だし、年はとったけど、でもそれはお互い様だし、ココまで大きな病気もしなかったし、銀婚式まで済んだし、ここからお互い何処まで生きていけるのか分からないけど、

 でも、

 それでも、

 離婚はするのだ。

 一緒にいるのが苦痛であれば、離婚する。

 それしかないだろう。

 僕の両親はそう決めたのだ。

 それはいくら子供といえど、干渉するべきことでは無いことだと思う。


 それは『あきらめなければ夢は叶う』という立派な志の欄外にある出来事なんだ。


 両親の離婚の阻止が、僕自身の夢ではないし、彼らにとっても、別に離婚は夢では無いだろう。結果だ。彼らが、離婚する当事者たちが話し合った結果そうなったんだ。その結果だ。

 あきらめなくてはいけない類の出来事だ。

 それにこのままこじらせて言って、殺す殺されると言う事が発生するよりかはマシだ。


 それに何よりも、離婚を止めたところで僕のこの歯の痛みが消えるわけではない!


 親知らず4が止まるわけじゃない!


 彼らの離婚を止めようが止めまいが、歯は痛い!


 辛い!


 「それでね、あの人と別れる以上、お互い元の苗字に戻ることになるんだけど・・・」

 母は相変わらずろうろうと話していた。蛇口から細く水が出続けるようにろうろうと、その声はまるで無垢な少女のようにか細かったけど、それでも途切れる事無くしゃべり続けていた。でも僕はすでに一切合切を聞いていなかったので母の話す言葉だか音だかももう分からなかったけど、でもとにかく母に対して「あうあう」と相槌のような感じで自分の歯の痛みを訴えていただけだった。

 「そういうわけでね、貴方はどっちに・・・」

 親知四将が僕の口内に生えてきた時、僕は彼らが悪しきものであるなんて、そんな想像一辺たりともしなかった。それどころか『いくら親知らずとはいえ間引きするのはいけない事だ』と殊勝な事を考えていた。そんなエゴ丸出しの屑みたいな事を。

 それに「親知らずはちゃんと生えそろっていて、お互い上下の噛みあわせがうまく出来るのであれば、まあおそらく抜く必要は無いですからね」と昔かかった歯医者様に言われていたし、調べてもらったら実際に僕の歯はそういうのだった。

 僕の口内最奥に生えた親知らず達は、抜かなくてもいい系の親知らずだった。

 だからその当時の僕って言うのは毎日ニコニコして生活をしていた。僕にとって歯の痛みの無い世界が平和な世界だったからだ。歯痛ない世界が、天国、この世の春、極楽浄土、天界の曙光、浄土真宗、エトセトラ。その頃は両親だってまだ僕や姉の生活の事を心配していて仲が良かったものだ。


 それなのに、あの時あれほど仲の良かったのに、ACのCMみたいにぽぽぽぽ~んって手を繋いで笑いあっていた僕と僕の親知らず4は、現在もう修復不可能な域に達してしまっていた。彼らは毎秒僕に著しく痛みを与えている。そして僕は彼らの事を心の底から憎んでいる。僕と僕を取り巻く環境はもう平和ではなくなってしまった。彼らがいる限り、彼らが存在し僕に痛みをもたらす限り、僕はニコニコ生活なんて出来ないし「世界なんて滅んでいい」と思ってしまっていた。


 でも僕はそのおかげで学んだんだ。とても大事な事を。


 昔仲が良かったから、だから何だというのだ。それで離婚しないなんて事は無いんだ。


 一生愛す、生まれ変わっても愛す、と誓ったところで、それがどんな証明になる?


 「勿論、どちらにしたってかまわないし、変わるのが嫌だし面倒だというのなら、今までどおりあの人の苗字を・・・」

 だからねお母さん、仲が良かったように見えた貴女達夫婦が、突然に離婚すると言ってきても僕にはまったく意外じゃないんだよ。


 「それで、あのね、今だから言うけど、電話だから思い切って言うけど、私とあの人が結婚したせいで、貴方と瑞樹は薬が効きにくい体質になっちゃったのよ」

 「あう・・・え?」

 その日、僕の脳みそは初めて電話口から聞こえてくる母の声をしっかりとキャッチした。

 「瑞樹はまあ、歯が丈夫だったからよかったけど、貴方は歯が丈夫じゃなかったからね・・・ごめんなさいねえ、ずいぶんと大変だったでしょう?」

 母はまるで僕のこれまでの心を読んだみたいにそんな事を述べた。自分達の離婚の時の話しぶりと変わらないテンション、トーンで、とうとうと、細く出した水で大きなバケツを満たすみたいにとうとうと。

 「な、何?どう言う事?」

 僕はその瞬間ぶるっと怖くなった。腕に鳥肌が湧いたのが分かった。

 「ずっとあの人の性イタミを名乗っていただったでしょう?そして私の旧姓はカノウ。今まで黙っていたけど、それはつまり『痛みと化膿』なの。そしてそんな私達が愛し合って結婚してそして子供を産んだの。それが瑞樹と貴方。瑞樹はありがたいことに歯は強かったから、安心してたんだけど、でも貴方は・・・」

 その母のしゃべり方はまるで、すぐ隣にいる人にしゃべりかけているみたいな感じだった。

 「・・・じゃあ・・・離婚することにしたっていうのは・・・」

 その短時間で僕には信じられないことがたくさんあった。そしてなおも歯は痛んだけど、でも、それでも察する事は出来た。

 「・・・」

 案の定、母は何も答えなかった。それは彼女の優しさか。でも、そのその優しさは残酷だ。僕はそう思う。


 だってその沈黙は両親が僕の為に離婚すると言う事を明確に、言葉にするよりも雄弁に、はっきりと表していたからだ。


 「なんだよそれ!」

 僕は電話口に大声を上げた。きっとそれは自分の馬鹿さや愚かさを示すようなものだったけど、でも、それでも叫ばずにはいられなかった。


 「お願い、お願い怒らないで、私達が離婚したら、貴方は痛み止めか化膿止めかどちらかは選ぶ事が出来るの、だから・・・」

 なおも母は何かを言っていた。もうそこにとうとうとした感じは無かった。


 「うるさい!僕の為なんてそんな糞みたいな理由だったら離婚なんかするな!」

 僕はそう吐き捨てて、電話を切った。


 それから何度も連絡が来たけど、僕はもう電話には出なかった。混乱していた。混乱していたし、そんな事信じる事はできないんだけど、でも、子供として母親が嘘を言っていない事は分かっていた。



 そしてそれから僕は婿養子になりたくて、結婚相手を探している。

 出来たらトマリっていう感じの苗字の人がいいなあなんて思っている。

 相手を苗字で選ぶなんて、そんなの勝手だろうか?

 不謹慎だろうか?

 馬鹿げているだろうか?

 でも、歯の痛みの前には他の全てのことが無意味である僕にとっては、それが一番重要な事なんだよ。


伊丹さんと加納さんには謝らないといけないなと思いました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い‼親知らずと親の離婚、化膿と加納、伊丹と傷みの掛け方❗洒落効きすぎですの! 主人公の傷みと憎しみに大共感します❗ ヒューマンドラマであり、コメディ要素有り。洒落の作り方がとても巧…
[一言] とーーーっても面白かったです! 素晴らしいですね。
2015/12/06 15:25 退会済み
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