5 視点2
超を更に超えていくほどの高層ビルが山肌に沿って建ち尽くすこの国は、21世紀頃の米国都市ニューヨークを隆起させたようだ。
だが、かの国のような広大な土地を持たない日本国の更に限られた一部。そんな場所にニューヨークを並べたところで、あの整頓されていない美しさや清浄な雑多さは生まれない。
敢えて表現するならば・・・
「うるさいな・・・」
高すぎる摩天楼を、なお見下ろす位置から静寂ハヤテは素直な感想を吐く。全面がガラスの窓に手をかけハヤテはため息をつく。悪い癖なのは知っているがこれを見ては誰もが同じことを感じるだろう。細かく入り組んだ路地、目を焼くようなネオン、車が行き交う高速道路は蛇のようにうねり建物の隙間を縫う。質素な生活を好む質でもないが、度が過ぎれば五月蠅いだけだ。
上を見ても半透明の天幕が国内全ての光を反映して仄暗く揺らめき、その奥にある星空をこの国に通さない。
「あら。どうしましたの?ちっさいおめめをもっと細めたりして」
生まれてこの方拝んだことのない星を意識せず捉えようとしていたのだろう。気づかぬうちに彼女はそこにいた。
「任務前だ。点呼しろ・・・」
「楪マシロ、一番乗りで到着ですわ。お口がぽかんと開いていた隊長様」
ころころと笑う彼女は平常運転。しかしいつもより挑発的に感じる。
「東雲はどうした」
「私に訊かれましても。彼には彼なりの理由があって毎度の如く遅刻しているのでしょうし、今日が新台入替大事な日で端の席おさえた手前引き下がれなくなった彼を大目に見てあげましょう?」
「・・・機嫌悪いのか」
「問答無用でご機嫌ですわ」
言われたからには問答は必要ないだろう。彼女の機嫌が悪いのは明白なのだから。
外を眺めるためにと電気を消していたことに今更気がつく。指で壁に備え付けられた小型巻子本の希哲神経を撫で、生成の概念を発現させると、ばちりっと大きな音をたてて電球が点される。この量の概念を流し込めば3時間は安定して部屋を照らすだろう。
「相変わらず「生成」が苦手ですわね。荒っぽいことこの上ないですわ」
「・・・・・・すまん」
お前だって苦手だろう、と舌の上まででかかった言葉を転がしてから飲み込む。今の彼女に反抗すべきではない。
「東雲には一番面倒な役回りを押しつけることにしよう・・・先に作戦確認をするぞ」
「賛成ですわ。それにしても、やけに最近ダイモーンがでますわね。今月何回天幕が破られてますの」
「素直に答えるならば4回だ、一週間で。多すぎることに間違いはないが、」
「「俺たちがやるべきことにも違いはない」でしょう?理解してますわ」
マシロは自らのホルスターに手をかけベルトから外す。中には大量の小型巻子本が差し込まれている。
「今回天幕を食い破ろうと画策しているのはダイモーンⅠ型の群れだ。とは言え数は多くない。たかだか数十匹だ」
「私、貴方のそういう所尊敬していますわ。数十匹を少ないと表現するところに畏怖もしていますけれど」
「問題ある数字か?」
「ありませんわ。属は?」
「確認されているのは無属が半数以上。炎火属が数匹」
起用に不要な巻子本を抜き取る。ハヤテも自身のホルスターで同様のことを行う。室内に設置された多くの桐でできた戸棚から新たな巻子本を引き抜く。
「この部屋、汚すぎませんこと?」
「・・・」
誰のせいだ。とは言わなかった。なぜなら言わずもがなである。
戸棚の中はしっかりと整理されているが、床に散らばった資料や食べかすがなんとも汚い。街並みのこと以前に我が身からだった。
この建物自体は討伐隊本部の所有物で、その元で働いている自分達からすれば借家のようなものだが、隊の部屋であることには変わりない。いわば事務所だ。そんな要所が荒れ放題なのは確かにまずいだろう。
「あと1時間ほどで出動だ。休んでいてくれ」
「そうしますわ」
ある程度準備を終わらせ、マシロは机で雑誌、ハヤテはソファへ。こうなるあたり、部屋が汚いのも頷ける。
「また、貴方の特集載っていますわ。写真写りは結構良いのですわね。頼もしく見えてしまいます」
「悪かったな」
「貴方に憧憬を抱いて討伐隊を目指す子供もいるみたいですし」
「子供が戦わなくていいように頑張っているつもりなのにな」
「同意ですわ。でも戦況が著しくないことも事実ですわよ」
事実も事実。ハヤテが討伐隊の正規軍に入隊して12年。戦況が好転したことなど無い。
「・・・さっきの情報訂正しておこう」
「わかってはいますが聞いておきましょう」
「今週ダイモーンが進入したのは南南西エリアで4回。日本国エリアでは47回だ」
それでも国内での民間人被害はほとんど無い。討伐隊員に関してはその数の内では無いが。
少し沈黙が流れた後、妥当ですわね、という一言が返ってきた。