4 触らぬ神に
帰って先にやるべきことは苦い珈琲の香りを洗い流すことだった。
「褒めてやったのに・・・頭からぶっかけることないだろ」
ソウマは独りで小言を呟くが、しっとりとした洗面所に虚しく響くだけだ。
学生鞄を傍らに置き、べたつく汁気を水で落とす。
学生寮まで戻って来たもののそろそろ時刻は18時をまわる。従兄妹を迎え入れる準備をする必要があるため、風呂を沸かして入浴するような時間は無い。
「おっと」
蛇口を閉め廊下に出ると数人の人影があった。男女4人、100年前の流行をまだ追っているような、何ともダサ・・・もとい後衛的なファッションをしている。男子学生のズボンを尻の半分までずらし、裾を引きずる形で闊歩するその姿は周りを嘲笑顔にさせ、女子生徒の下着が見えんばかりのスカート丈は見るものすべての目を釘づけにする。典型的学園内ヒエラルキー上位にいる人種だ。
「見たか?今日のあれ」
「それ、見てないけど聞いた!変な女が居たって」
「ふいんき可愛いのに中身あれじゃオレはパスだわ」
「えー、みーくん私じゃ不満?」
「え、お前可愛いつもりなの?そのジョークくそ笑える」
「むー。ひっどーい」
ちなみに寮内の不純異性交遊は禁止。彼らが食物連鎖の上位なら、ここの寮管は頂点に君臨する。そういう現場が見つかれば彼らとてただでは済まないだろう。
ソウマは洗面所にもう一度身を隠して声の主たちが通り過ぎるのを待った。
特に絡まれるほどの知り合いでもないため、普段ならば気にもせず通り過ぎるだろう。
ただ、話題が話題だけに自分に火の粉が降り掛かりかねない。わざわざ赤信号を無視するような性質ではない。
「変な女・・・ね」
実に変だったと、ソウマは思う。訓練に助け船を出したかと思えばクラス内で恥をかかせる。もともとクラスで浮いている存在ではあったが、その浮遊した脚を引っ掴まれてわざわざ嘲笑の対象へと引きずり降ろされたように感じる。
(文句の一つぐらい許される気がする)
そう思ったが、結局また巻き込まれるのが関の山。触らぬ神に祟りなし。
気がつけば自室前。今後の予定を脳内で反芻する。
(奏が来る前に料理仕上げちゃって・・・買い忘れは無いよな。ハンバーグ、久々だ。最近和食ばっかりだったけど魚より肉の方が喜ばれそうだしな。19時に間に合うよう仕込みを手際よく・・・)
鍵を開けると鍵が閉まった。
鍵を開けると鍵が閉まった。
「あれ?閉め忘れたかな」と思いもう一度捻って鍵を開ける。
「わあ!じゃあ奏は15歳なのか!私の方がお姉さんだな!」
「え、あ、はあ・・・」
「いやあそれにしても安達は遅いなあ。学校からはさっさと帰ったくせに」
「兄ちゃんのお友達なんですか?」
「いや!今朝が初対面だ!」
「えと・・・」
変な女と従兄妹が談笑(?)している。
触らぬ神にも祟りはある。