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2 羞恥と沈静の元凶

結果として昼休憩直後の歴史の授業は急遽自習となった。

というのも、担当教諭である榊原が自身の管理中になぞの(・・・)爆発で訓練場の壁を吹き飛ばされ、大穴をあけたからだ。もちろん空けたのは彼女で間違いないのだが、教師としての管理体制にも問題があるとして学長に呼び出されている。

自習とは自ら学習することであるが、15,6歳の少年少女にとっての学習は目下のところ友人とのおしゃべりにあるだろう。清潔感に満たされた教室の中は喧騒にあふれかえっている。噂話をする者、カタログに載った最新の技術・ファッションに興味を示す者、中には一人で携帯型の巻子本(かんすぼん)を片手になにやら情報収集している者もいるが、少なくとも歴史学には関係のない情報だろう。50人ばかりが在籍するこの学級では各々が自由な時間を過ごしていた。

そんな中、厚さ2メートル弱の壁の一部を四散させた当の本人はと言うと


頭のこぶをおさえて突っ伏していた。


誰に絞られたかは明確ではないが誰かにこってりと怒られてきたことは明瞭だ。

そんな姿を後ろから眺めていた安達ソウマに馴染み深い声がかかる。


「初恋か・・・?」

「ちげー」


声の主・上木アヤトはソウマの隣で携帯巻子本を一回り大きくしたようなタブレット型の巻物に視線を落としている。

長身で体格も悪くない青年だが、声には張りがなく前髪が鬱陶しそうに眼前で揺れている。


「普段より返答がはやいな・・・焦燥、嘘の証拠だ」

「・・・そんなお前も普段自分から話しかけて来ないくせに。そんなに俺が好きか?」

「だまれ」

「な?焦ってなくても返事が早い」

「・・・了解した。お前の返答の早さは焦燥ではなく・・・腹立たしさからだ」

「そっちだな」


相変わらず目を合わせずに会話が進む。

話の最中でもアヤトは巻物に目をやり、指で何やら操作している。それを見てソウマの口から思わず言葉がこぼれる。


「うらやま・・・」

「苦労するな」


先ほどの訓練ではぼ覆しようのない真実となってしまった弱点がソウマにはある。

この国、この世界を支配した科学と希哲学の産物に触れると、なぜか壊れるのだ。木っ端みじんに。


今この世を支配しているのは希哲学と科学。そしてすべての人間には希哲神経が通っている。何百年か前に現れた一人の天才が伸び悩んだ科学と希哲学をつなぎ合わせることで人間に未知なる可能性を付与した。

それが、アドニス・アリストテレス。

4000年以上前の偉人アリストテレスと同様フィロソフィー(希哲学)を語ったこの人物。俗にアリストテレス2世と呼ばれる。

その2世が果たした偉業はとんでもないものだった。

約500年前、人間の科学技術には限界がやって来た。量子力学の範囲は調べつくされ、逆に広大な宇宙の毛ほどにも満たない情報を掴みきり頓挫。また、放射性物質の短時間での解体も可能となり、核爆弾も兵器としての意味を持たなくなるほどにあらゆる対核の道具が作られた。戦争は国連の兵力・財力でほぼ鎮圧。もちろん車は空を飛んだ。ある意味平和で便利すぎる世の中になった。

そんな世界で人間の欲はさらに色濃くなる。

真理を得たい。そう考えるようになったのだ。

科学では手の届かなかった魔法の域。神の似像が持ちうる可能性の限界点。世界の真理もその手に落としたいと。

そこに現れたのが彼だ。

希哲神経の存在を提唱し、そこに科学を合わせることで、今まで存在として認知されていたものを人間が発現させられるようになった。具体的にいえば、「火という存在は何も無いところには在り得ない。しかし、火の希哲神経を見つけ出しそれを科学で回路として描き出すだけで、何も無い空間に火を起こすことができるようになった」ということだ。今アヤトが使用している希哲回路巻子本も情報を図として発現させる役割を持っている。かの有名な哲学者が「哲学を天界から地上に降ろした」と言われるのに(あやか)ればアリストテレス2世は「哲学を地上から使用のラインに落とした」と言えるだろう。

たかが巻物に書かれた回路。これを人間自身の希哲神経と調和させるだけで物質、あるいは現象が現われる。今やもうこれは生まれた時からある当たり前の技術。子供が一番最初に習う術だ。

それを・・・ソウマは使えない。使うことができないのである。自身の神経と調和させようと指を這わせた瞬間、綴られた回路が巻き物ごと消失する。


くすくすとどこからか声が聞こえる。

ソウマがそちらを見ると慌てて女子が目を逸らす。だが笑い声は健在だ。


「アンタッチ・・・くすくす」

「また、巻子本に触れなかったんだって」

「だっさ・・・くすくす」


どこから広まったのか訓練時の失敗が笑われている。

アンタッチ。何者からも触れられないもの・ことを指すが日本語の「れる、られる」の助動詞の多様性を活かし、「何にも触ることができない」の意味での「触れられない」と苗字の安達とかけてソウマは「アンタッチ」と呼ばれる。


「うぅ・・・」


ここ一カ月で慣れたつもりであってもやはり恥ずかしい。突っ伏して腕に頭を(うず)める。中途半端な柔軟剤が香る。

と、


前方で椅子の脚が床を轢く音が鳴る。


ソウマが見上げる。彼女だ。


さっきまでじっとしていたのが不思議なぐらい機敏な動きで例の女子たちに迫る。


「その言葉撤回してもらおうか」

「え・・・誰?」


女子の疑問は最もだ。

教室にいる全員が、彼女が誰であるのかを知らない。もちろんソウマもだ。昼休憩の訓練から帰ったらこぶを作って席に着いていたのだから驚いたものだ。だが話しかけてよいものかわからず今にいたる。クラスの連中も似たような心境だったのだろう。誰一人とて彼女に話しかけようとしなかった。


「あー。そうだったな、はじめまして。編入生だ」

「え、う、うん。はじめまして」


戸惑いが伝わってくる。いつの間にかクラスは静寂に包まれていた。


「それで、撤回って何を?」


女子Bが少し苛立って言う。


「ださいと言った件だな」

「希哲学まともに使えないどころか巻子本にすら触れない奴のどこがださくないって?」


はっきり言われてソウマは離れた場所でノックバックする。


(本人が混ざってないところで口論し始めんのやめてくれええええ)


そんな彼の心情は露とも知れず、論議は熱を持ち始める。


「それに、巻子本に触れられなかったって件もだな」

「事実でしょ」

「まあ、事実だな。・・・だが」

「?」


一瞬の間ができる。そして彼女は言った。


「彼は巻子本だけでなく、守ろうとした少女のホログラムにも触れていなかった!超腕すり抜けてた!」

「・・・え、うそだろ」


思わずソウマが声を出す。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


静寂。


「・・・・くっ、ふ・・」

「「「「あははははははははは」」」」


長い沈黙を破って、爆発のように笑いが起こる。会話を議論の外側から聞いていた人間も思わず吹き出している。ソウマの顔が蛸よろしく真っ赤になる。


(あいつ!こんな恥ずかしいこと言うためだけにくってかかったのか!?馬鹿なのか!?もうやめてくれ!)


羞恥心で思わず立ち上がって、わけも分からず怒りを通り越して泣きたくなってきたソウマが彼女に近づこうとする。

そのとき


「でも、彼は格好よかったぞ。尊敬する。ださい姿などでは一切なかった。」


何人に届いたかもわからない凛とした声で。

彼女は笑みを浮かべながらそう言った。


心にとんっと何か小さなボールを落とされたようだとソウマは感じた。そこに生じた波紋が緩やかに広がり温かみを残す。変な感覚だ。周りの嘲笑に満ちた暑さとは別の温かさがソウマを包み込んだ。



その後、ソウマは呆然と時を過ごして、その日の授業やアヤトとの会話はほとんど記憶にない。


唯一覚えていることがあるとすれば、授業時間に帰って来た担当教諭が、「先生が来たぞ!」の合図に気がつかず着席していなかった彼女を見つけて、げんこつを落としていたことだ。


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