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1 ホログラムの実像

けたましく鳴り響くブザーがその古さを強調する。

割れた、汚い音は先に広がる街を這い、自然と安達ソウマは背を押される感覚に襲われる。

長すぎるビルの隙間を縫う風は強く、街を忙しなく練り歩く人々がその風に煽られる。

太陽は真上にあるが天を指すビルが長すぎるゆえか朝晩関係なくこの国には人工のネオンがともる。


「・・・本物そっくりだな」


ソウマの口から思わず感嘆が漏れる。

そう、この景色は偽物だ。ホログラムによって造られた街の模造。道行く人々までが再現されている。

ソウマが立ち尽くしていると耳に小さなノイズが起こった後、クリアに男の声が届く。


『おら、突っ立ってんなアダチ。早く行け。誰のためにつきあってやってると思ってる』

「俺のためを思ってなのは感謝しますが俺が望んだ覚えはない」

『自分の可能性に気づけるチャンスかも知れんぞ?劣等生』

「気付かせる前に周りより劣っていることを知らせてくれるんですね。優秀な希哲学師様」

『先生と呼べよ。学校だ』

「みんな知ってる。隠すことないでしょう?」

『お前は知り合いの暗殺者を会社の便所でそうは呼ばんだろ』

「なんだその状況」


しょうもないやり取りが無線越しに行われる。

傍から見れば独り言を話す少年に立体映像でできた人々が視線をよこす。実にリアルだ。


「いやあああああ!」

「!?」


そんな人々の間を通ってひとつ悲鳴が届く。と同時に煉瓦造りに見える地面が微細な振動を送ってきた。


『ほれ、お出ましだ。火事場で馬鹿力がでるかどうか試してみろ』

「・・・!」


おでまし。悲鳴があげられた時点で既にこの訓練は減点ものだが、この教師は今回そこに注目していないようだ。

火事場の馬鹿力。それの実現が可能かが問題である。


「くっ」


それでも出遅れたことに変わりはない。国民を守る使命を担った身だ。いかにホログラムであろうとも義務を果たす必要がある。

ソウマは身体を反転させ音のする方へ駆けだす。



現場にはすぐに辿り着いた。

もともと訓練用に用意された立体映像だ。実際の空間がそこまで広範囲に及んでいないので妥当な距離感と言えるだろう。


その場は騒然となり、多くの人が蜘蛛の子散らすように逃げ惑っていた。

ソウマは素早く周囲を観察する。


(目視できる人的被害ゼロ・・・大手製薬会社のビルに小さなクレーター・・・)


開けられた穴は電光掲示板にまで及び、小さな光が散っている。


「・・・見つけたっ」


ソウマは目的のものを見つけ出す。

学院での教材で散々見た異形。入学一ヶ月間で教え込まれたその形態は・・・


悪神ダイモーン(いち)型か」


今の人類が最も恐怖する敵。その中でも最も基本的な種。

その姿は名前のごとく「悪」を思わせる。

全身は暗黒。人のごとき輪郭の、しかしどこか溶けたような顔面。そこには離れすぎた眼が二つくっついている。口は小さく鼻に高さはない。そしてまとまりのない小顔から直接生えたような腕は、妙に長く太ましい。背には硬質なひれがあり腹にも似たような物体が見える。脚はない。

そいつはズルリと這いながら進む。


「う・・・」


映像であるとはいえ生理的嫌悪を感じる。

少し顔をしかめているとまたも無線。


『まだ一年次にもかかわらずこいつと拳を交えられるなんて運がいいぜ?』

「・・・」


あんな長い爪を持っていて拳が作れるはずもないのでただの比喩だと信じたい。


『さて、あいつを倒せ』


当たり前の指示が飛ぶ。


「・・・Ja(ヤ―)(了解)」


上半身に羽織った和装の袖に腕を入れ込むと慣れない手つきでそれ(・・)を取り出す。

『希哲回路巻子本(かんすぼん)

現代の科学と哲学の産物。

形而上の存在を現象として発現させる奇跡の集合体である。

魔術や魔法のような空想上の行為を呪文無しで体現させるこの巻物に必要なことは一つ。


端を止められた紐を解く。

しゅるりと開かれた音でダイモーンがこちらを向く。耳は確認できないが聴覚がしっかり備わっているのだろう。


希哲学の発現に言葉はいらない。

ただ、自身の中を通る希哲神経に意識を向け、和紙に描かれた光の回路に指を這わせるだけ。


 火の存在を形而下に。

 現象として。

 神の模造を。

 落とし込む・・・!


祈るように滑らせ終えた指先で光が強まりそして集束すると・・・いつものごとく(・・・・・・・)巻物が粉々になった。


「・・・っ」


予感はしていたがやはり落胆は大きい。目の前に敵がいるとなると焦りも追加された。


きちりっ


と、粘着質な音。

視線を手元からダイモーンに戻すと奴の口が裂けていた。

その中の暗闇に青く発光した真円が描かれる。


『ひとまず切り替えろ。次、急げ』

「Ja」


冷や汗を湿らせながら次を用意する。

先ほどより手際よく巻子本を解き、指を滑らせ、いまだ口を開けたまま停止してる相手を見据える。


そして虚しく手元の巻物は散った。


今度は焦る暇もない。敵の口から現象が飛び出す。


「くそっ・・・!」


左に転がり受け身をとる。

そのすぐ右を空気をも焼くような熱線が通り過ぎた。


背後で爆炎が起こり周囲のビルから物が落下し、地面を抉る。

悲鳴が遠くであがる。


その中にひとつ。

少女の泣き声があった。


粉塵が濃く視界が悪いが、すぐ左。逃げ遅れたのだろう。こんなところまで良く作りこんである。


ごうん


と鈍い音が響き、ちょうどダイモーンの真上。製薬の宣伝掲示板が落下し、運よく奴に直撃する。


「ありがたい・・・!」

(今ならこの子を安全なところへ・・・!)


晴れてきた視界でその子を見つけ出すと抱え上げ・・・られず、するりと腕が少女をくぐってしまった。


(誘導してどうにか・・・)


そう思いソウマは自身を落ち着かせた後、優しく声をかけようとした。

突然。

石を引っ掻く不快な音が耳に届く。真後ろ。

高々300キログラム程度の物体の直撃などもろともしない奴がいた。映像ではあるが、既定のダメージがあれば奴は消滅するはずだ。


「あ・・・」


訓練とはいえこれは恥ずかしい終わり方だ。倒せず、守れず、子供にも備わっているような能力もまともに使えない。

自分の最期に残るのは恥かもしれない。と振りかざされた爪を見ながらソウマは思った。だが、責めてこれ以上の恥はかくまいと目だけは閉じずに少女の一歩前に出た。



沈黙。



「・・・・・・・・?」


ダイモーンが2秒前と同じ姿勢で停止している。

さらに1秒後ラグが起きた。

そして小さな音を立てて消滅する。


その消滅の奥。ソウマと相対するようにして彼女はいた。


「助けに来たぞ!」


現象を解き放ちダイモーンを倒したのは間違いなく彼女だろう。彼女の手元には回路を失った巻子本が握られていた。


「助けに来たぞ!」


(もっかい言った!)


胸を張る彼女に対して感謝の言葉が出ず、素直な意見が口からこぼれる。


「・・・これ・・・訓練なんだけど」

「私は手が空いていたし君は困っていた。助けても文句は無いだろう?」


澄んだ瞳で見据えて答えられた。


目標を破壊したためかダイモーンに続き街や人が空間に溶ける。

ソウマが彼女のさらに背後に視線をやると、彼女が訓練施設への侵入時に空けたであろう大穴越しに呆然とする「先生」の姿が見えた。



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