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幕間 逃避行★

 アルシャマとカリュカは逃避行をしていた。猫が治めるトジコ=マレタ国の牢屋から逃げてきたのだ。

 アルシャマはターバンを頭に巻いた冒険者である。髪の色は赤く燃え、目の色は栗色。冒険が好きで好きでたまらないらしく、竜のしっぽにも登ったことがあるという。

 アルシャマは手先が器用で、ほとんど何でも作れる。ウィトクリテという神に愛されているからである。口も上手く、交渉も褒め殺しも罵倒もペテンもなんでもこなす。

 アルシャマは冒険好きであるが、その他のところにおいては、心の読めない男である。のらりくらりと身をかわし、本心を決して言おうとしない。暗殺者のカリュカは、アルシャマのそういうところが嫌いであった。

 そう。カリュカは暗殺者である。紫の髪を短く束ね、目の色は深緑色。地上の不死教団に身を置き、物心付く前から育てられた、純粋培養の暗殺者である。黒い服に身を包み、魔法の暗視用ゴーグルを頭にかぶっている。読心術も習ったのであるが、カリュカには、アルシャマの心が読めない。それがカリュカの悩みの種であった。

 カリュカは本当は、不死教団のプライドにかけて、アルシャマを殺さねばならないのである。けれども、それがよいことであるとは、結局一度も思えなかった。カリュカが暗殺行為に疑問を持つことなど、本来あるはずのないことである。

 テントの中で眠りにつく無防備なアルシャマを見ていると、いつもカリュカは胸の奥がしめつけられるような気がした。それが恋であると認識するには、カリュカはまだ幼すぎた。カリュカはまだ十四歳なのである。十六歳の成人になるまで、あと一年と六カ月もある。背丈も同い年の子に比べて、低い方である。牛乳はもう試した。

 一つ重要なことは、アルシャマを殺すまで、自分は不死教団には帰れないということである。我が家同然に育ったその世界に戻れば、自分は暗殺者としての確固たる地位と、名誉と、報酬を手にすることができる。だが、アルシャマという男を見ていると、冒険者というものを見ていると、カリュカには、地位も、名誉も、報酬も、そのどれもがちっぽけなものに思えてきてしまうのだ。

「なあ、カリュカ。神話の世界に足を踏み入れる覚悟はあるか?」

 アルシャマは昔、カリュカにそう訊いたことがある。どんな意図だったのかは分からない。文字通り、その通りの意味だったのだろうか。世界には人間の世界と神話の世界があって、どこかに明確な線引きが存在するのだろうか。それを超えたら決して戻れない一線が。

「お前が彼岸に行くというなら、俺も行く」

 カリュカは答えた。考えるまでもなく、口から答えが飛び出してきていた。紅潮した顔を悟られまいと、カリュカは努力した。

「俺がお前のそばにいなかったら、お前はもう三回は死んでいるだろう」

 だから、一緒に行くのだ。私はアルシャマの暗殺者であり、保護者なんだ。何か矛盾しているような気がするが、それは後に置いておけばいい。直観に従え。不死教団で、そう習った。いつか成人したら、友情とか恋愛というものが理解できるようになるのかもしれない。世界そのものがばらりと分かってしまえるようになるのかもしれない。


挿絵(By みてみん)


 今日も、マレタ(地底)に太陽が現れる。正確には天井の光度が少しずつ増し始める。カリュカは目を覚ました。何か遠い昔の夢を見ていたような気がする。アルシャマも夢に出てきていた。アルシャマと本格的に出会ったのはトジコ=マレタに降りてからで、それまでは出会いらしい出会いをしたことは無いはずなのに。

 目を閉じたまま、むくりと身体を起こし、夢の世界を振り返る。所詮、夢だ。どこか切ない懐かしさも、アルシャマが出てくることも、夢なのだから矛盾していて当たり前だ。

「なあ、カリュカ。神話の世界に足を踏み入れる覚悟はあるか?」

 目を開ける。アルシャマの声がする。夢の中と同じ台詞が聞こえた。無視することもできた。何言ってんだバカと罵ることもできた。だが。

「お前が彼岸に行くというなら、俺も行く」

 夢の中と同じ台詞が、咄嗟に口をついて出た。

「そうか。じゃあこの神話は、きっと長くなるな」

 横になったままテントの天井を見つめ、意味不明なことを口走るアルシャマを見て、カリュカは思う。こいつはどこまで考えて物を言っているのだろうと。私はどこまで考えてそれに答えているのだろうと。

 私は、英雄の介添え人ではない。ただの暗殺者だ。ただの暗殺者が、神話になることなどあるだろうか。アルシャマが冒険者から伝説の英雄にクラスチェンジしたら、自分は暗殺者から神殺しにクラスチェンジするとでもいうのか。馬鹿馬鹿しい。

 しかし、馬鹿馬鹿しいのはいつものことだ。アルシャマの周りには馬鹿馬鹿しいことが山ほどある。その中に自分も含まれている。それだけの話だ。

「馬鹿だな。お前も、俺も」

 カリュカは独り言を呟くと、起き上がってテントの外へ行き、伸びをした。今日もアルシャマの言う、冒険とやらが――実際には、猫からの逃走である――始まる。その前に、干し肉でも齧って、腹ごしらえをしなくてはいけない。

 カリュカがトジコ=マレタの巨大な猫に発見、捕獲されたのは、そんなときであった。

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