77. 冒険の書
「売った」
カリュカはアルシャマの言葉に絶句した。
豪華絢爛の飾り銃はそもそも売り物ではないのである。
マレタで復活した暗黒神を一撃で撃ち倒した、正真正銘の伝説の武器なのだ。
「残り一発。使いたくても使えない銀弾なんか持っててもしょうがないだろ。
だからデザーネンスのじいさんに売って、代わりにこれを買った」
アルシャマは地図のようなものを開いた。そこには無数の光が煌めいては消えていた。
これこそ過去数多の冒険者が夢見たアイテム「冒険の書」である。
カリュカはそのアイテムを御伽噺の中に聞いていた。セーブデータの数は三つまでである。
不死。それは叶わぬ望みである。それゆえの不死教団。それゆえの暗殺者カリュカ。
だが、人生にセーブポイントがあったなら?
もし一人で何千何億の人生を歩めるのだとしたら?
それは……事実上の不死なのではないか?
アルシャマをここで殺さねばならない。カリュカの暗殺者としての一面が囁く。
その囁きは次第に大きくなり、ついには叫び声となる。
アルシャマを殺せ。
アルシャマを殺せって。
アルシャマを殺せってば。
その行為を思いとどまったのは、アルシャマの発した言葉ゆえだった。
「このアイテムは二人ペアでしか使えない」
アルシャマが言外に示したことは明らかだった。
自分についてくるのか、こないのか。生きて神話となるか、ならざるか。
別にカリュカでなくてもよかったはずだ。
だが、アルシャマはまずカリュカに話した。
それは愚直さゆえではあるまい。かといって狡猾さからでもあるまい。
カリュカはそれを試練と受け取った。老獪な紀竜と、きまぐれな冒険者の神アルセスと、
そしてなにより、アルシャマの与えた試練だと。
だからその答えは決まっていたのだ。たとえそれが不死教団の教えに背くとしても。
「私は私の意思で、この冒険の書を使う」
アルシャマはカリュカの瞳の奥を覗き込んだ。カリュカの決意は固く、目をそらすことはしなかった。
「じゃあ使おう」アルシャマがそう言ったとき、カリュカの心臓は早鐘のようだった。
そうして、二人は神話になった。
だからいまでも夜空を見上げれば、アルシャマとカリュカの星座があるのである。
―完―