74. 劇の中盤
栄華を誇れる獅子王の都市国家ハイダル・マリク。その王宮。舞台はそこから始まった。
「なりませぬ。なりませぬぞ陛下。魔女の力を借りるなど」デザーネンスは賢者の役を演じる。
「だが、もはや我らに打つ手は無いのだ」王ヒルテは、玉座に力無く座り込み、頭を垂れた。
「呪われし魔女よ。キュトスの魔女よ。入れ」
「それで、人間様のくだらないお願い事は何なのかしら?」ラヤロップ演じるムランカは、キュトスの魔女の代表としてここにいる。
「魔人メクセトを、あの叛徒たちを討ってくれ。頼む。この通りだ」
「私はキュトスの魔女。人間どもを殺すなんて造作も無いことよ。まあ見ていなさい」
メクセトの叛徒たちは、都市のつい鼻の先まで迫っていた。
弓、槍、盾、剣。あらゆる武器と兵員が動員され、迎撃に向かう。
だが、メクセトの造りし無敵の武具を持つ叛徒たちに、ハイダル・マリクの兵の矢は通らず、槍は弾かれ、盾に押し負け、剣では遅れを取っていた。
戦争の女神は確実に叛徒の側に微笑んでいた。
「敵はしょせん金で雇われた傭兵、雑兵ぞ! 進めや進め、やれ進め!」
そこに、ラヤロップ演じるムランカは現れた。
「我は魔女。神の欠片たるキュトスの魔女。その名において、人間どもに迅速なる死を与えましょう」
「よかろう。余も少し退屈していたところじゃ。直々に相手をしてやろう」
アルシャマ演じるメクセトは前へと進み出た。
そこに、ラヤロップは本気で魔術を叩き込んだ。舞台の上に爆炎が巻き起こる。
だが、影からデザーネンスの防壁に護られたメクセトには傷一つつかない。
「どうした手品師。花火の芸はそれで終わりか」
「くっ……〔シャルマキヒュの凍視〕!」
「そんな魔法は効かぬ!」
必死絶命の一撃を、メクセトは目から出したビームで相殺する。
「馬鹿な……人間ごときが詠唱も無しに!」
「覚え置け。余は魔人メクセト。人間の王の中の王になる男だ」
「盛況なことだな」ガラーナ卿はローエン・エングリンに声をかける。
紀神を始めとする神々が中空に陣取り、輝く。暗闇の中の舞台は、まばゆく照らし出されている。
「しかし、まだメクセト様は現れていません」ローエンは答える。
「炎祖様と雷墜様も、いまだお姿は見えず」猫は報告する。
「ヒカリクラゲのラピスラもまだ来ていないようだ」レッドが呟く。
銀弾を使うべきでしょうか。あの、嘘をまことに変えるという銀弾を。
ローエンは問う。
「まだよ」コキューネーが制する。
舞台を客席を包み込む精神制御術式。全てを第二次マレタ戦役に巻き込む外道の御業。その準備はまだ終わっていない。
だって、まだ舞台は始まったばかりなんですもの。
ハルシャニアが吐き出す霧が、空中に紋様を描きながら、うっすらと客席に広がり続けていた。




