71. 紀の力
槍は、紀の力を秘めている。
槍は、紀の力を秘めている。
槍は、紀の力を秘めている。
いまや月となったエンペントリカは、槍に近づきつつあった。
まともな防壁も展開できずに健気にも立ち向かってきたントゥガの鎧虫の死骸を掻き分け、
無限に重なった飛来神群の死骸を、その巨大な魔法の手〔ザ・ハンド〕で抉り取って、
エンペントリカは道を造った。
これまで誰も造れなかった槍への道を。
そこには、シズネリがぽつねんと立っていた。
「この先に行けば、あなたは人ではなくなる」
声を失っているシズネリは、ホワイトボードを見せる。
「そんなことはもとより承知の上だ!!」
エンペントリカは一笑に付した。だが。
「いいえ、あなたは分かっていない。紀人はあくまで、紀の力を持つ神々の末席。今は無敵のあなたでも、神々の序列には逆らえない」
エンペントリカの表情が曇った。
しかし、それでも。目が血走る。
「それでも私は神になる! 永久の時を生き続け!いずれはあのホーデングリエに追い付き、肩を並べ、抜き去ってやる! 私は虐げられたマレタを代表する神になる!地上にマレタ此処にありと、戦いの点呼を打ち鳴らしてやる! 私は神だ! 私が神だ! シズネリよ! 文句があるならかかってこい!」
エンペントリカの絶叫は攻撃呪文を描き出し、シズネリの周囲に着弾する。
しかしシズネリは微動だにしない。全ては予言通りの、予定調和に過ぎない。
「私はマレタの未来を変えてみせる! 私は――私は神にならねばならぬ運命なのだ!」
エンペントリカは槍に手を伸ばした。そっと指先で触れる。
そして、エンペントリカは、ついに、紀人に、本物の月になった。
一筋の光が、膨大な情報が、天井を突き抜け、地上の空に、本物の天空に登った。
その名は、予月〔よびづき〕。あらかじめ登ると決められていた月。
地上に、一つ、月が増えた。
マキコ=マレタ、トジコ=マレタ、ツツミコ=マレタという名は、最初は神々への怨磋の言葉であった。
大地の球化の詰め物にされたことへの、民草の絶望と悲嘆の言葉であった。
しかしマレタ戦役のあと、マレタという言葉は、彼らの崇高な矜持を示す言葉となった。
確かに我々は神々に見捨てられた民かもしれないが、しかしこうして独力で地底を開拓できたじゃないか、と。
地底の民はそれからというもの、自らをマレタの民と名乗るようになった。
それでマレタという語には、独立した、自立した、という意味が付与されていった。
マキコ=マレタ、トジコ=マレタ、ツツミコ=マレタという名は、今ではそれぞれ最も崇高な国名である。