70. 暗黒神復活
「エンメントリカ? エンメントリカ!?」
トワレの呼び掛けに答える者はない。
霊化したエンメントリカは、腰骨が取り込まれたとき、暗黒神と一体になってしまったからだ。
神との一体化。
果たしてそこに自我はあるのか。
トワレには分からない。
ただ、生気を取り戻し、【槍】のくびきから抜け出そうと、もがき苦しむ暗黒神の姿は見て取れた。
一つ確かなことがあるとすれば――暗黒神が完全復活すれば、全ては終わる。
トワレにもそれがわかった。
誰か助けて。
そんな思考が脳裏をよぎる。
打ち鳴らす歯こそ持ち合わせていなかったが、トワレはかつてない恐怖のただ中にあった。
エンペントリカは、暗黒神の復活を知ってなお、槍を目指して進んでいた。
槍に触れれば、【紀】の力が手に入るのだ。神々と肩を並べられるのだ。
ントゥガの虫けらどもを蹴散らしながら、エンペントリカは己の無敵を信じた。
そこにミュトスが合流する。
「なんだいミュトス、誰かさんに負けたような顔をして」
「ラヤロップだ」
「ああ、あの災厄と戦ったのかい。相変わらず引くということを知らないね、無謀のミュトス」
エンペントリカは無数のホーミングレーザーで砲撃を続けながら、ミュトスに声をかけた。
「私はちょいと槍まで出掛けて、神に、紀人になる予定だよ。あんたも来るかい?」
もちろんミュトスは神になることには興味がない。
それにラヤロップとの決着もまだついていないのだ。
「……途中までは付き合おう。退屈凌ぎにはなるだろうからな」
「あんたらしい答えだね」
エンペントリカは言った。
トワレは状況を俯瞰する。
巨大な暗黒神は――黒い部分が全て暗黒神だとすれば、だが――幹槍から生えた枝槍に、全身の各部を貫かれていた。
針串刺しの刑。
そう表現してもまだ足りない。
巨躯をでたらめに貫いた、槍、槍、槍。無数の槍。
かつて、それは永劫の死と等しかった。
だが今は、暗黒神は震え、悶えている。
悶えて、喜んでいる。
喜んで、笑っている。
無貌の――眼は退化している――暗黒神は、耳があるとすればだが、耳まで裂けた口をぐにゃりと歪めて、空気を痙攣させて、笑っている。
腹を抉る重低音。頭を引き裂く高域音。あまりに歪んだ不協和音。
生身では、ただ聴くだけで、狂ってしまう笑い声で。
暗黒神は、体躯を揺すり、震わせ、溶かし、少しずつ、少しずつ、確実に槍の戒めから解放されようとする。
それはまるで、ありとあらゆる狂気と冗談を総動員したような、凄惨で、陰湿で、冒涜的な姿である。
トワレは心から問う。
ああ神よ、神よ――いと偉大なるホーデングリエよ。
なぜトドメを刺さなかったのですか。なぜトドメを刺せなかったのですか。
あのようなものに。あのようなものに。あのようなものに――