69. 豪華絢爛の飾り銃
「卿よ。余は疲れた。少し眠る」
戦力のほぼ全てをガラーナ卿の館に引き上げさせた後、王ヒルテは眠った。
失って初めて、その力の偉大さを思い知ることがある。
神出鬼没なポータルという裏技〔チート〕があるからこそ、今まで善戦出来ていたのだ。
ここでその力を失うことは大きな痛手であった。
太陽が消えたことで、トレドマドの市街地はパニックに陥っていた。皆が恐怖に満ちた眼で天を仰いでいる。
サリトラは思った。
世界の終わりという神話が、いま現実となったなどという話を、一体誰が理解するというのだろう。
アルシャマとカリュカが与えたダメージこそあるが――暗黒神はその間にも、完全復活への道を着々と歩んでいる。
卿は、混沌の体現、暗黒神の下僕ヘカトンケイルの復活も近いだろう、と言った。
月と融合したエンペントリカは放置されているし、ミュトスにトドメも刺せていない。事態は最悪に近かった。
マレタには。
神話が必要であった。
できればめでたしめでたしで終わるような神話が。
割と切実に。
嘘吐きオッティアの子孫である学者のオッティアは、良い学者であったが、その名のせいであまり人に信用されていない。
そのオッティアが曾祖父から譲り受けた遺品の中に、一丁の銃があった。
それはそれは、豪華絢爛なる飾り銃であった。
金の刺繍が銃身を覆い、それと折り重なるようにして、銀の刺繍がグリップを覆っていた。
その弾倉にはどうやっても弾が入らず、故にその撃鉄が何かを叩くこともない。
それでもグリップの底には、その銃が戦いのために造られたことを示すように、誰かに誇るように、「我こそ伝説」と彫ってあるのだった。
曾祖父はよく言っていた。
もはやどうにもならなくなったときは、この銃の引き金を引けばいい。
さすれば闇は去り、光が満ちるのだと。悲しみは失せ、喜びがやってくるのだと。
そして、もし自分が所有者にはふさわしくないと悟ったならば、この銃をしかるべき者の元へと届けるべし、と。
学者のオッティアは、その名に似合わず、几帳面な男だった。
曾祖父の遺言はいまだ有効である。
太陽が消えた日――彼にはそれが自然現象ではないと判っていた――
彼はわざわざ正装に着替えて、ガラーナ卿の館を訪ねた。
その豪華絢爛の飾り銃を大事そうに携えて。
黒く。黒く。ひたすら黒く。
無音で飛ぶ蝙蝠の群が、館の入り口で「「「要件は?」」」と訊いた。
「伝説の武器を手渡しに」とオッティアは答えた。
簡素にして完璧な説明だった。
それでオッティアは通された。
飾り銃を見て、ほぼ全員が落胆した。
「弾の込められぬ銃か」ガラーナ卿がふてくされる。
「でも、銃としての設計は間違っていないぜ」
手に取って、重さと銃身のバランスを確かめながら、アルシャマは言った。
「物理的な弾でなく、魔弾を打ち出すことならできそうね」
コキューネーがハルシャニアの髪を手櫛でとかしながら解析した。
「これに似たやつをどっかで見た気もするな」
ハルシャニアを取られたラヤロップが呟く。
アルシャマは銃をひっくり返し、グリップの底の文句を目にして、仰々しくそれを読み上げた。
「我はアルシャマ。オッティア(嘘吐き)の継承者なり。『我こそ伝説』」
「ならば嘘を吐け。稀代の大嘘を」
銃が喋った。全員があとずさった。
「私は嘘をつけない男です」学者のオッティアはにっこりと笑い、白々しく言葉を続けた。
「ですから、嘘が上手いお方にお譲りしたいと思います」
「第二次マレタ戦役はめでたしめでたしで終わる」アルシャマは嘘をついた。
銃は無言だった。ガラーナ卿とイクスバルは絶句していた。キュトスの魔女等は、なりゆきを見守る。
「ほら嘘を吐いたぞ。それで何が起こるんだ?」
「……それは嘘ではなく、ただの希望だ」銃は言った。
「だが希望も嘘に含まれるのでは? それは絶望の中にある心を奮い立たせる、偉大な大嘘だ」
アルシャマは喋る。銃を、知性を備えたアーティファクトを、ペテンにかけつつあった。
「それにもしこれが大嘘でないとすりゃ、真実だとでも言うつもりか?全てはめでたしめでたしで終わるとでも?」
銃は溜め息を吐いた。そして重々しい声で、銃は告げた。
「そうだ。『全てはめでたしめでたしで終わる』。この銃はそのためにある」
ならば力を貸してくれ。とアルシャマは頼んだ。
銃は少し考えていたようだった。アルシャマが、自分が仕えるに足る男なのかと。
しばしの沈黙ののち。
かちん。銃のシリンダーが回転する。
その銃にはもはや弾が込められていた。計六発の銀の弾丸が。
そうだ。全てはめでたしめでたしで終わる。暗黒に塗り潰されて死に果てるなんてのは、まっぴらごめんだ。
アルシャマは銃を腰に差すと、グリップの底にあった文句を、確かめるように言い放った。
「我こそ伝説」
かくしてアルシャマは、ついに神話となったのである。