67. 腰骨
ハルシャニアと水の精霊王ヨーウィロは、クラゲリオンたちとエンペントリカの戦いを傍観していた。
ントゥガの周辺にはまとまった水源がない。すなわち、今のヨーウィロは無敵ではない。
切られれば磨耗し、吹き飛ばされれば損耗する。しょせんはただの水の塊である。
「メガダーククラゲリオンは大破、クラゲリオンが押されている」
ハルシャニアは呟く。ヨーウィロは無言である。
助けに入るつもりはない。
ハルシャニアの存在理由は、クラゲリオンが稼いだ時間を、さらに引き伸ばすことだから。
五指爆炎弾〔フィンガー・フレア・ボムズ〕!!
著作権を無視したラヤロップの5連撃がミュトスの防壁を直撃する。
多重防壁が破れ、炎がその身を焦がす。
しかしミュトスは後退しない。後退するくらいなら死を選ぶ。それがミュトスの結論だった。
ミュトスは絶叫する。力の限りに魔術を紡ぐ。
前方に百の防壁を展開。ラヤロップの攻撃を切り抜け、カウンターの一撃を喰らわせる。そのために。前へと、進む。
「炸撃〔ファイヤクラッカー〕×100!!」
ラヤロップは防壁と同等な炸撃で迎え撃つ。全ての防壁が砕けたあとに、ミュトスの拳があった。
「そんなに私と殴り合いがしたいか!!」
クロスカウンター。
ミュトスの拳がラヤロップの頬にめり込み、ラヤロップの拳がミュトスの顎を打ち抜いた。
そうして、全てが死滅した闇の静寂の中で、暗黒神はただ復活の時を待ち続けていた。
永遠を一瞬と捉え、一瞬を永遠と捉えるその神々の認識は、人の身では計りかねる。
トワレは発狂しそうになる。
エンメントリカは今、何をしようとしているのか。
暗黒神の復活と使役。そんなことが、肉体を捨てたとはいえ、本当に、魔女に可能なのだろうか。
魔女といえど人の子である。
たとえ霊化したとて人が人の思考を超えられるわけではない。
魔女は神々と同列ではないのだ。
トワレは、腰骨を暗黒神へと捧げんとするエンメントリカを見やった。
その瞳に狂気が無かったと言えば、嘘であろう。だが、逆らうことなどできようか?
トワレは恐怖に打ちのめされながら思考する。
お か あ さ ん
エンメントリカ、あなたはどこまで正気なのですか、と。
「私はエンメントリカ。暗黒神との古の契約を遂行する者。私は地底の覇者となる者。私の名はエンメントリカ――」
次の瞬間、腰骨は漆黒の壁から伸びた無数の触手に掴まれ、壁の中へと取り込まれる。
すると一斉に、全ての壁が「泡立った」。柱に打ち付けられた暗黒神は、生気を取り戻したのである。
第二次マレタ戦役
アルセスによってマレタ(地底)に持ち込まれたトルソニーミカ謹製の腰骨。
それを柱の下へと運び、暗黒神に捧げたツツミコの魔女により勃発。
アルシャマが、コキューネーが、デザーネンスが、ガラーナ卿が、ラヤロップが、ミュトスが、
王ヒルテが、イクスバルが、エンペントリカが、クラゲリオンが、ハルシャニアが、トワレが、
そしてマレタの全ての生物が感じたのは
――恐怖。
空が闇に飲み尽くされ、太陽と星々が消えた。
かくして暗黒神は復活した。
全ては魔女シズネリの予言通りに。