64. 戦場 その1
運が悪かった。
そうとしか形容しようがない。
押し寄せるントゥガの鎧虫の群れを攻撃呪文で凪ぎ払う数字付きの123たち、ファーストユニットは、順調に進軍していた。
だが運が悪かった。
彼らの目前に開いたポータルから現れたのは、威厳ある一人の老人、紀竜デザーネンスだったからだ。
「なるほど、人の身でたいした火力じゃ。いやはや、地上の魔女でも手を焼くじゃろうて」
透明な防壁の向こう側から、デザーネンスは穏やかな声で言った。それにもかかわらず、その声は天地に響いた。
123の、とりわけ1の砲撃は続いている。標的はとっくに眼前の老人に切り替わっている。
しかし、墜ちない。展開された防壁に傷ひとつ付かない。術者の力量の差は明らかだった。
「じゃが、防御のほうはどうかのう。儂の火力を防ぐ防壁は、ヌアンダーラの戦い以来、見たことがない」
デザーネンスは杖を振った。
暴風の如く爆炎が荒れ狂い、123と地面と空との全てを飲み込んだように見えた。
123はしかし燃え尽きてはいなかった。事前の取り決め通り、2と3は瞬時に形勢の不利を見て取り、1を連れて戦線を離脱〔エスケープ〕していた。
デザーネンスは思案する。
さて。この戦いはどうなることか。
数字付きが陽動でしかないことは解りきっている。
大卵と融合したのっぽの魔女エンペントリカも、神喰らいのミュトスもまた、巨大な囮に過ぎない。
問題はちびのエンメントリカだった。ツツミコ=マレタの影の支配者の動向だった。
エンメントリカだけが、王ヒルテのポータルを以てしても、デザーネンスの眼を以てしても、発見されていない。
強力な不可視の呪文が掛けられている――「本来の」目的のために。
デザーネンスは湧き上がる不安を抑えつけると、後ろを振り返る。
そこには当然のことだが、ントゥガの鎧虫が「外敵」を排除するために猛進して来るのが見えた。
ミュトスは思考する。
自分は魔女なのだろうかと。
目覚めるたびに飛来神群を喰らいに出掛け、ントゥガの虫どもを蹴散らす。
だが、もう食べなくてもいいはずだ。
自分より強い相手には、このところ出会っていない。これ以上の力は不要なのではないか?
長い長い眠り癖が、さらに長くなるだけではないか?
だが、今日ミュトスは初めてキュトスの欠片に出会う。
その瞳は真紅に燃え、その一撃は幸運を奪う。
突如ポータルから現れたラヤロップは、ミュトスを視界に認めると、容赦の無い重い一撃を放った。
薄く纏われた防壁は破れ、ミュトスは吹き飛ぶ。
そしてとりとめもない思考がまとまる。今ここに自分より強い相手がいるのだ。自分より、強い、相手が!
「さあ相手をしてやるよ!かかってきな!!」ラヤロップは叫んだ。