63. 演説と開戦
カリュカ置いてきぼりを食らった。
翌朝、カリュカはアルシャマの書き置きを目にすることになる。
「頼まれたんで、ちょっと交渉に行ってくる。
死ぬかもしれんが心配するな
――アルシャマ」
カリュカは激怒した。必ず、かの邪智暴虐のアルシャマを殴りつけねばならぬと決意した。
カリュカには恋愛が分からぬ。カリュカは、生粋の暗殺者である。
けれども侮辱に対しては、人一倍に敏感であった。
「アルシャマ殺す!!」
カリュカが全力で走って辿り着いたガラーナ卿の館は、コウモリに包まれていた。
文字通り、イワシの群れの如く空を飛び交う黒いコウモリの群れが、屋敷を包み込んでいた。
(((有事のため通行を禁ずる)))
コウモリの囁きを無視して、カリュカは歩を進める。視界が真っ暗になる。
構わず、カリュカは進む。その先に憎いあのアルシャマの姿があると信じているかのように。
「それ以上進まれると、交戦の邪魔になるのだが」
卿の声が響く。
「黙れ!アルシャマを出せ!」
カリュカはキレていた。怒りに任せて骸骨を召喚しようとするカリュカを見て取り、卿は声色を変えた。
「〔バインド・アドア〕!束縛せよ」
カリュカは地から伸びた蔦に縛られて、みじめに転がった。転がって、視界が開けた。
「残念だが、ここにアルシャマ君はいない。状況を理解したまえ。君は『遅刻』したのだ」
時は少し前に遡る。
夜のうちに出立したアルシャマは、王ヒルテが開いたポータルを通じて、ントゥガの最深部へと転送されていた。
だが、王ヒルテは無闇やたらと転送したのではない。
そこには魔女が待っていた。
かつてアルシャマを命の危機から救った魔女が。
「あら、あなたが演説者〔アジテータ〕だったのね。私はキュトスの魔女コキューネー。
さあ、ントゥガ・ネットワーク相手の浸透戦〔ハッキング〕を始めましょう」
コキューネーは楽しくて愉しくて仕方がないといった表情で、アルシャマを見詰めた。
「ああ、あんたが仲介者〔メディエータ〕か……。
さすがの俺も、精神感応網を相手に大演説をぶつのは初めてだが、まあ、なるようになるだろう」
ほどなくして、アルシャマの大演説が始まった。
「聞け、ントゥガの民よ。我々は、トジコ=マレタの民は、マキコ=マレタの民は、そしてトレドマドの民は、共にマレタの民である。
今、ツツミコ=マレタは、ントゥガ侵攻を決行した。
我々の手にした情報によれば、これはントゥガだけでなく、マレタ全てに等しく災厄を振り撒かんとする所業である。
我々はただ一日の、ただ一日だけの同盟を提案する。
我々はツツミコ=マレタの戦力を撃退するために遊撃隊の派兵を行う。
繰り返す。我々はツツミコ=マレタの戦力を撃退するために遊撃隊の派兵を行う――
ントゥガの将兵は話を聞かないと言われる。話終わる前に話し手を殺すからだ。
アルシャマの介入は一時ントゥガ・ネットワークを混乱させたが、ントゥガの民の決断は早かった。
「異物を排除せよ」
コキューネーとアルシャマの居場所の同定は早かった。
ントゥガの鎧虫〔プレートワーム〕たちが一斉にその場に向かう。
だが、王ヒルテのポータルは、それより先に開かれた。
次の目的地へと、コキューネーとアルシャマを誘導する。
「あとはこれを繰り返すだけよ」
コキューネーは事も無げに言った。
「あいつらが俺の呼び掛けに耳を貸すまで、な」
アルシャマは平気な振りをしてみせた。そうでもしなければ、恐怖が襲ってくるからだった。
アルシャマは夜通し努力したが、刻々と夜明けは迫っていた。
演説は洗練され、ントゥガの民が僅かに反応するキーワードが散りばめられていた。
「我々は第二次マレタ戦役の阻止を望む。我々は暗黒神の復活を阻止せねばならぬ。
ントゥガの民の協力無くして、それは成し遂げられぬであろう。我々は一日限りの同盟を望む――」
ントゥガは神出鬼没なアルシャマを無視することに決めたらしく、ツツミコ=マレタとの臨戦態勢に移行した。
そして、夜が明けた。遂に戦闘が始まったのである。




