60. 酒場にて
「で、全員揃ったのかい?」
エンメントリカは広場に問い掛ける。
「『私』はここに居るよ」
姿無きトワレは答える。
「我々『死ざる神』の戦闘員は集結を完了した」
神官たちが答える。
「『数字付き』は全員連れてきました」
エリアが報告する。
エンペントリカとシズネリは欠席。それは予定通り。
「それでこの茶番はいつ終わるんだ? 結局一斉攻撃するんだろ? なら人間どもなんか要らんだろう」
ミュトスが言い放った。
エンメントリカが言う。
「神官どもに言っておくよ。断崖には人間では到達できない。『腰骨』は引き渡してもらう」
「なっ……『腰骨』を渡し……我々にただの囮になれと!?」
「そう言ったつもりだが。聴こえなかったかい?」
ニヤニヤ笑いながら、ちびすけのエンメントリカは続けた。
「あんたらはよく分かってないようだから言うがね。今から始めるのはマレタ戦役の再来、マレタの終末戦争なんだよ。
囮とはいえ、人間の身で『それ』に絡めたことを幸運に思うんだねぇ」
サリトラは――修道服を着た長髪の眼鏡娘は――走っていた。
こんなに速く街中を走ったのは久しぶりであった。久しぶりであったから、人にぶつかることもある。
ぶつかったのは、書き上げたばかりの演劇の台本を持って歩いていたローエンと、白木の杭を背負った魔女ラヤロップだった。
ぶつかって、全員が転んだ。
「すみません。私……どうしても至急議員様に伝えなきゃいけないことがあって……」
「奇遇だな。あたしたちもその議員の奴に用があるんだ」
「そうですね。せっかくだから一緒に行きましょうか」
ローエンも大分慣れてきていた。
魔女と共に街中を歩むのならば、トラブルの一つや二つが起こるのは仕方がないことである、と。
絶死がやってくる
暗闇を切り裂いて
白霧を掻き毟って
皆死がやってくる
シズネリにはそれが分かる
手に取るように見て取れる
「まさかコップ半分でこうなるとはなあ」
半壊した酒場で、アルシャマはため息を吐いた。
発端はアルシャマにある。カリュカが酒を飲まないのをからかったら、カリュカがアルシャマのコップを奪って酒をぐいと飲んだのだ。
そこからが非道かった。
スケルトン10体が召喚され、酒場はたちまち阿鼻叫喚(笑)
「アルシャマ殺す。殺してくびり倒す。その後また殺す。殺す殺す殺す……」
酔ったカリュカはアルシャマを本気で殺しにかかる。テーブルが宙に舞い、客は悲鳴を上げる。
デザーネンスが気づいて防壁を展開していなければ、さしものアルシャマも危なかったといえよう。
少しして、カリュカが酔いつぶれて倒れると、スケルトンも風化した。
デザーネンスが修繕〔リストア〕で酒場を直したが、アルシャマとカリュカは当然酒場のオーナーから出入り禁止を言い渡された。
「寝てればかわいいんだがなあ」
アルシャマはカリュカをおんぶして宿に帰る。
ホーデングリエの大卵起動実験
オールグリーン
エンペントリカ起動します
「魔力が無限に溢れてくる……これがホーデングリエの力……紀の力……」
発掘作業を進めてきた遺跡は、もはや原型を留めていない。
吹き荒れる魔力は総てをケイオスへと誘い、大卵は鳴動する。
「槍を手にするのは我々だ」
「我ら地底の魔女だけが槍の力を、紀の力を統べることができる!」
エンペントリカは上機嫌に、ハイになっていた。
地底最強の兵器、大卵と一体になった至福と至高に包まれていた。
既にエンメントリカは数字付きと死せざる神の戦闘員を配置につかせている。
作戦の決行は明朝である。