54. アルセス登場
広間に行くとアルセスがいた。
「やあラヤロップ。君が劇をやると聴いて見に来……ちょっと待ってやめて何その釘バットそれ死んじゃうから!当たったら死んじゃうから!」
グシャア
ラヤロップ曰わく「一日一殺」
悪いのは間の悪い登場をしたアルセスである。
アルセス:
それで……どこまで話したっけ。
そう、僕がラヤロップに殴られたところまでだったね。
そこからがまた非道くてさ。
僕が死んだふりをしていたら、「念入りに」とか「ミンチに」とか聴こえてきたんだよ。
それで慌ててここまで逃げてきたってわけさ。
タダでメクセトの活劇が見れると思ったのに、とんだ見当外れだったよ。
あれれ?この情報は君たちの役には立たなかったかな?
でもトルソニーミカ謹製のこの『腰骨』は役に立つと思うよ……主に邪神の復活に。
ねえ、その点には同意してくれるよね?『飛来神群』の『死せざる神』の神官さんたち!
死とは何か。活動が停止すること。バラバラに砕け散ること。
しかしそれならば、永久機関があったならば?
それを内蔵した、不死の神がいたならば?
ただ眠らせ、封じ込めておくより他にない。
それが【死せざる神】である。
その信仰はマレタ教に反する絶対禁忌。ントゥガの断崖を跨ぎ、邪神を復活せしめんとする滅びの信仰である。
【演劇】とは【魔術】である。
台詞と演技と演出と音楽によって成るそれは、まさに魔術に他ならない。
特に舞台上での神話や伝説の再現を目指すとき、それは一種の【古代魔術】となる。
魔術は人を惹きつけ、魅了し、繰り返し鑑賞させる。かくして神話は流布されるのだ。
神を殺せば神は死に、竜を殺せば竜が死ぬ、とはよく言ったものである。
ガラーナ=フェラスト卿語りて曰わく。
「君たち地上人は不思議に思ったことはないかな。なぜマレタには戦争が無いのかと」
「人間とは常に戦いを好む生き物だ。蛮族を駆逐するために戦いを挑み、支配が気に入らないからと内乱を起こし」
「些細なことから猫を魔女をクラゲを怖がり、このトレドマドのように堅固な城壁を造る。私はそんなものは無駄だと反対したのだがね……」
「この際はっきり言おう。現在、マレタに人間の支配する国は無い。トジコは猫が、ツツミコは魔女が、マキコはクラゲが支配している」
「それこそがマレタに戦争の無い最大の理由なのだ」
「しかし我々ヴァンパイアはそう悲観的ではない。我々が指南するここトレドマドの共和制は、いまのところ十分うまく機能している」
「人間が人間を支配する日がやがてやってくる。我々はそう信じているのだ」
アルシャマやカリュカは、朝食に割り込んだツケとして、卿の論説を聴かされる羽目になっていた。
「概ね同意する。まったく人間ってやつは罪深い……」
ラヤロップは卿を睨み付けるようにして言った。
「で、あんたの弱点は何だ?日光か?銀はどうだ?白木の杭で心臓を貫けば死ぬのか?」
「ははは流石に手厳しいな」
「だが余はそう簡単には死なないよ。何より地底の太陽は偽物だからね。日光浴は私の趣味だ」