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短編 アルシャマと竜

 ある日、あるところに、冒険者がいました。いまどき冒険なんて流行らないと言う人もいるでしょうが、実際に居たのだからしかたがありません。その冒険者の名は、アルシャマといいました。これはそのアルシャマのお話です。

 アルシャマはその時、アビダ砂漠の真っ只中にいました。正午に合流する予定だったキャラバンは、待てど暮らせどやって来ません。おおかた盗賊にでも襲われたのでしょう。当時のアビダ砂漠では、そんなことはしょっちゅうなのでした。

 アルシャマは物資の補給を諦め、前進しました。直射日光の刺す昼の間はテントで日差しを避けて眠り、氷点下まで冷える夜は毛布に包まり、主に朝と夕に前進しました。どんなに苦しいときであっても、とりあえずまっすぐ歩けば砂漠を抜けられるのです。アルシャマは冒険者でしたから、苦しいのには慣れていました。問題は水筒に残された水の量だけでした。


 陽炎の先に、不思議な蜃気楼が揺らめきます。アルシャマは幻には惑わされずに、まっすぐ進みました。すると、不思議な形をした塔が見えてきました。今度は蜃気楼ではありません。正真正銘、本物の塔です。砂漠の真ん中に塔があるなんて、誰が想像するでしょうか。アルシャマは水源を期待して、その塔のほうへと歩いていきました。

 塔は、砂で出来ていました。ところどころに規則的な突起があり、登ろうと思えば登れそうでした。

 アルシャマは冒険者でしたので、とりあえず登ってみることにしました。足を突起に。手を次の突起に。手に力を込めて身体を引きあげ、再び足を突起に。手を次の突起に。それを繰り返して、アルシャマは塔を制覇しました。頂上から眺めても、まわりは、見渡す限り砂漠でした。それで、アルシャマはまだまだ歩かねばならないことを悟りました。アルシャマはいつものように毛布を被り、塔のそばで眠りました。夢の中で、旅人の神アルセスに出会いましたので、アルシャマは砂漠からの脱出を慎ましやかに祈りました。


 目が覚めると、塔は無く、一人のか細い老人が立っていました。ぼろきれを纏ってはいましたが、何の迷いも憂いも無い目をした、威厳のある老人でした。

「目が覚めたかね。若者よ」

 アルシャマはまず塔が無くなったことを知り、次に自分の装備がきちんと残っているのを見て、自分が眠った場所から動いていないことを確信しました。それから、きちんと立って、老人に向かって言いました。

「俺はアルシャマ。目は覚めてる。ここにあった塔が消えた。代わりにあんたが現れた。まるで謎かけ遊びだね」

 アルシャマは深く考えないことにしました。アルシャマは謎かけに時間を費やすよりは、目の前の老人のほうに興味がありました。老人は杖を持ってはいますが、別に足腰は悪くなさそうでした。それより、杖以外に何も持っていないことのほうが不思議でした。砂漠を行く人は、必ずテントと毛布と水筒を持って歩くものと相場が決まっているというのに。


「すまんが、水と食料をわしに分けてくれんかね」

 老人はアルシャマに頼みました。アルシャマに、もう一人分を養うだけの水と食料があるはずがありません。断ってもいい頼みでした。断るべきであろう頼みでした。

 けれども、アルシャマは根っからの冒険者でした。困っているところを人に助けられ、そして助け合うからこそ、これまで生きてこられたのです。アルシャマは水筒と乾パンを老人に進呈しました。どちらも、砂漠の真ん中では、黄金にも勝るしろものです。老人はそれを受け取ると、礼を言い、水を飲み、パンを食べました。

「アルシャマよ、水と食糧をありがとう。わしは、感謝の代わりにそなたの願いを叶えてやりたい。何でも願いを言うがいい」

 老人は、アルシャマを射抜くように見据えて言いました。もしアルシャマが普通の人だったなら、すぐにでも願ったでしょう。砂漠を脱出したいと。キャラバンに合流したいと。奇跡のようなオアシスが欲しいと。けれども、アルシャマはアルシャマでした。

「『願い』は無いね」

 アルシャマははっきりした声で、そう言いました。老人は驚いたようでした。とてもとても驚いたようでした。アルシャマを上から下までじっくり眺め、何か奇妙なものに出会ったように目をくるくると回しました。老人は実のところ、それまで真の冒険者というものを見たことが無かったのです。


 アルシャマは昼が来る前に、黙々とテントを張りました。もう水と食料は無いのです。ここが死に場所だと思うと、いっそせいせいした気持ちでした。全ての準備を整えると、アルシャマは老人に言いました。

 水と食料のうち、食料は無くてもなんとかなること。とにかく水が必要であること。雨が降ることに期待するしかないこと。旅人の神アルセスにはもう祈ったこと。あとは雨を待つだけだということを。

「もし待っても雨が降らなかったら?」

 老人は心配そうに尋ねました。

「そのときは、死ぬことになる」

 アルシャマは事も無げに言いました。胸を張って、威風堂々とした態度で言いました。老人は知りませんでしたが、アルシャマはいつでもそういうふうに生きていたのです。後ろを返り見たり、うじうじ悩んだりはしないのです。今では忘れ去られて久しいのですが、それが本当の冒険者というものの姿なのでした。


 待つこと三日目。ぽつ。一滴の滴がテントを叩きました。ぽつぽつ。すぐにそれは、雨音に変わりました。雨です。砂漠にめったにないことながら、ざあざあと雨が降りました。アルシャマは布を大きく広げ、高低差を利用して水を水筒に集めました。水筒がいっぱいになってから、アルシャマは空を仰ぎ、天の恵みを舌で直接味わいました。アルシャマは笑いました。まるで子供のように笑うと、老人に微笑みかけました。

「いま『願い』を一つ思いついた」

 うまいこと雨が降った記念に、友達になろう。それは願いと言うには、あまりに簡単なことのようでした。老人は、アルシャマという男にいよいよ興味を持ちました。そしてだんだんと、アルシャマの計画を理解し始めました。この男は、自分の正体を、おおよそ見抜いているのではあるまいか。この仮の姿の向こうに、老いた哀れな怪物の姿を見出しているのではあるまいか。そのような、あらぬ不安が噴き出してきたのでした。

「もしわしが誰だか知っても、友人になりたいと願うのかね?」

「ああ。あんたがたとえ誰であっても。何であっても。誓って」


 老人はついに諦めました。杖を振り、全ての秘密を明かしました。ざあざあと砂が渦巻いて、ありうべからぬオブジェが完成されようとしていました。その姿は、砂でできた、滑稽なほどに巨大な竜でした。

 老人は紀竜デザーネンスでした。それは竜の中の竜。【紀】の神秘と共にある、最も古ぶるしく、神々に近しき幻獣でした。

「わしは『願い』を叶えると言った。いまや願いは叶えられた。冒険者アルシャマよ。友アルシャマよ。神話の世界にようこそ」

「……そうか。あの塔は、砂に埋まったあんたのしっぽだったのか」

 アルシャマは笑って言いました。紀竜デザーネンスも、つられて笑いました。それは老人が友をヌアンダーラの戦いで失って以来の、数百年ぶりの笑い顔でした。


 そうして、アルシャマとデザーネンスは友となり、その後、互いに互いを助け合うようになったのです。彼らの活躍は、また別の機会にでも……。

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