46. クーデター失敗
ラヤロップがトレドマドに向かったのは、偶然ではなかった。
マキコ地方に向かえば、ハルシャニアが居る。コキューネーも、おそらく、居るだろう。
三人の魔女。それは立ち会うだけで、空間すら歪曲させ、第一法則を破綻させるほどの力を生み出す。
その力は、この地底世界マレタを滅ぼしかねない。平和な世界を。あとかたもなく。
ラヤロップはそれを避けた。愛おしく思う気持ち。噛み潰した感情と正反対の感情が、苦味として残った。
荷馬車に揺られ、交易都市トレドマドに向かう途中。ラヤロップは一人、歌った。
紡がれた歌はハルシャニアへの手紙。くそったれのコキューネーへの嫌味。拍手が聴こえて、ラヤロップは正気に戻った。
「聴くな!たいした歌じゃねえ!」
しかしそれはたいした歌だった。
セロ弾きのゴーシュのようにアンコールされて、ラヤロップは「インドのトラガリがつがつむしゃむしゃトライアル獣」を歌った。
それもまた、たいした歌だった。
ざざざ……ハルシャニアを中心に、海が波打つ。寄せては返すハルシャニアの海。
かつてハルシャニアであり、ヨーウィロだった水。純粋なるH2Oたち。
ナナータ王女が駆るダーククラゲリオンの敗北は、即、クーデターの失敗であった。
オニクラゲたちは敗北を認めて散り、ハルシャニアたちは、ついにナナータ王を解放せしめたのである。
「ああ、私の危険植物たちに水をやらなくては」
開口一番、危険植物の安否を気遣うナナータ王。
「そうだ……娘は無事か」
無事ではなかった。全身はこぶだらけです。LCLとか無いからね。ああ無情ああああ無情ああ無情。
「ハルシャニア君とやら、うちの娘が迷惑をかけたそうで、謝らせてもらうよ」
ハルシャニアは戸惑った。特に迷惑ではなかったし、どちらかといえば「楽しかった」のだ。
海になり、雨になり、元に戻り、隣には姉がいる。何が問題なのか。問題など最初から無かったのではないか。
コキューネーもまた、答えに詰まった妹を見て、笑っていた。
その後、
コキューネーは、トジコ=マレタの猫たちに会いにいくことになった。
ハルシャニアは再びマキコ地方の水を飲み始めていたが、誰にも止められないので放置された。
まあ、飲み過ぎればハルシャニアを砕いて、雨に混ぜて、海を元に戻すだけである。
それはいまのところコキューネーだけにしかできない芸等だが、やらないと海が消える。努力するしかない。
さて、アルシャマとカリュカはどうなったか。
のちの劇場王ローエン=エングリンの率いる劇団の馬車に、ちゃっかり加わっていた。
さすがのラヤロップも、地底で出会う地上人には懐かしさがあり、処遇も寛大である。
かくして、キュトスの欠片は再び離れた。アルセスは舌打ちをした。