43. コロッセオ その4
アルシャマは牢の外にいた。
床には泡を吹いてイクサムが倒れていた。
まあなんというか、アルシャマに隙を見せると誰でもこうなるという図であった。
そのあとすぐ、骨の鍵を使い牢を抜け、アルシャマを探しに来たカリュカと合流する。
「無事だったか」「まあな」
目指すは監獄の外。
トリカ監獄のめぼしい階段を登り進むと、アルシャマとカリュカが知らずとも――そこはコロッセオの真下だった。
アルシャマ「さあて、どうするかな……武器もなし、道具もなし」
カリュカ「イクサムの地図によればこの真上がコロッセオらしいけど……」
そこで、アルシャマは頭のターバンから秘蔵の巻物を取り出す。
「祝福された階段生成の巻物」
レア中のレアな巻物である。これさえあれば他の巻物全部に匹敵する。ダンジョン攻略も一気に楽になる。
カリュカも噂には聞いていたが、実物を見るのは初めてであった。
「これで『上』に向けて階段を作れる」
「でも、上で戦闘をやってたら?」
「……まあ、なるようになるさ。武器は骨の剣くらいしか無いけどな」
「贅沢いうな!」
へらへらと笑いながら、アルシャマは魔女戦争への介入を決意した。
巻物が読まれると、たちまち魔法の階段が造られた。駆け上るアルシャマとカリュカ。その先には――
やれやれ。ツツミコの王はため息をついた。
エンメントリカとエンペントリカ二人掛かりでようやく五分と五分か。
地上の魔女ってのは、みんなこんなに無敵なのか?
「キュトスの姉妹」
ツツミコの王の隣でカリュカが呟く。
「それは紀神キュトスの欠片。不死身の魔女の一人。幸運の簒奪者、ラヤロップ」
アルシャマが補う。
「双方動くな!!」
王の首には骨の剣が突き付けられ、アルシャマとカリュカの存在は唐突に場に割り込む。
「魔女戦争は終わりだよ、エンメントリカ。僕が死ぬと君も彼女も困るだろう」
そう言って、ツツミコ王は出国許可証にサインした。
突然の、宴の仕舞い。
このときアルシャマは双方から恨みを買うことになるが、それはまた別の話。
出国予定時刻を大幅に過ぎてるんだ、いらないものは置いていくように、とローエンは言った。
これから劇団マレナカッタは水運のマキコ地方に向かう。出国許可証があったとしても、その道は甚だ険しいものだ。
アルシャマたちはその点、サバイバル術に長けている。ローエンと交渉して、劇団マレナカッタの一員に加わった。
ラヤロップは魔女戦争を勝手に終わらせたことでアルシャマを恨んでいたが、出国許可証にサインさせたのはアルシャマたちの手柄だったので、複雑な心境だった。
しかし今日に限って言えば、名も無き山賊が襲ってきたことで、ラヤロップは少しだけご機嫌だった。
山賊の幸運は根こそぎ奪い取られ、山賊は不運の連鎖によって転落死した。
これがラヤロップ流の一日一善である。
ツツミコの尖塔の先、魔女たちは再び集っていた。
下界は活気に満ち、まるで先日のショーなど忘れてしまったかのようだ。
「災厄は去ったわ」「災厄は去ったわね」
円卓に座った魔女たちは呟く。
「私を造ったのは……エンメントリカ。貴様なのか?」
トワレの問いは尤もな話。自分が普通の魔女だったとは、未だに信じられぬことなれば。
「そうだよ。私が造ったのさ。魔女狩り用にね」
フランケンシュタイン・コンプレックスなど知ったことかとエンメントリカは答える。
今ここが血の海にならぬのは、ただトワレに理性が残っているだけのこと。
「場所に寄生する宿り木。正体を見破るだけでなく、魂を叩いて起こしちまうとは、ね」
言外に地上の魔女を称えるかのように、しかしその歯は堅く噛み合わされて。
悔しさ。三人掛かりでも勝てなかった、地上の魔女ラヤロップ。
アルシャマが双方動くなと言ったとき――これで死なずにすむ――などと。まるで負けてしまった後のような思考に傾きかけた。
屈辱をバネに、ツツミコの魔女たちは再び己の道を、魔術を学び直す。
「まるで勝てる気がしない」という事実は、ひとまず横に置いて。次こそは、と。