42. コロッセオ その3
爆炎に視界を遮られたラヤロップは、防戦一方だった。
強弱入り乱れた、アクセントのある炸撃と爆撃は、正確にラヤロップを狙う。攻撃はドレスの魔力を貫き、ラヤロップを傷つける。
しかし。
ラヤロップは拾った魔剣エクシェリオンの扱いに急速に慣れつつあった。
今はまだ、剣は攻撃のためのそれではなく、防御のために使われている。
魔剣エクシェリオン。悪魔が宿るその剣は、使い手の魔力と引き換えに力場を形成する。
力場で攻撃を蹴散らし、反撃のチャンスを作り出す。ラヤロップは低く駆ける。
「そんな壁で私の剣撃を防げると思うか!!」
煙と壁ごと、魔剣は切り裂く。
エンメントリカの帽子が裂ける。
「エクシェリオン。貪れ」
切っ先を突きつけられたエンメントリカの呟き。その瞬間、エクシェリオンは変質する。
「ツッ!」
ラヤロップの腕は、虚無の黒に飲み込まれる。痛みではない。捕食の虚無。
「忘れたのかい。それは私の剣だよ」
切り裂かれたエンペントリカの壁は再生し、再び二人の魔女を包み込む。
その姿は城塞のごとく。
「さあ、心の臓まで貪れ、悪魔エクシェリオン」
だが。ラヤロップはキュトスの姉妹だった。キュトスの姉妹が、いち使い魔などに負けることがあろうか。
ラヤロップは自ら、その右腕を肩先から喰い千切る。大量出血など口の血糊などお構いなしに。
その姿は、少女の姿をした鬼神。
悪魔はなすすべもなく腕ごと地面に落ち、ラヤロップの血で書かれた魔法陣に落ちる。
「悪魔一匹と引き換えに、誰か一人喚んでみようかね♪」
常人なら貧血で倒れるような状況で、ラヤロップはまだ語尾に楽しさを残す余裕があった。
さあてここに喚びいずりましたるは――盗賊ウィーニ。再生者ウィーニ。悪魔殺しのウィーニ。
召喚。それは「理屈では」ただの影法師。少女の一睡の夢を借りるだけ。
人生の僅かな断片、その映し鏡なるもの。
しかし今ここで戦う者としては人間ひとりが突如現れたのと変わりなく――。
えものはシミター2本。期限は魔女の首をはねるまで。
エクシェリオンを真っ二つに割り裂いて、ウィーニは生まれ命令を待つ。
ぱしゅん。ぱしゅんぱしゅんぱしゅん。
ウィーニのシミターの連撃が、エンペントリカの障壁を次々と打ち破る。
アンチエンチャント、魔法殺しのシミター。それは彼のウォレス・ザ・ウィルレスの作品。
ただのヒトが悪魔と渡り合うための白銀の武具。
「対悪魔のヒト」を喚んだラヤロップさえ、自分の右腕の再生までの時間稼ぎと思っていた。
しかし、これは思わぬ幸運。あるいはエンメントリカ側の不運か。
「そのまま障壁を払え! 道ができ次第、私があのちびを焼き尽くしてやる!」
ラヤロップの視線の先、エンメントリカとエンペントリカは形勢の不利を感じ取っていた。
トワレさんはコロッセオに向かう途中で倒れた。高まる意識に、長い眠りに痩せ細った体がついていかなかったのだ。
朦朧とする意識で悪態をつくトワレさんを、瞳に涙を溜めて嗚咽するトワレさんを、エリアは介抱する。
エリアは次に成すべきことを悟っていた。
常勝不敗のトワレさんに、「敗北」を受け入れさせること。
それは難しい試練だった。
「壁とあのシミターじゃ相性が悪すぎるわね。おまけに回避性能もあるし」
「それなら面で攻撃するよ!『エダ・タトーナス・スエクァ!(死の匂いがする角度)』」
地面から伸びる無数の黒い蔦がウィーニを包む。
いかな無敵のシミターとて、本体が蔦に縛り殺されては無傷とはいかない。
それでもおよそ半分を刈り取った。しかし、そのあとに退路は――あった。
ウィーニはラヤロップの生えたばかりの右手に引かれ、死のテリトリから脱出する。
「ありがとう」「どういたしまして」
本来、召喚にあるはずのない召喚者と被召喚者の意思交流。
ラヤロップはひとひら舞い落ちる木の葉のような朧気な存在に対して、少し心を許したようだった。
「右腕は治った!さあ仕切り直しだよ!」