41. コロッセオ その2
ちびの魔女エンメントリカの服は、赤くあかく。ありていに言えば血の色をしていた。
彼女が戦場にコロッセオを選んだ理由は、その戦いが街を破壊しないようにするため。
そして、満員の観客の中、誰がツツミコの主かを分からせるためでもあった。
エンペントリカは物理障壁を展開、維持してサポートに回っていた。その横で、エンメントリカは小箱を開ける。
使い魔のヘビ、トカゲ、カエルが放たれた。それら全てが人ほどの背丈があり、燃えている。
ゆえに学名は、ホムラヘビ、ホムラトカゲ、ホムラカエル。
「さあおまえたち、餌の時間だよ」
ラヤロップの氷のような視線とは対照的に、エンメントリカの言葉に全観客が沸いた。
三匹の使い魔は、ラヤロップが間合いに近づくことを許さない。
ツツミコ最強のエンメントリカらしくもないが、相手が意味不明に強い地上の魔女ならば間接戦闘もやむなし。
ラヤロップは印を組む。
氷の魔術を使うのかと思うは初心者というもの。
「炎ってのはこういうのを言うんだよ、おチビさん」
ズズズズズ……
呼び出したのはトケルヒガの「腕」。銀の地に在るはずの炎の精霊。
それは燃やす火ではなく、溶かす焔。同じ火とはいえ、ただではすまない反則焔の腕と指。
掴まるまいと逃げ出すヘビをつかみ取り、とろりとろり、溶かす。
「まるでチートだね」
エンメントリカは呟いた。
トカゲとカエルは箱の中に逃げ戻り、ラヤロップはトケルヒガを収める。
ラヤロップとて、流石に、地上の精霊をマレタに召還しっぱなしにすることはできない。汗が流れる。
再び2対1。いやエンペントリカの手助けが最後まで無いと仮定すれば、1対1か。
ラヤロップの爆撃。エンメントリカは爆風を傾斜障壁で軽くいなし、反撃の刀を放り投げる。
「刻め!エクシェリオン!」無数に分裂した刀は、全方位からラヤロップを襲った。
エリアを叩き起こしたのは、相部屋の包帯点滴少女トワレであった。
「私はコロッセオに【居】たはずだ!一体何が起きた!」
トワレとて魔女である。エリアの肩を揺さぶりながら、事実はゆっくりと咀嚼され、理解されてくる。
自分は夢の中から現実への攻撃を行う特異体質だったという事実が。
戦うまでもなく起こされたということが。二度目の敗北の屈辱が。
「殺す。ラヤロップを殺す」
エリアにコロッセオの位置を方角を問い合わせ、トワレは「自分の足」でコロッセオへと向かった。
それは、あまりに遅く。あまりに辛い道のり。それでもトワレは矜持に駆り立てられた。
ラヤロップを倒さなければならない。一度倒すと決めたときには、そいつは既に死んでいなければならないのだから。
「殺せましたか?」「いや、まだだ」
全方位から襲っても、まだ、地上の魔女は死なない。
エンペントリカの魔眼は、再び一本に戻った剣に、血の痕が無いのを観て取った。
ラヤロップはどこに消えたのか。
「悪人に幸運は要らない」
チイダ。それは銀の地の砂の精霊王。地中から声が響き、一瞬回避が遅れた。
エンメントリカは地中から現れたラヤロップのアッパーカットをまともに喰らった。
それは、幸運を削り取られたということ。
追撃を阻む壁。青いのっぽの壁の魔女エンペントリカが作り出した無数の障壁が、エンメントリカを追撃から守る。
弾かれたラヤロップは再び間合いを取り直す。踏みつけられた魔刀エクシェリオン。ラヤロップはそれを拾う。
「悪人に幸運は要らない、か。笑えるポリシーだ。壁掛けにでもしとこうか」
「そもそも、私たちのどのへんが悪人なのかしらね」
「こうして国王陛下を筆頭として、市民たちにエンターテイメントを提供してやってるというのに、なッ!」
爆発。場は煙に覆われ、何も見えなくなる。だがエンペントリカの魔眼は、ラヤロップの位置を見通せる。しばらく一方的な攻撃が続く。
空から鳥の糞が、エンメントリカの眼をめがけて降ってきた。無論、それらはエンペントリカの障壁に遮られるが。
幸運を削られた分、余計に慎重にやらねば勝利は無い。それは分かりきったことだった。