3. トジコの猫
ところで、お金以外のモノを拾ったことがない生粋の暗殺者、もとい、最低限の常識力の持ち主であると自負している自称一般人のカリュカは、非一般人アルシャマの装備品がものすごい勢いで増えてゆくのがまったく理解できないでいた。
いつのまにか棒切れは木刀に加工されており、布切れは帽子とマントになっていた。木の枝は既にパチンコになり、脅威の命中率を誇る武器になっている。そしてアルシャマは今もまた、歩きながら何かを造っているようだった。なんだこの歩く合成工房男は。
「よし、2個目の帽子とマント完成。ほらよ」
カリュカは教団が誇る最高の暗殺者であったから、生まれて初めて他人から装備をプレゼントされたとか、なんかよくわからんがすげえ嬉しいとか、アルシャマが突然いい奴に見えてきたとか、決してちっともそんなことはなかった。ぜんぜん全く一切絶対にそんなことはなかった。
「そうだ木の実の髪飾りもやるよ」
ぜんっぜんっ!そんなことは!!ないんだからな!!!12
「将軍殿!」「イクスバル将軍殿!」「何だ騒々しい!!」
突然の部下の報告に、将軍はヒゲをビリビリさせながら怒鳴った。
「それが……地上人2名が地下牢から逃亡しました!」
「な、なんだとお!? 二人とも素手だったはずだぞ!」「で、ですが現に」
(対応が甘かったか? 地上人には我らが知らぬ魔術を使う者がいるというが……)
耳をピンと立て、しっぽを上下に振りながら、将軍は自身の認識の甘さを痛感していた。
あの人間たちは地上人。ここ、トジコの人間たちとは違うのだ……。
将軍は己の失敗を即座に認め、素早く思考を巡らせる。
「この件についての処罰は後回しだ……まだ遠くには行っていまい! 探せ! 再度牢屋にぶちこみ、今度は逃げぬように昼夜を問わず見張るのだ!」
的確な指示を受け、武装した猫たちは散ってゆく。将軍はその様子を満足そうに眺めやった。
トジコ=マレタの地では、少数の猫が人間たちを支配している。その姿は【猫】の中では小柄なほうであり、神秘的な力の多くも失われていたが、それでもなお、猫の大きさは小屋ほどもあり、全ての面で人より優れていた。
将軍は椅子の中に威風堂々と体を丸め、青い目を炎のように煌々と輝かせて、次の一手を考える。あの牢屋の通路は確か、ゲトゥ山に続いていたはずだ。だとすれば奴らの向かう先は……ふん、見つかるのは時間の問題だな。
猫の将軍イクスバルは、やはりトジコ=マレタが誇る最も優秀な将軍であった。
マレタには、山や岩がちな地形が多いトジコ国、地底湖が多く海運が発達したマキコ国、魔法的に不安定な場所が多いツツミコ国がある。各国とも、自国領の全てを管理しているわけではなく、諸侯が管理する自治領や、未調査の土地も多い。
三国の中央に位置する城塞都市トレドマドは、それらを結ぶ主要交易路であったものが、自治のために城塞化していった都市である。巨大な都市ではないものの、人の往来は多く、マレタで最も栄えている場所の一つに数えられている。
【トジコに伝わる昔話】
むかしむかし、ねこはもっとおおきく、つよいものでした。
あるとき、ちいさなねこがいいました。
わるいかみさまがいるせいで、わたしたちはあんしんしてひるねを
することができません。どうか、わるいかみさまをたおしてください。
おおきく、つよく、そしてやさしかったねこは、ちいさなねこたちの
ねがいをかなえてあげることにしました。
おおくのおおきなねこが、せんそうにくわわりました。きんいろの
はねのはえたねこもいました。ひとにらみでかみさまをもやすねこも
いました。まほうをきりさく、するどいつめをもつねこもいました。
せんそうでは、おおくのおおきなねこがわるいかみさまとたたかい、
いのちをおとしました。あるいは、たたかいできずつき、どこかで
いまもきずをいやしているのかもしれません。
トジコのねこは、そのときのちいさなねこのこどもです。だから
トジコのねこは、おおきく、つよく、やさしくなるようにといわれて
そだつのです。