25. インクジゲーム その3
翌日。ローブの女は、終始混乱し、怯えていた。
だが演技かもしれない。昨日、悪魔はあれほど勝ち誇り、誰かに移動すると公言していたのだ。このローブの女にまだ居座っていないとは言い切れない。
小屋の男は、「念のため」にローブの女を攻撃したほうがいいと言う。
宿の女は、集中攻撃することに不満なようだった。今どこに悪魔がいるのかが分からなければ、次どこに移動するかは予想がつかない。
少女はローブの女の豹変をみたせいか、怯えているようだった。
犬は喋らなかった。あるいは、犬が喋るのは信頼の証なのかもしれない。
カリュカは少女の頭を撫でると、ローブの女を睨みつけた。
「あんたは、もう悪魔じゃないかもしれない。でもアルシャマを攻撃したのはやっぱり『あんた』だと、思う」
ローブの女は恐怖に震え、何か言おうとして慌てるばかりで、反論は出てこない。
カリュカは、ローブの女を攻撃するつもりは全くなかった。
ただローブの女にダメージが集まれば、自分が生き延びる可能性は高くなる。
小屋の男の狙いもおそらく、それ。しかし前日の推理でローブの女が悪魔でないと
結論した以上、カリュカは独自に悪魔を見つけてそこを攻撃したかった。
結局、悪魔に攻撃が当たれば全ては正当化されるのだ。
小屋の男、宿の女、少女、そして昨日のように信頼はできない、犬。
証拠らしい証拠は、一切ない。しかし、攻撃しないという選択肢は、論外。
「時間だね」宿の女が呟くと、どこかでまた、鐘が鳴った。
絶叫が、響いた。
【犬】は自分で攻撃対象を選べない。
そのかわり、誰かを指定し、その人物の攻撃先に追撃を重ねることができる。
心が読めるがゆえにできる芸当。それゆえ、犬は危険である。
悪魔はちらりと犬の方を見た。まずはインクジ候補、【犬】の排除。
どがん。悪魔から2点のダメージを与えられ、犬は倒れた。
だがしかし――犬が倒れる前に指定した相手は、もちろんカリュカ。それが「信頼する」ということ。悪魔が最も恐れていたこと。
カリュカの振る舞いを見て、インクジの証〔ライセンス〕がカリュカに移動していないと悪魔は誤解していた。そのカリュカが指定したのは――
どどん。カリュカのぶんと、犬のぶん。
「なぜ……分かったの……?」大の字に倒れた少女が言った。
「勘だよ。『一番殺りたくない』相手だったから――
たぶんそこに憑依するだろうと――思った」
「嘘をつくな」
少女から煙のように悪魔が立ち上ぼる。カリュカの周りに渦巻く。
実体化した悪魔はカリュカの瞳をじかに覗き込む。こんなことをされれば常人なら発狂しているはずだが、悪魔は紳士的に、知りたいことだけを探った。
「『大抵の者は少女を攻撃することに躊躇する』
『俺が悪魔なら絶対に少女に憑依する』
『悪魔は俺が暗殺者だと知らないから』……か。なるほどな」
「……ローブの女と犬は倒れたが、俺のHPは1だ。もう勝ち目は無い……投了する」
悪魔の煙はぴしっと割れて、ガラスのようにばらばらと崩れ落ち、破片はぶるぶる震え、集まってナマコ状の物体に変化すると、しゅうしゅうと音を立てて溶け、地面に染み込んでいった。
「普通に帰れよ」カリュカは毒づいた。
まわりでは、意識を取り戻した者たちが点ける明かりで、村全体が照らし出されていた。