23. インクジゲーム その1
【異端審問官〔インクジ〕】
地底に近いというより、むしろ地底とイコールであるマレタでは、悪魔の召還が非常に容易である(※1)。しかしあまり呼び出してばかりいるとマレタが悪魔だらけになってしまうため、国家を超えた対悪魔機関として【インク】があり、その実行部隊として異端審問官【インクジ】(※2)が存在している。
インクジは、悪魔的雰囲気の漂う建物を破壊することが許されている。時間をかけて証拠集めをする必要は無い。
インクジになりたい場合、最寄りの大きな酒場の求人広告を見て応募すればよい。翌日にはライセンスが送られてきて、あなたは晴れてインクジとなる。
そして、もしあなたが悪魔と連戦しても一度も死なないという非常に奇妙な体質に生まれ付いており、なおかつ冤罪で被害を被った人々の追跡すらかわせるだけの脚力をも備えているのであれば、しばらくの間インクジであり続けるという芸当も不可能では無いだろう。
※1 召還される前からうっかり迷い込んでくる低級悪魔も多い。これらはいくつかの道具の重要な部品である。
※2 インクジの由来は、インクで呪文書の字を塗り潰すから、らしい。
どうしてこうなってしまったのだろう。カリュカは天井を眺め、疲労で回らない頭で考える。
自分の選択は間違っていたのか。アルシャマの忠告をちゃんと聞かなかったからか。
あるいはこの村に入ったこと自体が――大間違いだったのか。
一つだけ。はっきりしていることがある。
この村には、インクジと悪魔がいる。
「警告を見なかったのか!この村はいま悪魔払いの儀式の最中なんだぞ!」
小さな村に入った瞬間にかけられた言葉は、アルシャマにもカリュカにも理解不能だった。
長いロープを着た女は、尋問するような口調で訊いてきた。
「まさかインクジゲームのルールも知らないとは言わないだろうな……」
「知らない」「知らん」
「素人二人か……最悪だ……」
女は嫌々、説明を始める。
憑依を繰り返すやっかいな悪魔。悪魔を狩るインクジ。悪魔が出ていけない結界。
いま、一柱の悪魔が、この村にいるということ。
ゆえにこの村にいる者は、真夜中に悪魔に乗り移られ、次の一日、悪魔となる。元悪魔は正気に戻るまで丸1日動けない。
昼間に悩み、夕方に怪しい奴を攻撃する。悪魔を倒すには、この儀式が必要なのだという。
話が終わるころには日が落ちようとしていた。
真夜中には、この村の誰かが、悪魔に変わる。アルシャマとカリュカも、その例外ではなかった。
薄暗い広場で、アルシャマはカリュカに囁いた。何かがおかしい、と。
ローブの女が教えてくれたルールによれば、村人のHPは3点。弾劾の時間に、村人は1点、悪魔は2点を他人に任意で与えられる。
アルシャマ、カリュカを除けば、ローブの女、小屋の男、宿の女、少女、犬。4人と1匹。
だが……このルールでは村人に不利すぎやしないか? インクジに勝算があるというなら、俺たちがまだ知らない追加のルールがあるはずじゃないか?
カリュカが返事をしようか迷っているうち、ローブの女が強く言った。
「さあ、弾劾の時間だ。それぞれが思う対象に、ダメージが与えられる」
どこかで鐘が鳴った。
アルシャマの1点に、ローブの女は苦痛に顔を歪める。口元は耳まで裂け、目は赤く燃え立つ。
しかし、それと同時に。
小屋の男の1点と、ローブの女の2点で、アルシャマは地面に崩れ落ちた。
「一時は……どうなることかと思ったぜえ~」
悪魔は既にローブの女を離れていた。闇の中に溶け込み、村人に向かって言い放つ。
「インクジのフリなんて普通はやらねえからよぉ。そっちの男のほうには見抜かれちまった……だが乗り切った! さあ村人、今夜もせいぜい悩むことだな!」
カリュカは呆然としていた。
もっとも、今のこの場で咄嗟に悪魔を斬りつけたとしても、何の意味もなかったのだが。