19. そこに居る魔女 トワレ
【そこに居る魔女、トワレ】
ちびの魔女、エンメントリカは椅子に座って考えている。
最近、街を裏で仕切っている「組織」の末端が、何者かに荒らされているのだ。
しかも、完全に再起不能にさせられて。
誰にやられたのかも喋れないなど、普通ならありえない。
机の上に浮かぶ光球。ありえないもの。その答えは大抵、魔法である。
「トワレ! 居るんだろ? どうせ暇ならこの件を調査してきとくれ。おおかたルーキー(新入り魔女)絡みだろうが、今回はとりあえず見てくるだけでいい」
「……あらあら、まったく、魔女使いの荒い魔女様ですこと」
部屋の中に、ボウッと浮かび上がる存在感。目に見えずともそこに現れる『存在』。
否。トワレは呼ばれるまでもなく、元からずっと居るのだ。
存在するかしないかなど、息を吸うか吐くかの違い程度のこと。
「殺さなくてもいいんだね?」「ああ」
答えを聞くと同時に、部屋の中からフッと存在感が掻き消える。
エンメントリカは、またいつもの問いかけをする。
果たして、殺し方がわからない魔女は、死なないのと同じなのだろうか、と。
トワレは歩くこと、走ること、飛ぶことができない。
そのかわり、トワレはある場所に「居る」ことができる。
まるで最初から居たかのように。あるいは事実、最初から居たのか。
「まったく面倒くさい話だよねぇ」とトワレはぶつくさ言う。
「ほんとのところ、私は道を歩いている奴はどうやったって見つけられないんだ。道はあんまり『場所』じゃないからね」
独り言は音素へと分解され、聞く者はいない。トワレはいま、「跳んで」いるからだ。
トワレにとって、全ての場所は隣り合っている。
だから街の中のあらゆる場所に、瞬きするたびに、現れては消えて。
トワレがラヤロップの魔力の残滓を見つけ出すのは、時間の問題だった。
【港町フエル】
ミモザも当然、爆発には気づいていた。
「ば、爆発!?……あっちの方角って……まさかハルシャニアっ!」
「あ、おい」
呼び止める男を無視して、ミモザは広場のほうへと、弾かれたように走り出す。
あたしが目を離しさえしなければ――そんな後悔を振り払って、濃い霧の中へ突っ込む。
そこでミモザが見たものは、倒れたハルシャニアと、赤い謎のクラゲだった。
「そ、そこのクラゲ!!ハルシャニアに何してるんだいっ!!」
「何って……火傷を治してるんだよ」
確かに、クラゲの手の先は不思議な優しい光を放っている。
「え? 治し……?」
「まだ生きてるし、あとで説明する。一言でいうと、まあ、不幸な事故だ。ところであと30秒くらいで保安官が押し寄せてくるわけだが、いい隠れ家を知らないか? このままだとこいつも俺も捕まっちまうぜ」
「じゃ……じゃあウチに来ればいいさ!」
水蒸気爆発の深い霧にまぎれて、ミモザたちは広場から離れる。その様子を、ミモザを追いかけてきた一人の男が見ていた。
「くーらーげーいーやーーー!!」
半球状のミモザハウスで覚醒した直後、ミモザの向こうにいたクラゲに気づいたハルシャニアは首を左右に振りながら叫んでいた。
ただのクラゲでさえアウトなのに、魔法で攻撃しても死なない不死身のクラゲとか怖すぎる。しかもこのクラゲ、さりげなく喋ってなかった? なんで? どうして?
ミモザがよしよし、と背中をさすると、ハルシャニアはようやく落ち着きを取り戻す。
「な、なんであの赤いクラゲがいるの!? っていうかこの半球状の空間はミモザの家なの?? 私は何でここにいるの??」
「それは俺から説明しよう」
ちゃぷちゃぷと音を立てて、風呂桶から偉そうに身を乗り出した赤いクラゲが、ハルシャニアの顔が引きつるのを無視して話し始める。
俺の名は「クラゲンジャー=レッド」。
マキコ地方じゃ俺を知らない奴はいない伝説の喋るヒカリクラゲ。
そして水際戦隊クラゲンジャーの現リーダーだ。
今回は長老の命令で地上の魔女、あー、ハルシャニアに会いに来たんだが、出会い頭にいきなり呪文を打たれて、俺は咄嗟に《霧変化》しちまった。
相手の呪文の威力の全てを水に流すこの呪文は、ハルシャニアの唱えた《蒸気の槍》とは最高に相性が悪かったらしくてな。
《霧変化》で生まれた水が沸騰して蒸気になって《蒸気の槍》の威力を増すという無限連鎖が起きて、それで広場の蒸気圧が上がりすぎて爆発しちまったわけだ。
まあ、なんにせよ、初対面でうっかり殺害ってことにならずに済んでよかったぜ。
触手を組んでうんうん、と頷くクラゲンジャー=レッドは、とりあえずミモザとハルシャニア(バット使用)にボコられました。
なぜだー、とか、ふかこうりょくだー、とか、か細い悲鳴を上げていたようですがハルシャニアは女の子だから悪くない=クラゲが悪い、という無敵論理ネンス。