16. 勝負の結末
「なんなら、そっちの面子を守れるように話を進めてもいいんだぜ。つまり、勝負するという意味で、だが」
その言葉を聞いて、猫のヒゲがぴくりと動く。ただの馬鹿と話しているかと思ったら、どうやら猫が理解できる話もできるようだ。笑いがこみ上げるのを必死でおさえて言う。
「勝負、だと?」
赤い絨毯の上で、アルシャマはすらりと剣を抜き、構える。
「そうとも。勝負だ。だが知恵比べや謎かけじゃあないね。俺の爪を賭けた、正真正銘の勝負だ」
「この剣は俺が鍛えたものだ。だからこれが俺の爪ってわけだ。折れたら負け。折れなければ勝ち。どうだ簡単だろう?」
アルシャマの話を聞きながら、猫の思考は既に戦闘モードに切り替わっている。
剣を見れば全身の毛が波打つのだ。それはトジコの猫であるゆえに。
(毒か? だが、爪での一撃ならば毒は通さん。ただの考えなしか? 俺の爪をみくびっていやがるのか? それとも……)
「ん? もしかして毒塗ってあるとか思ってる? あっれー。俺信用ないなー。けっこう信用を得るべく雰囲気に合わせる努力をしたような気がするんだけどなー」
もはやアルシャマは完全に地に戻り、いつもの人を舐めきったタメ口以下の口調であった。そして、ダメ押し。
「ほら、やれよ。 猫なんだろ?」
アルシャマの不遜な命令に、猫の爪が剣を切り裂いた。
うつぶせに倒れたアルシャマに、猫が声をかける。
「そんな針金で、俺様の爪に勝てると思ったのか……馬鹿め」
答えは無い。
「言っておくが死んだフリをしても無駄だぞ。俺様の鼻は飾りじゃあないからな」
瞳を開き、むくりと起きあがるアルシャマ。顔面蒼白になりながらも、にやにや笑いはやめない。
あたかも恐怖で顔に張り付いているかのごとく。事実、半分はそのとおりであったのだが。
「どうやら……生きているな。あんたがちゃんとルールを守って、剣のほうを攻撃してくれたから」
「ふん。つまり、俺の勝ちということだ」 猫は誇らしげに言った。
「いいや、俺の勝ちだね」 アルシャマはきっぱり言い返した。
「何を馬鹿なことを……その針金は俺様がいま完全にへし……!?」
「あっれー? 俺にはぜんっぜん折れてないように見えるんだがなー?」
高々と掲げられる剣先には、一つの欠けもなく。鈍く輝くのみ。
アルシャマの手には完全に無事な剣が握られていた。
攻撃でふっとんだフリをして、マントで隠しつつ、折れた剣先を拾ってくっつける。
いやー魔法ってべんりですねホント何でもアリですね~
……んなわきゃーない。
ぶっつけ本番、1回きりのペテン勝負である。無論、一度折れてしまうのは大前提。
問題はどっちに飛ぶかを事前に予測して、なるべく不自然にならないように
自分も同じ方向に吹っ飛ぶことができるか否か、という意味での――まあ、それに要するスキルがどれほどのものであれ――どう考えても卑怯極まりない、のであるが。
アルシャマが言う勝負とは、つまり最初からそういう意味であるからして。
立ちあがる前にだいたい1秒の余裕があったから、これは俺の完全勝利と言っても問題ないな……。とかアルシャマは思っているわけで。
「じゃ、俺の勝ちってことで。猫の面子にかけて、冒険してもいいってことだよな」
痛恨の、痛恨の表情の猫将軍。この馬鹿に、してやられたということは、他の誰よりも自分が一番よくわかっている。一体何が起きたかも。
猫に生半可な幻覚は効かない。自分の爪の破壊の感触は、決して幻ではない。
にも関わらず――剣は完全に元通りに――くっついている。ならば、それが答え。
まさにそのままのことが起きたのだ。それ以外にどんな説明があるというのか。
しかしタネが分かったところで。全てに劣るはずの人間相手に卑怯だペテンだと
いまさら罵ったところで。猫の面子を潰すだけ――か。
「ああ……どこにでも行って冒険とやらをするがいい……こっちの手間が増えん程度にな」
「そうこなくっちゃ。いやあやっぱりあんたは話のわかる猫だ!」
こうして、アルシャマは冒険の許可を手に入れた。イクスバルの声よりも歯ぎしりの音のほうが大きかったのは、たぶんおそらくきっと気のせいであった。
「じゃあ話の分かる猫と会えたことを祝って、一つとっておきの情報をやるよ」
「情報?」
「マレタ(地底)に、『地上の魔女』が来てるはずだ。少なくとも一人はこの目でじかに見たから、間違いない」
猫将軍は頭痛が痛くなってきた。実はさっきからずっと痛かったのだが、今度はもっとだった。
この痛みと比較すれば、あの針金みたいな剣でチクチク刺されていたほうがマシだったかもしれない。
「ほら、宴会で話しただろ? 死なない魔女の話。地上じゃだいぶ有名な話なんだけど、たぶん知ってるのと知らないのじゃ今後、大違いだと思うんだよ。特に、あんたみたいな立場だと……こういう情報大事だろ?」
アルシャマは気の利く男である。特に悪いニュースを迅速に担当者の耳元にお届けすることにかけては右に出るものはいなかった。
「感謝する。……感謝するから、とっとと立ち去れ」
部下への負けた言い訳とか、魔女の話の切り出し方とか、今後のことを思うともう頭痛がひどすぎて、イクスバル将軍はその一言をひねり出すだけで精一杯であった。
イクスバルが顔を上げると、ふと、剣が目にとまった。
あの男はもう居ない。置き忘れていったのか。その程度の剣だったのか。
猫はその剣を摘み上げ、折れるかどうか試そうとして、やめた。
何か深い意味があってのことかもしれないと思ったのが、半分。
部下に言い訳するために使えるかもしれないと思ったのが、もう半分の理由だった。