15. 将軍イクスバル
がらんとした大広間に、猫と人間、一匹と一人。
猫の目線が高いのはしょうがない。椅子に座らず、四足で立ったところで、その顔は
家の屋根ほどの位置にあるのだから。
周囲の真っ赤な絨毯や黄金の飾り物、天井の壁画など、無駄に豪華な装飾は、猫の趣味ではない。
だが経緯はどうあれ、今や一匹と一人を見守るのは、それらのきらびやかな装飾品だけだった。
「さて、こっからは腹を割って話そうか。俺たちに仲間がいるというのは全部嘘だ。あーでも物語は俺が地上で聞いて集めたホントの話だよ。それは保証する。で、だ。これが本題なんだが……俺は冒険したいんだから冒険させろ。言いたいことはそれだけだ」
と、アルシャマは言った。原文ママ。ついでに、「あんたくらいは話の通じる猫だろ?」とも。
なんか今までの流れとかぶちこわしですよ。なんか口調まで100%変わってるし。
歴戦の猫将軍も、これにはちょっと参りました。呆れてしばらく放置してみると、
「ぼうけんーぼうけんさせろーぼうけんー」
アルシャマは一人ハンガーストライキの様相を呈し始める。
猫の将軍イクスバルは自問する。「これ」は本当に俺の担当なのか?
何かもっと俺にふさわしい仕事と、こいつにふさわしい別の誰かがいるんじゃないのか?
疑問形で現実逃避してみるが、何かが変わるはずもなく。次第に猫将軍の頭痛が痛くなりはじめる。
少し、整理しよう。こいつは馬鹿だ。しかもひどく性質の悪い馬鹿だ。
何を見ても怯えず、悪びれず、ただ、俺は冒険したいんだから冒険させろとトートロジー的に反論不能の命題を言い張り続ける。
そして冒険し、冒険し、また別の国の将軍の前とかに堂々と出向いて「俺は冒険したいんだから冒険させろ」と言い張るのか?
今までずっと、そうやって、生きてきたというのか?
それを言うためだけにここに来ただと?
全ての猫兵どもを束ねる俺様の前に?
悪いジョークだ。そう思う。それがジョークだと理解できてしまう自分が恨めしい。
俺様の頭がもう少しだけ悪かったら、感情に任せてちょっと前足を高速で動かしさえすれば、話は簡単に終わっていただろうに。
「お前……馬鹿だろう」
泣きたいのとぶん殴りたいのをこらえて、とりあえずストレートにぶつけてみる。
「ああ、よく言われる。だがもし俺が馬鹿じゃなかったら、ここまで来れたと思うか?」
「……無理だな。それは請け合おう。絶対に不可能だ」
即答。部下の能力の把握くらいはできている。単なる侵入者として来るならば、
こちらは一切の容赦無く。ただ敵として。迅速に排除するというだけだ。
「なら、やっぱり俺の行動が一番『正しかった』んじゃねーか。な? だろ?」
どこまでも……どこまでも馬鹿だ。底抜けに阿呆だ。
「既に過去形なのはなぜだ? 俺様の気まぐれでお前の首から上、または首から下、あるいはその両方がペースト状になって壁の染みになる可能性は、きっぱりと無視されているのか?」
「たとえそうなったとしても、しょーがねーだろ。あんたがいま太鼓判を押した通りに、『他に方法は無かった』んだからよ。まー、あんたの面子とかそういう繊細なものは別かもしれないけどな」
面子……面子か。
この男のせいで忘れていたが、確かそんなものも世の中にはあった気がする。
世の中の大部分はそいつで回っていると固く信じていた頃もあった。頃っていうか、確か昨日くらいまではそう信じていた気がするんだが……トートロジーを根拠にして生きている男の現物を見たあとでは、いまいち自信が無かった。