10. 猫払い
トジコの城を造ったのは人間である。
普通の猫は、雨風さえしのげて日当たりがよいなら、それで満足する。
猫は建築工学など知ったことではない。だから、城造りを人間にほぼ丸投げしたのである。
さて、人間は欲深く、とにかく他人との差をつけたがる生き物であったので、トジコの城は他の国よりも何倍も煌びやかに見えるように作られることになった。
それは、まあ、いい。とイクスバル将軍は思う。
猫にできないことを人がやったといのは人の面子を立てることだし。
多少カネがかかったとしても、この国の税が還元され民が潤うのなら、それは良いことだ。だが――これは、どうにかならんものか。
眩しい。どっちを見ても眩しい。布でも被せようか。
いやしかしせっかく造ってもらったんだし――
猫にとって一番の頭痛の種は、マレタで最も価値があるとされている金属の一つ――黄金――が、角度によってキラキラ光り、目に痛いという点である。
まばゆいばかりの王宮の中。アルシャマと猫たちは共に酒を飲んでいた。
猫の数はざっと二十匹。真ん中にいる、ひときわ大きいのが将軍であろう。
カリュカはGO TO 牢屋だというのに、アルシャマは遠慮もせずに飲んで食って語りまくる。
アルシャマが語る地上の様子は生々しい。神々を相手どって戦った伝説の人間の話、永遠に滅びることの無い魔女たちの話、そして特に、紀の力に目覚めた猫の話、最も強い力を持つ紀竜の一柱とひなたぼっこの場所をめぐって争った伝説の猫の話は、何度も繰り返し語るようにせがまれた。
だが……唐突に全員の顔色が変わる。
神々の話、すなわち、”大地を丸めた”神々の話へと差し掛かったからである。
汗を流す者、浮き足立つ者、天井を見上げる者、呪いの言葉を吐く者、聞き漏らすまいとする者、強い威嚇を始める者……。
アルシャマは全員を見渡して、語りを止めた。
「はて? どうかなされましたか?」
「アルシャマとやら。考えたな」 将軍が低くうなる。
「お前の舌は嘘をよく語る。そのことが分からぬほどうつけの俺様ではない。だが、ことに、その嘘だけは。『地底創造』だけは語るも聞くもならぬものだ。そうと知って、貴様――ここで話し始めたな?」
アルシャマはにこにこと――にやにやと笑っている。
「しかし、だ。お前の仲間とやらが他の国に同じ話をしているというなら、少なくとも俺様は聞いておかねばならん。その上で、お前たち二人を ど う す る か。 決めることになるだろう」
「あるいは……そうまでして俺様と二人きりになりたいのか? 小僧、その懐に忍ばせたちっぽけな針金で、まさか俺様を討つつもりかよ!!?」
最後のほうはほとんど吼え声だった。
柱はびりびりと震え、広間の空気が一気に氷点下まで冷える。多かれ少なかれイクスバル将軍の怒りを身に受けたことのある猫兵たちは、恐怖に凍りついた。
そして、広間にはしばらくの沈黙が……というセオリーを完全に無視して。
アルシャマはついと前に進み出て、
「それでは将軍殿、猫払いをお願いできますかな?」
抜け抜けと言い放った。