9. トジコの猫 その2
あらすじ:地底にやって来たアルシャマとカリュカは約3日間の逃亡生活を楽しんだ。
そのあとアルシャマとカリュカは地上での無意味な確執を忘れて地底に留まり死ぬまで平和に暮らしましためでたしめでたし的なハートフルハッピーエンド展開が許されるはずもなく……。
二人を待っていたのは厳しい猫と現実であった。
逃亡4日目の朝にして、アルシャマたちは猫兵に発見された。
なにしろ猫であるから、鼻は利くし、夜目も利く。一兵の体躯は小屋か家ほどもあり、それが四匹でアルシャマの四方を固めているのである。もはやいじめに近い。
「逃走劇もそこまでだ、地上人よ。我らの足からは到底逃げ切れぬ。もう一人は既に捕まえたぞ。お前もおとなしく捕まることだな!」
山中に、猫兵の声が響いた。
「ふむ……貴殿の所属はどこか?」
唐突にアルシャマの口調が変わった。よく通る、威風堂々とした声であった。
「ぬ? トジコ=マレタ国 第壱近衛大隊 第弐歩兵小隊である」
「トジコ=マレタ国とは地底最強の国か?」
「そうとも! ……だが遠方にはマキコ国とツツミコ国という野蛮な国も、あるにはあるがな」
「では聞くが、貴殿は我々のような地上人が他国に丁重に迎えられ、地上の技術を伝えておるということは知っているかな。それでもなお、我々にかような無作法を働くか?」
「な……なんだと!?」
「簡単なことだ。地上人は地底の混乱を望んでいるのだよ。我々はそのために遣わされたのだ。だが我々とて命は惜しい。檻に入れられ、明日にも殺されると思えば逃げ出すのが道理であろう」
アルシャマは真剣な表情で大法螺を吹く。日常的に命を賭けて冒険しているアルシャマは、いまさらちょっとくらい賭けのレートを引き上げても気にしない。10倍100倍は当たり前。
だいたい「地上人が来た」ということ自体が嘘っぽいんだ。それに比べれば、どんな嘘でも真実っぽく聞こえるってもんさ。アルシャマはポーカーフェイスの裏でケケケと笑う。
「う、うそつきめ!もう一人が言っていたこととぜんぜん話が違うぞ!」
「ああ、それはそうだろう。迷い込んだことにして入り込めという命令だからな。あの者は……カリュカは何も知らないかわいそうな子なのだ」
猫に包囲されておきながら、さりげなく伏線を回収しておくだけの余裕がある
アルシャマであった。
「……将軍殿が直々に、詳しく話を聞きたいそうだ。来い!」
「それはそれは……願ってもないことですな」
こうしてアルシャマは再び捕まった。唯一の違いは、自ら捕まったこと、嘘をついたこと、口調が変ちくりんなこと、そして、将軍との面会のチャンスを得たことであった。
「も、もしかして俺のせいで、俺のために捕まったのか!?」
猫が持ち運ぶ鳥かご状の檻の中で話を聞いていたカリュカは、とりあえず思ったことを口に出してみた。すると、頭の上に天使と悪魔が出てきて、悪魔が「ナイナイ。絶対アリエナイ」と首を振った。傍らの天使も「うんうん。それはないよねー」とあいずちをうっている。
この種の現象は地底に限らずどこでも起こるものだが、天使と悪魔の意見が完全に一致することは珍しい。
アルシャマは、猫とゴタゴタするのが面倒なのでいっそのこと冒険の大義名分を貰いにこっちから出向いてやるか、くらいのノリなのだろう。
だがもしかすると、ついでのついでくらいには俺のことも考えてくれて……?
「「いや、それは無い」」by天使&悪魔
なんだか騒がしいな、と鳥かご檻の中を覗き込んだ運の悪い猫兵の目は、ちょうどカリュカが繰り出した八つ当たりパンチの軌道上にあった。痛い。いくら猫でも、痛い。
だから、のちにカリュカが少しばかり悪い待遇を受けたのは、まあ、自業自得である。