第三話
先程の戦いから十数分、またパトカー車内。先程と同じように豪坂が運転し、八裂、雪歩が後部座席に。
先程と違うのは少女が真ん中に座っている点である。相変わらず少女は放心状態だ。間宮はそれを見てこの子は元々こうなのだろうかと思ってしまう。
外はかなり日が暮れてきて、そろそろ夜になろうとしている。
ふと雪歩は疑問に思い、それを口にする。
「あの~これどこに向かっているのでしょうか?」
雪歩はこの近くの警察署に立ち寄るのではと思っていた。八裂さんのことだから近くの警察署を利用することができるだろうと。しかし蝕魔との戦闘があったとしてもかれこれ1,2時間は走っている。そろそろついていてもおかしくないだろう。
「あ~それがちょっとな、さっきのことが原因で予定変更した。」
豪坂が申し訳なさそうに答える。
「まあ、そっちは低ランクだからちょっと権力使わしてもらうわ。緊急事態なんでな。」
「・・・どちらに向かってるんですか?」
「第零区。つまり"総司令部"だ。」
「だ、第零区・・・」
第八地域は0~29区に分けられてランク9の人間30人に管理されている。地域よりも小さい区域に分け、各区で管理したほうが管理しやすいという理由からだ。そして第1~29区は、居住区や産業区などそれぞれの役割を持った区域になる。(余談だが居住区はランクによっては住めないことがある。高級住宅街なのだが、低ランクと住みたくないという高ランクの傲慢から生まれた権利の一つである。)
しかし第0区、通称第零区は例外である。第八地域の中心である第1区の中にあるにもかかわらず、"一つの建物"で一つの地区とされている。唯一八裂の直轄をで、全ての地区を管轄する。また絶対的な権利があり、どの地区も逆らうことはできない、まさに"総司令部"の名を持つにふさわしい地区である。
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「到着だ。」
豪坂がそう三人伝える。周りは目が眩むようなビルの摩天楼、は第1区の周りであり、第1区は住宅街で高いビルを建てるのは禁止されている。その中心に禁止されているはずの巨大な建物、つまり第零区はある。
「さて、いくか・・・ああ、またあいつにどやされる・・・」
豪坂がそうつぶやいた。
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どうやら第零区はそんなに施設はいらないらしく、八裂曰く、もしもの時のために一般市民を地下に避難させられるように地下に広がっている程度で、あとは市民館のようなものだとのことだ。なぜそんなものに対してここまで大きくしてあるのか疑問なものだが、乗っていたエレベーターが止まり扉が開くと、忙しなく動く人々、怒声や業務的な連絡の会話が波のように目の前を襲う。
「不正アクセス、止まりません。SDDL攻撃多数!」
「そんなことわかってるよ!防御レートを20引き上げろ!逆ハックも忘れるな!」
「第25区にて蝕魔の反応有!ただちに討伐向かわせます!」
「ええい!はぐれか!ランク6以上に向かわせろ!」
「南東方面の壁近くに十数体の蝕魔確認だそうです。どうしますか?」
「監視を続けさせてください。いざとなったら討伐指令出すように!」
「「了解!」」
まるで映画やアニメの世界だ。巨大なモニターがいくつも並びたくさんの人が画面を見たりインカムなどで会話している。
またこちらに来る人は、
「あ、お帰りなさい朱林ちゃん。なにかあったの?」
「朱林さんじゃないですか!また今度新型カタナの試験運用手伝ってくださいよ!」
「あら~朱林ちゃんその女の子は誰~?もしかしてカ・ノ・ジョ?」
「豪坂さんお疲れ様です!」
「豪坂~またふりまわされてるのか~?」
などという他愛もない話をかけてきたり、
「今度の議題、第20区の税についての話がありますよ。」
「最近ランク2カタナの数が足りないそうですがどうしますか?」
「あの、新興団体についてお話が・・・またあとでお願いします。」
などという会話も飛んでくる。
そしてそこよりも後方が高くなっており、一人の女性が彼女に発言した人に指示をしている。
その女性がこちらに気付き、近づいてくる。
「お帰りなさい。朱林殿。」
ビシッと敬礼を決め、八裂に挨拶をする。
その女性は整った制服、しかし蝕魔討伐隊ではなく、また別の制服である(雪歩には分からなかった)。
さらに6本のカタナを差している。
スタイルはとてもよく、雪歩よりも胸は小さいが、、うっかりモデルと間違えても問題がない姿をしている。顔もロシア系のような顔をしており美しい銀髪を切りそろえてベレー帽をかぶっている。
しかし雪歩は少々恐怖を覚えた。何故ならその顔は、正に鉄の女と言えるような、全く笑顔のない顔で鋭い目つきをしていたからだ。睨み付けただけで老若男女問わずすくみ上らせることができそうなその眼で、こちらを見ていたからだ。
そして何より雪歩はこの女性を知っていた。
ランク9は十刀の次のランクであるため非常に人数が少なく、この第八地域は30人(全国的には多いほうだが)しかいない。そしてその30人は通称『三十士官』と言われており、それぞれがあてがわれた地区を担当する。
その一つ、"第零区"主任にしてランク9、詰まる所『三十士官』の頂点であり、この第八区ナンバー2の実力の保持者。
陰神 陽子。若くしてランク9に上りつめ、八裂時代からナンバー2に抜擢されるまでの間、討伐隊で圧倒的な実力者として名を知られていた。
また、人も蝕魔も古今東西、神羅万象、一切合切、有象無象を容赦なく、何一つ表情を変えず、"処罰"するその姿、また彼女のカタナの名前から、『氷園の鬼士官』などと呼ばれている。この第八区を仕切る者達の"畏怖"を体現する女性である。
「ここに帰ってこられたご用件は?」
八裂を目の前にしても何一つ表情を変えず陰神は問う。
「ん~。京子ちゃん、ちょっとこの後重要な話がしたくてね。まあそんな固くならないでよね。」
「ではお言葉に甘えたいところ・・・ですが、そこの方は?」
とこちらを見てくる。怖い。
「僕の"眷属"だよー。今日見つけたんだ。」
八裂がそういうと途端に陰神が震えだす。目を見開き、動揺している。
「な、け、眷属ですか・・・?」
「そうだよ」
途端、陰神がその場に崩れ落ちる。
「ど、どうしたんですか!?」
思わず雪歩は近づいて支えてしまった。
「あ、あなたって人は・・・」
震えがさらに激しくなる。
「ようやく!ようやく"眷属"をとることを決めたのですねー!!!」
嬉し涙を流しながら、陰神は喜びの声を上げた。
それに雪歩は拍子抜けした。
「あなたに仕えて数年!私は眷属のような扱いを受けて振り回され、振り回され!!ようやく他の人に押し付けて!!!でもあなたが正式な眷属をとらないから、周りの野心を抱いた連中の対処を懸命に!懸命にやってきた!!!!ついにそれが報われるのですね!」
そしてこちらを向いてくる
「君!名前は!」
喜びの声なのに威圧が入っていて怖気づいてしまう。
「ま、間宮雪歩です。」
「ランクは!」
「ラ、ランク4です。」
その瞬間、陰神はガクッと項垂れる。そして震えだす。しかしさっきの震えとは違う。
「あ~な~た~は~!」
「いい加減制度を覚えてください!」
それはどう見ても怒りだった。
「眷属は!ランク6以上の者しか眷属にできないんです!」
「そうだっけ?」
「ああ!もう!期待した私が愚かでした!」
そしてこちらを見る。
「雪歩君!災難だったな!もう帰っていいぞ!」
「え、ええ~・・・」雪歩はあまりの凄さに何も言えない。
「ヤダね。返さない。」
八裂が言う。陰神がため息をつく。
「またそんな自分勝手な。そういうわけだそうだすまんな。雪歩君」
いや、謝る問題なのか、と雪歩は思った。
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少し冷静さを取り戻したのか、スッと立ち上がる。
「では、今からその話とやらを行いに行きましょうか。」
しかし八裂がそれを引き留める。
「その前に、この子をどうにかしてくれないかな?」
「どちらですか?見当たりませんが。」
あれ、八裂がこちらを見る。そうだあの少女がいない。さっき手を放してしまった。
雪歩が辺りを見回すと、その子は壁に寄りかかってうずくまっている。
近づいてみると、どうやら疲れて寝てしまったようだ。
雪歩は抱きかかえて、陰神の前に連れてくる。すると陰神は顔を険しくした。豪坂は相変わらずその子を見るたび悲痛な顔をする。雪歩もいい気分ではない。
神崎が小さく口を開く。
「ランク1か・・・・」
『JCBFランク』。現在日本を支配するそれは、大きく分ければ3つに分けられる。
一つはランク5~10。これは蝕魔に対しての正規隊員であり、蝕魔と戦う事を条件に、いろいろな特権がある。現在は蝕魔との衝突が少ないため、特権階級じみた状態にある。
もう一つはランク4~2。ここは非正規隊員。つまり一般人であり、例外を除き戦う事はほぼない。ゆえに偶然なのか必然なのか、金銭の裕福でランクが決まる。
雪歩のランクであるランク4は、一般的な稼ぎのある人である。ランク3、2は貧しい家庭が多い。
そして"ランク1"これこそこのランク制の闇。
ランク1認定をされると、まず人として扱われない。戸籍も登録されず、補助もなく、防衛対象にもならない。人であって人として扱われない。挙句の果てに低ランク層からも差別を受け、殺されることもある。それがランク1なのである。
雪歩が口を開く。
「この子をどうするべきでしょうか?」
そしてこのぼろ雑巾のような少女を一同が見るなか、陰神は言う。
「ランク1となると私でも難しいところです。」
陰神が続ける。
「なにせ戸籍が無い。親に捨てられたとみるのが妥当ですが、保護者もいないでしょう。介抱してあげてもそれ以上することがない。そのまままた道に放っておくことしか・・・」
「そ、そんな・・・・」
そこにいる皆暗い顔をする。いや、一人を除いてだろうか。
八裂はニヤッと笑い。口を開く。
「いやー。そうじゃなくってさー"新しく"戸籍登録してほしいのさ。」
無表情で陰神は返す。
「何を言い出すかと思えば。」
「今日の僕は気分がとってもいい。だから僕が保護してあげるのさ。」
雪歩は難しい顔をし、反論する。
「いや、保護者になるってことですよね?そんなことはできないんじゃないんですか?全国的に禁止されている行為では・・・」
そうランク1は保護することを禁止している。これは地域ではなく国として禁止されている。
何か理解したかのように陰神が少し笑みを浮かべ呟く。
「"例外昇格認定権"ですね。」
「何ですかそれは!」
雪歩は思わず驚いて大きな声を出してしまう。そんなもの聞いたことがない。
「そう、僕ならその子のランクを強制的に引き上げることができる。"ランク10"にのみ許された行為だね。これはランク0でさえあげることができる。いわゆる法の抜け道さ。申請がめんどいからほとんど使わないけどねー。」
と、八裂は言う。雪歩は考える。もし、もしそうなら・・・
「俺も初耳だ・・・そんなものがあるならランク1を全部引き上げればいいじゃないか。」
そうだ、極論全部引き上げてしまえばそのような差別がなくなる。負の温床をなくすことができる。
「それはできない。」
八裂はきっぱりと言う。豪坂が険しい顔をし、何かを言おうとした。がそれよりも早く陰神が反応する。
「"例外昇格認定権"はランク4以下の人間には原則年間5名以下に限定されている。それ以外は正規の方法で申請し、認可されなければならない。」
雪歩はそれに不快感を覚えた。
「何でですか。それじゃあまるで一般人には使わせたくないのが見え見えじゃないですか!」
八裂がそれに答える。しかしそれは非情の言葉だった。
「そうだよ。昔の『十刀』が、君達は無能で、邪魔で、資源価値もなくて、ぶっちゃけ下等階級を見下したい。そう考えていた時代の法なんだもの、そうそううまくさせるはずがないだろう?そして今現在も思っている人間が高ランクには多いのさ。正直僕も弱い人間をめんどくさい作業で救いたいなんて、これっぽっちも思ってないよ。」
その発言に雪歩は何とも言えない怒りを覚えた。どうやら豪坂も同じのようで険しい表情をしている。
だがそんな様子に臆することなく八裂が付け加える。
「ちなみにランク1から2に上がる条件は10万の納税だよ。まあこれさえ払えないのが現状なんだけどね。改善するならここだろう。それにこれは国という枠組みで決まっていることだ。僕といえど変えれない物さ。」
その言葉に雪歩は完璧にとは言えないが納得することにした。きついことを言っているが変えたいという気持ちはあるように思えたのだ。いや、そう信じたかっただけなのかもしれないが、今はともかくこの子をどうするかだ。
「この子はどうしますか?眠っていますが衰弱しています。ずっとこのままというのもひどいじゃないですか。」
雪歩の言葉に陰神は答える。
「それもそうだな。とりあえず診療室で検査しながら回復するのを待つとしよう。」
八裂のほうを向き、
「話は変わりますが、まさか今回の相談とやら、"あの女"もその件で来ているのですか?」
「勿論~。」
陰神が無表情で少し舌打ちする。そして視線を別の方向に変える。
雪歩もそちらのほうに向く。しかし誰かがいる様子はない。
「ひどいにゃ~ん。私を"あの女"呼ばわりするなんて~。」
その八裂の緩い声よりもさらにゆる~い、甘ったるい声のするほうを雪歩は見る。
それはなんと陰神のほうからしたのだ。そしてその女性は陰神に後ろからのしかかるように抱き付いている。
「離れろっ!暑苦しい!!」
陰神が声を荒げる。
「あ~ん。ひどぅ~いぃ~。私と陽子ちゃんの仲じゃな~い。」
その女性はゆるい笑顔でしゃべる。
「貴様とそんな関係持った覚えはないわ!」
傍目見て全く性格の違う、犬猿の仲と言ってもいいほど(嫌っているのは片方だが)のその二人を見ながら、雪歩はその女性が誰かを思い出した。またこの人も有名だ。
逆咲 まくら。第一地区を統括する『三十士官』。この人も八裂によって三十士官に配属されたらしい。美人で穏やかだと世間では有名で、たまにモデル雑誌に載ることもあるらしい。だが年齢不詳、素性不詳と言った感じで、色々不明な点が多く、都市伝説も八裂とは違った点で多い。蝕魔が出現した時にはすでにいたとか、若い女性を捕まえては生気を吸い取り若さを保ってるだとか、人間を超えた域の噂である。
実力に関してはやはり第1地区を任されるだけありナンバー3であるらしい。
だが見てみてわかるのは、明らかにトラブルを作って、それで慌てふためかせるのを楽しむタイプ人だということだ・・・・なんだが身近にこんなのがいたような…。
そんなことを考えてると、逆咲と目が合った。こっちに微笑みかける。プルンとした唇。少し赤みがかった頬、トロンとした目、ふっくらとした体つきにだぶだぶのピンク色のセーター、そしてふわりとした金髪ロング。なるほど、陰神とは違ったタイプの美人だ。恥ずかしくて目をそらしてまう。
「で、こいつをどうして今回の話題に?」
陰神はどうやら引きはがすのを諦めたようで、八裂に問いかけた。
雪歩もそちらの方に耳を傾けた。そうだ、よくよく考えれば不思議なことだ。第八地域のトップ3人が集まるということは並大抵のことではない。一体どれほどの規模の話になるのか。
「じゃあここだと少々説明しにくいし、会議室に行こうか。陽子ちゃん、まくらちゃんを引っ張ってきてね~。」
「嫌ですよ!ええい離れろ!貴様!」
しかし後ろに乗っているのは逆咲ではなく。大きな人形・・・いや、あれは・・・
「う、うわああああ!」
陰神が驚きの声を上げる。
藁人形だ。デカい。一体どんな恨みがあったらあんなもの作るんだと思わせる。巨大な藁人形である。
「なにこの子かわいい~。」
雪歩の真後ろから声がする。振り向く前に抱き付かれた。胸が背中に当たる。女子である雪歩ですら驚いて顔が赤くなってしまうぐらいデカい。
「わ~い黒髪~ロング仲間~いい匂い~。」
「貴様ァ!そこから離れんか!雪歩君、気を付けろ!そいつに気に入られるとロクなことがないぞ!」
「もう気に入った~。面白そうな子~これは私の眷属にしようかな~。」
「いや、僕の眷属だ。」
「ん~。残念~。」
「いや、眷属になると決まったわけじゃ・・・・」
そんなワイワイとやってるのを豪坂は変わらないな。と苦笑いするのであった。
そして雪歩に忠告する。
「その女はテコでも離れんからな。がんばれよ。」
と言って、その後
「陰神ちゃん。実はさー。」
「なんだ豪坂。」
「車壊れちゃったから、修理費用請求したいんだが・・・」
「知るか!そんなもん"署長"の担当だろう!」
「だよね~。(困ったな~)」
そんなことを言いながら一同は会議室に向かうのであった。