第十四話
森内部に入ってく二人。
「八裂さーん。どこまで行くんですか~。」
ビクビクしながら朱林の肩に掴まり付いていく雪歩。しかし無理もない。
ここは『蝕魔の森』と呼ばれている森だ。さまざまな蝕魔が多数生息する土地。現在第八地域を囲うように生い茂っている森の一端である。二人はその森をどんどんと入っていくのだ
「雪歩。何かおかしいと思わないかい?」
突然朱林が立ち止まり、そう問いかける。
「何を突然言い出すんですか?」
いや、困る。もっと具体的に言って欲しいものだ。
私は具体的じゃない質問は苦手だ。返答のみならず応用を利かせる物事はあまり好きじゃない。(カタナ鍛冶は別だが)
「いやなに少し気になった事を言って欲しいんだ。なぁに大したことじゃないよ?」
八裂がいじらしく指を口に当てる。まるで『静かに』と言っているかのような。
それを見て思わず雪歩は声を小さくする。
「そうですね・・・。あ!」
そうか、なんとなく分かった。
「蝕魔いませんね。さっきから。」
そうだ、この森に入ってからかれこれ10分、全くと言っていいほど蝕魔がいない。
『白き浜』は蝕魔が少ないことから、新兵の育成に最適であるとされている場所であった。それでも軽く見回せば、数匹を確認できるぐらいには居た。
しかし、この森にはその浜より蝕魔が少ない。いや、全く会わないのだ。
「実はね、プラントハウンドは元々この森が生息地だ。白き浜に出ることはない。」
「それはつまり、住処を追われたってことですか?」
「そうだよ。まさにその通り。」
朱林が回答に満足したように笑みを浮かべる。
「これが問題を生んでいてね。最近壁の近くに低級蝕魔が湧くことが多くなっている。そのたびに倒せてるんだけど・・・。いい加減うるさい連中が湧いてきてね。『さっさと原因を解明しろ』ってさ。今回壁外に出たのはこれが理由だよ。」
「そうだったんですか・・・。」
そこでふと疑問に思う。
この人はなぜ私を連れてきたのか!!!!
「いいじゃん。面白いから。」
「しゅ~り~ん~さ~ん~!」
「あっひゃっひゃっひゃ。まあ落ち着け落ち着け。大体原因の見当はついてるから。」
そう言って、朱林は森の奥を見る。
「ほ~れ、おいでなすった。」
森の奥からバキバキと音をならし何か大きなモノが迫っている。
雪歩もはっとそれに気づき、奥を見る。
そして、ソレは姿を現した。
その獣は全長3メートルはあるかという黒い筋骨隆々の巨体に、背中にたてがみ、頑強な手足、人の胴体ほどの大きさはあろうかという拳を持った蝕魔だった。そして何より牛のような頭に堂々と生えている二本の歪曲した角!
その鼻からは荒々しい鼻息をして、真っ赤な瞳の無い眼でこちらを睨んでいる。
そう、それはとても有名な蝕魔の一匹である。
蝕魔ランクB、ミノタウロス。
牛頭鬼などと呼ばれることもある中型の蝕魔でその戦闘能力と巨体相応の破壊力を持つ蝕魔である。
特定の生息地を持たないことから様々な地域で確認されることがある。
昔、外界遠征がより行われていた時代からその姿は確認されており、個で生息しているにもかかわらず、その戦闘能力に特化している体によって、これまで多数の犠牲者を出した。
通称『神話級の入り口』とまで言われ、高ランカーの正規隊員や実力を上げてきた隊員を殺害するたことから、ランクBカテゴリのなかでも上位の存在とされている。
「グオオオオオオオオ!!!!!!」
ミノタウロスはこちらに咆哮をこちらに飛ばしてきた!
その咆哮を聞いた雪歩は目を見開き、体を震えさせながらその場にへたり込む。
(さ、さっきのハウンドプラントとは大違いだ・・・。咆哮を聞いただけで心が震える・・・!怖い!)
そう、それは雪歩が明確に感じ取った恐怖。自分よりも圧倒的な存在に対しての絶対的な畏怖。
話で聞くだけでは決して感じることのないこの恐怖に、雪歩は『百聞は一見に如かず』ということわざを思い出す!
これが・・・これが蝕魔!これがランクB!!これが人類を滅ぼすためにいる存在!!!
雪歩はその瞬間、死そのものを感じたような気がした。
「あ、ああ・・・。」
言葉すら出せない雪歩に対して、ポンっと肩に手が置かれる。そうすると、雪歩は何だかその恐怖が薄れていくのを直に感じた。
気持ち悪いほどの安堵。そして先ほどは目も離すことができなかったミノタウロスから視線を横に移すと、そこには八裂朱林が立っていた。
「まあ落ち着け落ち着け。僕に任せとけって。」
そう朱林が宥める。そして、ミノタウロスの方へ悠然と歩き出し、ドラクルリッパーを肩に構える。
「さて雪歩君!特別講義の時間だ!!」
戦闘開始!
八裂朱林vsミノタウロス!
「まず、戦闘の基本から考えていこう。」
そう言いながら、朱林は雪歩の方を向きながら後ろに下がっていく。その先には当然ミノタウロス!とてつもなく危険な行為だ!
その姿はまるでミノタウロスなど気にも掛けていない様である。
ミノタウロスは始めは様子を見たものの、まるでその様子を自分への侮辱と分かったかのように、
「グオオオオオオオオ!!!!!!」
と怒りの声を上げる。そして、朱林の方に走り出す。徐々にスピードを上げながらの突進だ!
その距離約20メートルほど、段々とその距離は縮まっていく。
しかし!朱林の近くになると突如拳を合わせたかと思うと、その腕を大きく振り上げる!
そしてダッシュしながらその拳を振り下ろす!どこまでも原始的、しかしその巨大な体から創られるパワーは、くらってもいないのに雪歩にすら分かる。それは人間なぞ一瞬でプレスされる振り下ろしだと!
朱林は後ろを向いている。完全に見えていないはずだ!
「まず戦闘の基本その一。」
そう言いながら、朱林はひょいと左に少し跳びそれを回避する。まるで歩道で急いでいるサラリーマンを避けるかのような軽い行動だ。ミノタウロスはそのままの勢いで朱林の前にでる。
「戦いはスピードが命だ。パワー何ぞ二の次だ。パワーがあっても当たらなければ"意味はない。"」
そう、八裂はその圧倒的なスピードで回避をしたのだ!雪歩も読者のみなも知っているだろう、朱林のスピードがいかに速いかを!!朱林にとってこの程度の攻撃は朝飯前だったのだ!
ミノタウロスが体を反転させてブレーキをかける。それはまるでアスリートのようなきれいなブレーキだ。ミノタウロスの戦闘能力故の可能な駆動か。その時発生した砂埃が雪歩にかかる。
しかしミノタウロスは雪歩に全く目もくれない。そこで雪歩は思いだす。
ミノタウロスが特定の生息地を持たないのは、その強い『偏食』によるものだと言われている。
ミノタウロスは強い者、純粋に戦闘能力の高い生物のみを食べる習性があるのだ。
つまり、ミノタウロスは雪歩を"弱い者"と定め、朱林を"強い者"と定めたということだ。少し雪歩の自尊心が気付つけられたような気もするが、雪歩はそのようなことは思わない。むしろ助かったと感じた。
ミノタウロスが走り出し、朱林に近づいていく!しかし今度は叩きつけではなく、大きく振り切るパンチだ!しかしそれも大振りである。朱林はいとも容易く回避する。
だがミノタウロスも戦闘能力は高い。続けてラッシュ、いや手のひらを開いている。朱林を捕まえて抑え込む魂胆のようだ。朱林はまるでダンスでも踊っているかのように飄々《ひょうひょう》と回避する。
「原始的で野性的。全く、知性のかけらもないね。」
「よっと。」
朱林がミノタウロスの懐に入り込み、腹部に蹴りを食らわす!その小柄な体格からは考えられぬほどの威力があり、すさまじいスピードでミノタウロスは後方に吹き飛び木々を倒しながら倒れる。圧倒的ではないか!
「な?当たらなければ怖くなんてないだろ?」
朱林はお道化て手をヒラヒラさせながら雪歩の方に向かって歩き出す。
「朱林さん!上!」
雪歩は思わず叫ぶ。そう、ミノタウロスはまだ倒れていなかったのだ!なんという耐久力!
しかし、朱林はその場から一瞬にして消える!叩きつけがが地面を抉り揺らす。
「さて、戦闘の基本その二。」
その声がする方を雪歩は見る。なんと朱林はミノタウロスの肩に乗っているではないか!
そしてミノタウロスのすぐ足元に落ちると、
「ハッハァ!!」
笑いながら、ミノタウロスの左足を膝からドラクルリッパーで斬り飛ばす!
「グガアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
ミノタウロスがその場に崩れ落ちる。しかし落ちる前に右足も吹き飛ばす!
「足を狙え!手を狙え!四肢を吹き飛ばせ!相手を徹底的に無力化しろ!!」
ミノタウロスが体を支えようと手をつく。しかしその両腕も肩から先が吹き飛ぶ。
その姿はまるで形の悪い石像のようだ。ミノタウロスがいよいよ支えを失ってうつ伏せに崩れ落ちる。
しかし、倒れたその首にはしっかりと大鎌が置いてあり、首に刺さる!
「ガボアアア!!」
ミノタウロスが口から血を吐き出す。その倒れた背中にはあの八裂朱林がミノタウロスの頭に足を掛けて乗っている。
「戦闘の基本その三。」
朱林がこの上なく恍惚の笑みを浮かべながら言う。
「とどめを刺すなら首を斬り飛ばせ。体を縦に真っ二つでも可。」
「以上、講義終わり!」
その声と同時に朱林は大鎌を勢いよく引いた―――――――。
戦闘終了。八裂朱林の勝利――――。
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二人は白き浜に戻ってきた。
周りはあの獣がいなくなったおかげか少ない。すでに数匹しか残っていない。
(あのミノタウロスを倒しただけでここまで違うの?)
雪歩は驚く。あのミノタウロスがここまで多大な影響を与えていたとは。存在していたときに来たのが初めてだったからこの静かさはなんというか・・・落ち着く。
そう、蝕魔のいない砂浜は、一切の不純物も含まずその白き輝きを美しい海との相乗効果でより一層輝かしくしている。
ここは以前、蝕魔が現れる前はこんなに綺麗でなく、汚れ、ごみが溜まる酷い砂浜だったそうだ。しかし人間が来れなくなって以降、ここの浄化が進みこのような美しい砂浜になったとか。砂を踏めばキュッキュッと心地よい音がする。砂浜がきれいな証拠だ。ここが外界じゃないなら、ぜひともゆっくりしたいものだ。
「さて、最後の仕上げをしよう。」
唐突に朱林がそう告げる。
「仕上げとは何ですか?」
まだ続きがあることに焦燥を感じながら雪歩が恐る恐る聞く。
「雪歩君、あそこにいる蝕魔を倒すんだ。」
朱林がそう指を指す。その先にはハウンドプラント・・・!
「え、でも無理ですよ!私には・・・」
雪歩はそう萎縮する。
「なあに、大丈夫だ僕が付いている。さあ、カタナを抜くんだ。」
「・・・カタナ起動。」
そう言って雪歩は腰に据え付けてあるカタナを抜く。
そして、まるで示し合わせたかのようにハウンドプラントがこちらに気付きゆっくりと近づいてくる。
雪歩はカタナを構える。その姿は危なっかしい。
しかしなぜだろう・・・あのミノタウロスを見た後だと、あの死の恐怖を味わった後だと、おかしいほど恐怖を感じない。震えも、鼓動の高鳴りも息の荒れもない。
まるで・・・まるであの獣がただの犬のように感じるのだ。
「なぁ?大丈夫だろう?」
朱林がねっとりとそう言うと、後ろから雪歩の両手に手を添える。
「僕がサポートしてあげるよ。ほらカタナを上げて?」
言われるがままにカタナを上げる。ハウンドプラントか近づきながら足を速める。
そして飛び掛かる!
しかしその瞬間雪歩は全く目も瞑らず。カタナを振り下ろした。
そう、こうして私の蝕魔初討伐は呆気ないほどすんなりと終わった。
「初討伐。おめでとう。」
朱林がそう言いながら雪歩に何かを手渡す。
二人は今、白き浜に腰を下ろしていた。近くには蝕魔の姿はいない。
「これは?」
その白い包を雪歩はマジマジと見つめる。
「何って、昼飯だけど。」
「あっ・・・!」
雪歩は空を見上げる。太陽はすでに真上に上がっていた。
「もうお昼だったんですね。」
思い出したかのようにお腹が鳴る。雪歩は唐突なそれに、思わず顔を赤らめる。
「あっひゃっひゃ!まあ、さっさと食べちゃえば?」
「じゃあ、いただきます!」
雪歩はそう言って包み紙を開ける!そこには・・・
「こ、これは!・・・う、ううぅ・・・。」
雪歩はさっき覚えたばかりの食欲が一気に消え失せるのを感じた。
そう、それは携帯食料である。
雪歩は知っている。このレーションは、第八地域の大手企業『旨味の元』開発の超高栄養レーション。
通称『皆のポケット飯』。長さ10センチ、太さ4センチ程のそのスナックは、それ一本で三日分の栄養素を丸々取ることができると噂のレーションだ。そして何より超低価格!お子様のポケットマネーで買うことのできるという素晴らしいメリットがある。
なんてすばらしいんでしょう!味と食感が最悪って事を除けばですがねええええええ!!!!!
雪歩はこれを食べたことがある。本当に吐きそうになった。
口にこれでもかと広がる腐った何かの異臭のような味(しかも口の中にすごい残る!)、そして噛めば噛むほどネバネバとなっていく触感。そう、それはまさに皆のズボンのポケットに入ったまま忘れられ腐り溶けた飴のようなものだ。
まさに『皆のポケット飯』そのものである。
どうしよう。せっかく貰ったものなんだけどこれはきつい。まるで人が食うものじゃないと思うんだが。
というか嫌がらせか?と雪歩は朱林の方を見る。
しかしそこにはそれをバクバクと口に放り込む八裂の姿が!
「ヒエエエエエエエ!朱林さん!?本気ですかそれ!」
思わず雪歩は叫んでしまう。しかも、一本で3日分と言われるそれを何本も口に放り込んでいるのだ。
「ふご?はんへ?おいひいはん。」
うん!まずは口の中の物を飲み込んでから喋っていただきたい!何言ってるか大体分かるけど!
「というかこれそんなに食べて大丈夫なんですか・・・?」
朱林がゴクンと口の中のレーションを飲み込む。
「僕はまあ燃費は悪い方だからね~。あ、あと飯はそれしかないよ?」
「そ、そんな!」
「贅沢な口だねぇ・・・。さっさと食べてしまいなさい。」
うう・・・と泣きたくなりながらも雪歩はチマチマ食べ始めることにした。
そしてその後1時間、雪歩はその怪物と対峙することになるのであった。
第十四話 完。




