第一章エピローグ
時刻不明某所にて
暗い、マンションのような一室・・・。
「・・・はい・・・はい、その通りです。」
とある女性の声がする。何者かと会話しているようだ。その声はひどく抑揚がない。
「実験は成功。ただしサンプルを回収することは失敗しました。申し訳ありません。」
その女性は"自由の爪"の宗教服を脱ぎながら、携帯電話を耳にあてている。
「しかし、よかったのでしょうか。あのような下部の団体にサンプルを渡して・・・」
女性がタンスを開く。そこにはポツンと一着だけ服が置いてある。
「・・・申し訳ありません。決してあなた様の御意志に背くつもりは・・・はい、はい。」
女性が服を着替え終わる。
「では、データを今から持ち帰ります。バックアップを・・・はい、お願いします。」
そうして、女性は部屋を後にするのであった。
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6月16日 23時36分。第零地区
目の前の画面を見つめながら、書類の山に埋もれる女性がいる。
陰神陽子だった。
「いや~。悪いね。僕の仕事につき合わせちゃって。」
その後ろでは頭をかきながら書類に記入している、病衣を着ている少年、八裂朱林である。
二人は前日の事件の事後処理に追われているのだ。
「私は何も問題はありません。ただ朱林殿、あなたはまだ治療に専念するべきです。病院を抜け出してやるものでは・・・。」
八裂がその発言を聞き、軽く笑い声を上げる。
「ははっ、こう見えて僕はここの統治者だよ?ちゃんと業務をこなさなきゃ~。」
どの口が言うか。いつもサボっているくせに。
そう溜息をつきそうになるのをグッと堪えて、目の前の業務に取り掛かる。
そんな中でも、八裂は当然会話をやめない。
「しっかし、驚いたよね~下水道内から"壁"の外までトンネルを作って、そこから蝕魔を街に入れていたなんて・・・。」
陰神もタイピングを止めず答える。
「現在、トンネルについては出口付近に警備隊を配置しつつ、封鎖する予定です。1本だけなので、時間はかからないかと。」
「・・・それに液体型蝕魔がでてきたね。普通の物理攻撃は効かないだろうから、対策を考えなくちゃ。下手な部隊なら全滅しちゃうよね~。僕も雪歩がいなかったら危なかったよ~。」
「液体型蝕魔は現在分割冷凍保存中です。コアは無いですが、氷漬けにされた結果"崩壊"は免れているようです。後日、第四地域に移送、第十八地区で様々な実験に使用の予定です。」
「しかし、雪歩には本当に驚かされたよ~。あのカタナと相性がいいから、また今度調整してあげ・・・。」
バン!と陰神が机を叩く。
「朱林殿!お仕事をなさらないならさっさと病院にお戻りください!」
ついに堪忍袋が切れたようだ。ものすごい形相で八裂を睨む。
その凄まじさに八裂も冷や汗を流す。
「ま、まあまあ。そろそろやめるからさ・・・。ただ、一つだけ君に聞いておきたいことがあるんだ。」
「なんでありますか。」
「今回の事件の首謀者について。」
「・・・今回の事件の首謀者は、教祖である楢崎劉璋です・・・。」
「そうじゃぁない。」
八裂が口調を強める。決してさっきまでの気楽な口調ではない。
「薄々気付いているんだろう・・・。今回の事件。あんな小規模の団体ごときでできる様な事じゃあない。」
「・・・裏には強力なバックがいた。」
「そう!液体型蝕魔を教祖に与えるほどの技術と液体型蝕魔を捕えるほどの戦闘力、トンネルを作る労力、それを隠蔽するほどの強いコネクションを持った権力、いや、財力かな?それを持ったバックが存在している・・・。」
ほんの少しの静寂・・・。部屋には張りつめた空気が漂う。
「「『無刀』。」」
八裂と陰神が同時にその言葉を発する。
「まあ確実に奴らでしょう。奴らならやりかねないでしょうし、"できる"でしょうからね。」
「うん。全く、最近音沙汰ないと思ったらこれだよ・・・。今度の"定期集会"で報告しなきゃ。まあ明後日にゃあ"バレる"と思うが。」
はぁ・・・と八裂が溜息をつく。
「僕が聞きたかったのはそれだけ。じゃあお仕事がんばってねぇ!!僕はそろそろ戻るよ~。」
そう言って八裂が部屋から出ていく。
八裂が出ていった扉をほんの少し見つめた後、陰神は視線を前にある画面を見る。
そして不快な顔をする。
【報告書No.1993228
事件名:中規模反体制派蜂起事件
詳細:宗教団体『自由の爪』による中規模の武力蜂起。
蝕魔を地域内に侵入させていたのを第零地区が6月14日に察知。6月15日に武力放棄することを事前に把握し、武力蜂起するとともにこれを迎撃兼殲滅。事件は収束。
一般市民に被害は"無し"。
なおこの事実に反することは、適宜対処すること。≪場合によっては処分も可能。要許可申請。≫
処分対象:ランク8 斎藤 太郎・・・教祖にして主犯。『手配度ランクA』と認定、また例外により『蝕魔ランクS』と認定。"総合的判断"から『危険度ランクA』と認定。処分済み。
ランク1 金剛兄弟・・・本名は記録なし。教団の幹部であり、陰神隊員と戦闘。『手配度ランクB』と認定。処分済み。
他・・・教団員約3000名《ランク2~5》、蝕魔266体《蝕魔ランクE~D相当》。処分又は逮捕済み。
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相変わらず虚偽だらけの報告だな。陰神はそう思うのであった。
しかし問題はそこではない。むしろその下の殆どが問題なのである。
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人的報告
『特別功労賞』
ランク9
陰神陽子・・・敵団員処分数約2000名 蝕魔討伐数50体
ペイルル・ドリトル・・・死亡により功労賞授与
符柱 系度・・・上記に同じ
上田 ネクト・・・上記に同じ
ランク8
榊原 玄太。敵団員逮捕数28名
ランク7
豪坂 茂彦・・・蝕魔討伐数21体
花田 雄介・・・死亡により功労賞授与
匿名希望・・・市民避難に貢献
ランク4市民・・・情報提供に協力。
『死亡者』
ペイルル・ドリトル
符柱 系度
以下60名。
《秘匿事項》
ランク4以下地域民42名。
重体・・・20名。
重傷・・・37名。
なおこの報告書はランク8以上のみ閲覧可能とする。】
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・・・ランク9が死んだ。これは今後すぐ後任がつくことだろう。
だがしかし、決して小さなことではない。下手をすれば地域内外から狙われることになるかもしれない。
そして個人による力の集中も問題だ。朱林殿や私などに力が集中しすぎている。今回の事件で損失した武力は計り知れない。
そしてランク4市民・・・・間宮雪歩・・・・この少女だ。
八裂は疑っていないようだが、あの自由の爪発見が普通だとでもいうのか?関係者以外が、あれに気付けるとは思わん。
それに、あの戦闘と液体型蝕魔。実質ランクSを討伐したことになる。あきらかにランク4とは思えない。
「・・・今後監視が必要だな。」
陰神はボソリとそう呟く。そして周りの書類を手に取り、作業を進めるのであった・・・。
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6月16日 18時頃。
間宮雪歩はゆっくりと帰路を歩いていた。
昨日の事件によって、学校が休みだったが、事件に関わったものとして、第一地域にある病院で治療、またその後に様々な事後処理を受けていた。
(後で、柚子ちゃんに連絡しなきゃ・・・。)
そんなことを思いながら雪歩は今回のことを振り返る。
今回の事件は雪歩にとってとてつもない事件だった。
ひょっとした事からの大事件。まるで夢物語かのような事が引っ切り無しに起こってしまった。なんとか丸く収まったが、私がこれまでの普通の生活とはとてもじゃないが掛け離れすぎている。
これまで私が見て生きていた世界とかけ離れた世界。それが急に目の前の惨状になった。まるで八裂さんが引き連れるように。
・・・ああ、"あれ"を思い出す。とても、とても嫌な、心に閉じ込めておきたい"あれ"を。
これからどうなるのだろう。少なくともまともな世界にはいられないだろう。
ポツリ、と雪歩の頬に何かが降ってくる。
「・・・雨だ。」
ポツポツと雨が降り始めていた。それはとても鋭く冷たい。まるで"剣"のようだ。
気が付けば空は雲に覆われている。
雲は、地域を囲む大きな壁に遮られない。まるで八裂さんみたいだ。
私の日常を平然と飛び越えてきた八裂さんのようだ。ふと雪歩はそう思う。
あの壁が隔てるのは人間と蝕魔だけだ。人間を守るために。
それなのに人間は人間同士で争って、挙句蝕魔を壁の中に連れ込む。いったいなぜなのだろう。なぜ人間はそんな気が狂ってるようなことができるのだろうか。
そんななか八裂の言葉を思い出す。
この世の中は、歪んでる。だからどんな稚拙な理論も根拠も、理不尽な力も、摩訶不思議な現象も、簡単に存在する。
まさにそうなのかもしれない、その中に人間の狂気も含まれているのかもしれない。
じゃあ私はその中に含まれている?
・・・頭が痛くなってきた。もう考えるのよそう。
雪歩は遠くの巨大な壁を見つめる。
そして歩き出す。
ここはまともなことが無い、まるで唯の"ディストピア"。人はそこで何も知らずに仮初の平和に生きている。
でもそこには"剣"のような"雨"が降る。それを止めることは人間にも蝕魔にもできない。
雪歩の世界は今、動き出した。
これは一人の平凡な少女と、その少女の世界をこじ開けた一人の最強の少年の物語――――。
第1章 完。
どうも、あっつんです。
これにてディストピア=ソードレイン 第一章完結です。
いや~長かった。ほんとゆっくり書いてました。とても遅い投稿ペースで申し訳ない。
今回、私の初作品であり、かなり実験的な要素も含めて書いておりました。それゆえつたない部分も多かったと思います。
もう少し時間に余裕があればもっと早く終えることができたのですが・・・。
それに秘密を残しすぎた気もしますw
第2章はあります。ですが少し問題が。
ただ今自分は非常に多忙なこともあり、執筆にあたる時間が取れていない状況です。完全に私情です。なので投稿はかなり先になってしまうと思います。
ですが安心してください。この作品は必ず完結させるつもりなので。
なのでもし、もしよかったらゆっくりと待っていてもらえませんか?私からのお願いです。
なお、おまけの話みたいなものは現在制作中です。これが書き終わり次第、自分の仕事を終わらせて、もっとうまい感じになるように第2章は書かせてもらいます。
もしよかったら気長に待っていてください。
それでは、また次回でお会いしましょう!