04ステルス・ファクト
ステルス・ファクト――それは、さっき椋夜が口にしたとおり、能力のコアというものなんだ。
能力のコアとは、能力を生み出すコア(中心核)といって、このステルス・ファクトを使用した人物の、絶対に芽生えるはずのない能力を芽生えさせる道具なのだ。芽生えさせるとは、その人の本来体の奥に眠っている、不思議な力を力の限り芽生えさせるということであり、例えば絶対にただの平凡な人間が使えない『魔術』だとか『妖術』だとかが使えるようになる不思議なものなんだ。
なぜそんな素晴らしい能力を発揮できるのか、それは僕には分からない。分かるとしたら、今僕の目の前で白米を口に運んでいる椋夜くらいだろう。
「やっぱり学食のご飯は美味しいね!」
大きな口を開けて、にこにこと白米を頬張る梨乃。
「あんまり急ぐな、いずれ喉に詰まらせてしまうぞ?」
僕の隣で味噌汁を啜っている万桜が、呆れた顔で梨乃に注意する。
「だって、おいしいんだも……ぇほ、ぇほ!」
食べながら話すもんだから、本当に喉に詰まらせてしまったようだ。まったく、何をやっているのやら……
「梨乃、もう少しゆっくり食べないと、競争じゃないんだから」
僕も呆れて、右斜めに座っている梨乃にティッシュを渡す。
やれやれである。
ちなみに、このステルス・ファクトというものは、僕だけではなく、この学園の生徒全員が持っているものである。ステルス・ファクトが使われるようになったのは、僕が入学する前の、椋夜が入学してきた時であり、一年前からこのステルス・ファクトが学園中に広まっているんだ。
ところで、なぜ椋夜がステルス・ファクトに詳しいかというと、答えは簡単。このステルス・ファクトを開発した人物こそが、この僕の目の前にいる生徒会長の椋夜なのだから。
はい、これはまさに凄いこと! 発明家になれるんじゃないかというか、既になれちゃうような素晴らしい物を作った人なのだ。
なので、ステルス・ファクトについて色々なことを知っているのは椋夜なんだ。
さらには、ステルス・ファクトには能力を引き出せること以外、まだまだ不思議な力があるんだ。
普通に能力(この場合、魔法)を使う人がいるとしよう。もし、何らかの影響でその魔法の力が自分に当たったとする。そうなると、魔法の力は強大なので、普通の人間な僕らなら、燃え盛って存在自体が消えてしまうだろう。
まっくろけっけじゃない。影も形も無くなるんだ。
そうなると、このステルス・ファクトというのは危険なものとなってしまう。それだと犯罪道具にしかならないだろう。だが、このステルス・ファクトを使用している間は、例え誤って相手側に殴り、刺し、魔術で焼き払おうと、痛みは一瞬感じるものの、ほんの一瞬で終わり、姿形が変形しようともあっという間に元の体に戻るとう、並外れた再生能力の力があるのだ。
だから、ステルス・ファクトでたとえ力を使おうと、他者に危害を加えることはできないんだ。
そこも、椋夜がこの学園内にステルス・ファクトという物体を広めた理由の一つなんだろう。
普通に考えて、こんなものを作るのは、不可能なのだから……
そう考えると、椋夜って凄い人だと今更ながらに思えてくる。
「グッジョブ椋夜!」
「……?」
椋夜に向かってガッツポーズをすると、僕に対し、彼は頭の上に(?)を浮かべながら無視した。
あ、あはは……無視されちゃったよ。
そうそう、本来のステルス・ファクトの形は黒色の『丸』であるけど、能力を使う際はステルス・ファクトを左の二の腕に近づけさせなければならない。近づけると、黒色の丸形だったステルス・ファクトが自動的に淡い光を放ってリング状になり、二の腕に張り付く形になっているんだ。
なぜかって?
そんなの僕に聞いてもわからないから。
まったく、椋夜の考えたものは謎が多いな……。
みんなで静かに食事を黙々と食べている中、急に椋夜が制服のポケットに入っていた折りたたまれた紙を机の上に出して、広げた。
「なんなのそれ?」
真っ先に僕が反応する。その時間、42秒!
この空白はなんなんだって? 僕に聞かないで欲しいな。
「これは紙だ!」
いや、見れば分かる。A4の大きさの白い紙だ。しかし、折れ目がついてないのはなんでだろう? 折りたたんでたくせに……。
食事中にこんなものを出すなんて、何か書いてきたのだろうか?
落書き? 誰かの似顔絵?
僕は、机に置かれたその紙を手に取って、自分のもとへと寄せて広げる。当然気になっていたのか、隣に座っている万桜も身を乗り出してその紙を目にする。
密着感、Oh~密着感だ。
えーと、なになに?
一番上の、大きな文字で書いてあるところを読んでみる。
「『ステルス・ファクトを使った新しい行事について』?」
また何かやるのかな?
またとは、この間もこういうようなステルス・ファクトの能力を使った行事的なことをしたんだ。その時は僕ら新入生にステルス・ファクトに慣れさせるためのものだったけど、今度はそういうことじゃないようだ。一体何をするんだろう?
「椋夜よ、おまえは何をしたいんだ?」
万桜が怪訝そうな顔で椋夜に訊く。
「何をしたいか? ちゃんと最後までその文を読んでみろ。さすれば、俺のやりたいことがわかるはずだ」
紙に全部書いてあるのか。僕はその紙を真剣に読む。そして、ある文が気になったので、それを口に出して読み返した。
「『本来あるステルス・ファクトの力を使って、新ゲーム『決闘』をやりたいと考えている』?」
決闘?
「決闘って、なにをやるの?」
すぐさま僕は椋夜に訊く。基本ステルス・ファクトとは、能力を使って授業、遊びなどをするものであり、使い方としては他にも多々あるが、一番に使われていことはというと、ステルス・ファクトを使っての闘いである。
闘いというのはその名の通り武器を交わらせること。それができるのもステルス・ファクトの力があるからだ。
能力を使っての闘い。傷を負ってもステルス・ファクトの力によって、痛みなんて一瞬のうちになくなるから、気軽に闘いなどができてしまう。
だが、それは今までただの遊びに過ぎなかった。能力を使うときなんて沢山あるんだから。どんな遊びでも高度な遊びをしたかったら能力を使ってしまうのが当然だ。
「闘い? ぐーぱんちの?」
興味があるのか、なぜか梨乃が僕の眼前に軽くパンチをかましてきて驚いてしまう。
ぐーぱんちって、なんか可愛い言い方だな。
「あぁ、ぐーぱんちだな」
ブシッ!
なぜ椋夜まで僕にグーパンチを?
「その前にだが、闘いをして何をする気なんだ?」
僕の持っている紙をずっと見ていた万桜が椋夜に訊いた。
確かに、闘いといってもそのメリットがなければ、興味のない生徒とかはやらないかもしれない。そうなると、せっかく始めようとした新ゲームも無念の果てに終わってしまう。
そこら辺はどうするのだろうか?
「闘いをして……か」
少し考えてから、真面目な表情になって椋夜が語りだした。
「俺は、今までこのステルス・ファクトを開発してこの学校に広めたはいいが、活発に使ってくれない人ばかりで少々悩んでいたんだ」
そりゃあそうだ。普通のこの世界では余程のことがない限り能力なんて使う機会がない。もし使いたいと思っても、何に使おうか迷って結局使わなくなることが多いからね。
「そしてしばらく悩んでいると、俺の頭にこの『決闘』という三文字が浮かび上がってきたんだ」
「二文字な」
「そうして考えたさ、どうやってこの決闘を面白くしようか? 盛り上げようか? と……」
生徒会の仕事とかもあるのにも関わらず、いつそんなことを考えていたのか見当もつかない。
「いろいろ考えた結果、ついにそれが完成した」
僕の手に持っている紙を指差して、最後に強い口調で言う。
新ゲーム、決闘……
開催日は未定と書かれてあるが、一番下の方には『発表次第、すぐさま実行しようと思う』と書かれてあった。
「椋夜、決闘のルールとかこの紙に書いていないんだけど……ルールとかはみんなにどうやって説明するの?」
人は誰しもルールに基づいて行動をする。逆に言えば、ルールがないものにはどう行動していいかわからないわけだ。
しかし、この紙には決闘についてのルールなどが書かれていていない。これでは誰もが困惑してしまいそうだ。
「あぁ、ルールは今日行われる全校集会で言う予定だ。紙に書いても見ない奴とかがいて伝わりにくいからな」
なるほど……と言いたいところだが――
「今日、全校集会なんてあったっけ?」
「いや、無かったといえば無かった。俺が校長から許可をもらって時間を空けてもらったんだ」
なんてすごい奴だ……自分から進んで全校集会とかを持ち出してくるなんて……
「椋夜は校長の上?」
梨乃が卓袱台の上にある鉛筆に白い紙で落書きをしている。
ん、カミデラクガキ?
それよりも校長の上だって? 上ってなんだ、大校長とかかな? 僕もむしろ校長は椋夜がなるべきだと思っていたりする。というか、僕は校長の顔を知らない。
「何を言っている。あの偉大な校長がいるからこそ、俺は今こうしてステルス・ファクトの舞台に立っているんじゃないか。もしあの校長じゃなくて別の奴が校長だったら、確実に俺のステルス・ファクトはゴミ箱行きだったぞ」
こんなオモチャ、誰が欲しがるか!
きっとこんなことを言ってゴミ箱にロングシュートを決め込むだろう。そうなると、ここの校長は生徒のことをよくわかってらっしゃる。
まだ顔をお見えになってない僕が情けない。
「まぁ、というわけだ」
食事を終えた椋夜は、席を立ち上がる。
「?」
「これから生徒会の仕事があるんで、俺は先に行かせてもらうぞ」
そう言って、身を翻してその場を去っていった。
椋夜は校長に感謝しているということか。なるほどなるほど。
「さて、オレらもそろそろ行くか?」
自然を思い浮かばせるような綺麗なエメラルドの瞳を僕に向け、食べ終わった万桜が立ち上がる。
え? 待ってよ……
「うん、私も食べ終わったから行くよ?」
膝上までしか伸びていないスカートを軽く払い、長いポニーテールの髪を揺らめかせながら、つられて梨乃も立ち上がった。
えぇ!
「ちょっと待ってよ!」
やばい、どうしよう。
椋夜の話に集中していて、食事に全然手をつけていなかった。
「もぉ~、やっとさえ食べるのが遅いんだからみんなより先に食べておいてよ!」
腰に手を当て、上から目線で梨乃に注意される。
うわぁ~、屈辱だ。僕は今辱めを受けているんだ!
「そうだぞ? わざわざさらに自分を遅くしようとするんじゃない」
腕を組んで万桜にまで上から目線。
女の子二人にこんな風に見られてしまうなんて、辱め以上だ! 周りからこの光景を見たら、僕はただのMじゃないか。
あ、そういえば万桜って男だったな。また忘れてたよ。
決闘をすることで、椋夜は本当にただステルス・ファクトをみんなに使って欲しいと思っているだけなのだろうか? まだ他にもやりたいこととかがあるのではないだろうか?
そんなことを思いながら、僕は二人に見下されるように見られながら、食事を急いで食べた。