03幼馴染
朝――
僕は自分の住んでいる寮のリビングで、肘を卓袱台の上に乗せて眠い目を擦っていた。まだ起きたばかりだ。ついでにこれは二度寝だ。ずっと卓袱台で寝ているほど僕は馬鹿じゃない。しかし、学校がある日というのはどうしてこんなに眠たくなるのだろうか? 学校に行きたくないとか、そういう衝動が起こすものなのかな?
なんにせよ、僕には分からない。
「なんだ? 起きたばかりなのにもう眠たいのか?」
僕の右斜めの位置を陣とっている生徒が、ある人の小説を勝手に読みながら笑っていた。
小説のページを呑気にめくっている彼の名前は、長次椋夜。僕の幼なじみでもあり、学年が一つ上の先輩でもある人だ。ルックスが良く、目まで隠れそうなほど長い白銀の髪。身長も高く、性格も良い。いわゆる完璧人間だ。彼とは一つ学年が違うので、僕とは同じ寮の部屋には住んでいないが、今みたいによく朝に顔を出して来てくれるんだ。
ちなみに、彼はこの学校で生徒会長を務めており、女子だけでなく男子からも凄い人気を受けている。学園的英雄だ。
「別に眠たいってわけじゃないけど……」
卓袱台に顔を押し付ける。なんというか……暇なんだよ。
今この瞬間、僕のやりたいことといえば、こうやって卓袱台でゆっくりしていたいというくらいだ。他にやりたいことといっても特にない。
「眠たいなら無理に起きている必要はないぞ?」
今度は僕の左斜めにいる生徒に言われてしまう。
自然を想像させられるようなエメラルドの吊り上がった瞳に、両耳の後ろで縛った、脇までの長さのミカン色のツインテール。制服ではなく派手な白と赤をベースにした露出度の高い巫女服に、膝までの長さで少し幅が大きめの白い巫女専用のものかは知らないけど、巫女関係のズボンを履いている彼女――ではなく彼の名前は神田万桜。僕と同級生にしてクラスメートの一人だ。
巫女服には、一応学生と思わせるためか、僕ら一年の女子と同じ色の純白のスカーフをしていた。明らかに女の子にしか見えない彼は、暇そうな僕を呆れ顔で見ながら自分も卓袱台に頭を乗せる。
「でも、確かに暇だな……」
まだ6月に入ったばかりなのでそんなに暑くはないが、早々とセミの声が聞こえる。
なんだ、万桜も暇そうじゃないか。
「だよね~…………」
僕は左手を万桜の頭の上に乗せる。
「やめろ、勝手に乗せるな!」
ペシッ!
「あっ」
強い口調で、空いている右腕で弾き返される。
弾き返されちゃった。もう一度乗せてみよう。
「えいっ!」
ペシッ!
先ほどと同じように右腕で弾かれる。さっきより弾く威力が断然強くて痛かった。
「叫びながら手を乗せようとされても困るんだが……」
頭を上げ、弾き返された手を撫でている僕を眉を細めて見る。
仕方ないさ、万桜の髪がサラサラなんだから……。男なのにどうしてここまで綺麗にできるのか知りたいもんだよ。男の娘っていうモチーフがある彼女……じゃなく彼が羨ましく思えるのは僕だけだろうか?
「なぁ、オレもさらに暇になったんだが……」
「だよね、暇でしかないよね」
万桜は卓袱台には頭を付けず、代わりに後方へ倒れ込んだ。
髪を触られるのを避けて逃げたか? まぁ、僕も触られるのは腹が立って嫌なんだけどね。
僕は立ち上り、辺りを見回す。僕らが座っている卓袱台の、今まさに万桜が寝転がった頭の近くには、ねずみ色がかったソファーに少し大きめのテレビ、中身の詰まったカラーボックスが置いてある。カラーボックスには僕らの私物が色々と入っている。
中身は男子高校生らしいものが入っているので、みんなも想像がつくと思う。あとは卓袱台が置いてある程度だ。あまり何もないリビング。だがここは普通の寮より凄い事があるんだ。
それは、リビングはともかくこの室内にはまだまだ、個人個人の個室が計四つ存在するということだ。つまり、このリビングと個室四つを合わせ、計五つで一つの部屋となっているのだ。
しかも、もう一つ……普通ならば、寮というものは男子寮、女子寮と異性ごとに分かれているのだが、この寮は違う。昨年何らかの原因で、旧寮(女子寮)が燃えてしまったため、今残る男子寮で今年から女子も住み着くことになったんだ。そのせいか、寮は少し改築され少しは広くなったものの、男子と女子を部屋ごと分けることが難しく、ちょうど個室もあるので仕方なく、この学校の寮は同性(可)になってしまったというわけだ。
僕がリビングの周りを見回していると、突然僕の部屋とは反対側の部屋の戸が開き、黒のセーラー服をまとった少女が、綺麗な金色の髪を揺らして僕らのもとへと足を踏み入れてきた。髪は金髪のポニーテール。左耳の上には、透明なヒラヒラのついた白色のリボン。少し幼い感じの顔立ちを残している彼女の名前は、相沢梨乃。僕と同じ一年生で、椋夜同様僕とは幼なじみだ。
「おはよう、梨乃」
眠そうな目を擦っている梨乃に声をかける。
「ん?……おはよ、ちゆう」
彼女はそう言って、僕の目前(反対側)の卓袱台の前へと座り込み、椋夜がクスクス笑いながら呼んでいる小説を取り上げた。
「こらこら、今は俺が呼んでいるんだから、読ませてくれよ」
「これは私のなの、勝手に読まないで!」
表紙は、どこかで見たことがあるライトノベルだったけどどこだっけ?
まぁ、そんなことはどうでもいいとして、僕は腰に手を当てる。
そういえば、この卓袱台は元からこの寮に置いてあったものじゃない。この丸くて薄茶色の色をした卓袱台は、こっそり椋夜が家から持ってきたものなんだ。そんなことを思い出しながら、手のひらを床に付け、腰を下ろそうとした時、ふと、何かがお尻に当たったのを感じた。
ん? なんだ?
気になって、床についていない方の手でそれを拾い上げる。
黒くて丸い形をしており、所々小さな穴があいている不思議な物体だ。
僕はこの物体のことを知っている。いや、僕だけじゃない。この学校の人みんなが知っているものだ。
えーと……これなんていう名前のものだったっけ? ド忘れしちゃったかも!
「椋夜? そういえばこれ、なんだったっけ?」
名前を忘れてしまったので、それを椋夜に見せて訊いた。
「ん……あぁ、またド忘れか?」
またってなんだ……まるで僕がよくド忘れしてるみたいじゃないか。まあ、実際そうだから反論はしない。
仕方ないかという感じに、椋夜がポケットに手を入れて僕が持ってる物体と同じ形をした物体を手に取ってそれを前に突き出して言う。
「これか……これはな――」
懐かしむような、そんな目をしながら、彼は大きな声で言う。
この物語の、始まりを告げる最初の言葉を――
「能力のコア――――通称、『ステルス・ファクト』だ!」