15決闘を始めた理由
「おかしいといえばおかしいかもしれんが、あいにく俺はその時、生徒会室にいた」
確かに昼は椋夜が生徒会室にいることは、梨乃と万桜の発言で分かっていた。しかし、生徒会室から僕らの姿が見えるのか?
「そいえば、生徒会室って一階じゃなかった?」
梨乃が上を向きながら答える。
そう、生徒会室は一階で、学食も一階なんだ。これはどうこうやっても……
「ん?」
「どうした、馳優?」
「いや…………」
どうこうというもんじゃない。生徒会室が一階で、学食も一階なんだから見えるじゃないか! もし見えなくとも、僕らの声を聞けばわかってしまう。
万桜に顔を覗かれながら、僕が親指に顎を載せて考えていると――
「それはおいといて、お前ら初勝利おめでとう。この結果は実に素晴らしいものだ。これで間違いなく、明日から決闘ブームが始まるだろう」
ニッコリと、ガッツポーズのようなポーズを取る椋夜。そうだ、初戦の決闘が行われたということはつまり、気軽にみんなが決闘をし始めるということになるんだ。となると、明日からは決闘祭り……これは大変なことになりそうだな。
「だが、よくあのヤンキーどもに勝つことができたな? あそこで負けそうになっていたらきっと俺は生徒会室を抜け出してお前らを助けに行っていたと思うぜ」
あ、心配していてくれていたんだ。てっきり生徒会室で結果がどうなるのかすごく笑顔で楽しみにしていたと思っていたよ。
でも、今更ながらに思うが、なぜ決闘なんて始めたのだろうか? 『ステルス・ファクトの新しい行事をしたい』これは椋夜からこの前聞いたからなんとなくわかるけど、どうして決闘だったのだろうか? 普通に何らかのスポーツでも良かったとも思うんだけど……
「そういえば椋夜、今更ながらに思うが何故決闘をし始めたんだ?」
「ん、何故かと?」
僕が心の中で思っていたことを、偶然か必然か、万桜が卓袱台に両肘をつけながら椋夜に訊いていた。
僕が訊こうと思っていたのに……万桜の行動がいちいち早すぎて尊敬してしまう。
「万桜、僕のお嫁さんにならない?」
「待ってくれ、どうしてそんなキラキラした目でオレを見つめているんだ? 後オレはお嫁さんにはなれないぞ……」
そんな、振られた?
両腕を床に付けて頭を下げる僕。
僕が振られるなんて……一生の不覚だ……
ゴツンッ!
下を向いていると、突然後頭部に強い衝撃が……あまりの痛さに頭を押さえる僕。
「ちゆう、アホなの?」
「え?」
後ろを振り返ると、いつの間に回り込んでいたのか、チョップをかました後のような体勢の梨乃が僕を呆れた顔で見ていた。
アホ、だと……?
この僕が、アホだと……?
僕が心の中でアホを連呼しているなか、梨乃は自分の所定位置に戻っていった。
あ、もうアホ言うのやめとこ……僕が前を向くと、椋夜が片手を自分の口元に付けて、一つ咳をした。
「お前ら……俺に決闘を始めた理由を聞いていたんじゃなかったのか? そうやって話を変えようとするな!」
そうだった。決闘を始めた理由を聴いていたのに、なに話を伸ばしてんだ。
「ごめんごめん、ついついついついね」
頭を掻きながら、ごめんとついを繰り返す僕。
「まったく……」
椋夜はやれやれといった感じで、近くにある白い小さな冷蔵庫からお茶を取り出して一つの紙コップに入れる。
そして、お茶を冷蔵庫に戻してから、紙コップに入ったお茶を勢いよく飲み干した。
その光景を、僕ら三人は正座をして見ていた(梨乃だけ座布団があるぞ! しかも三枚!)
「俺がステルス・ファクトで決闘を始めた理由……」
お茶を飲み干した椋夜は、紙コップを卓袱台の上に置いてから語り始めた。
「それは、ステルス・ファクトを皆に使ってもらうことと、もう一つある」
もう一つ……やっぱりまだ理由があるのか。まぁ、理由がないと決闘なんてものは始めなかっただろう。
「その……もう一つとは?」
気になっているのだろう、万桜が真剣に聴く。
「あぁ、もう一つというのは、勇姿、強さから得られる『願い』だ!」
勇姿、強さから得られる願い?
話が一瞬のうちに分からなくなってしまった気がする。
「えーと……勇姿と強さからどんな願いが得られるの?」
左のこめかみを上下に掻く僕。さっぱりだ。
まず、願いってなんだろう? 僕はそこから分かっていない。
「願いというのは、今朝全校集会で話したなんでも叶えられることができる『三つの願い』のことだ」
三つの願い……決闘で全ての者にLV3以上の差をつけることができた三名だけに認められる三つの願い。生徒全員は、今後これをめぐって闘うことになっている。
でも……
「その願いは、いつでも叶えられるんじゃないの?」
梨乃が疑問に思いながら椋夜に訊く。
そうだ、その願いは別に勇姿とかが無くても、叶えることができるんじゃないだろうか? その願いを叶えるのが、開発者の椋夜なら、どういう風に願いを叶えればそれが叶うとかわかるんじゃないだろうか。
「残念ながら、いつでも叶えられるわけじゃないんだ。俺も何度も願いを試みたさ、だが、その勇姿、強さというものが足りていなかったのか、このステルス・ファクトは俺の願いを叶えてくれなかった……」
開発者の願いすら叶えなかったのか……椋夜はこのステルス・ファクトをどうやって作ったのだろうか? 毎回思うこの疑問だが、今は話が混乱しそうだから聴かないでおこう。
「その前に、どこでお願いなんてするの?」
今ポケットの中にある、小さな丸い物体に向かってお願いを知ればいいのかな? こんな小さいのが願いを叶えてくれるの?
「ステルス・ファクトよ、僕の願いを叶えたまえ~!」
ステルス・ファクトを床に置いて、王様に土下座するようにしっかりと頭を床に付ける僕。
どうだ? これで願いが叶ったか?
「万桜、とりあえず馳優の頭を軽く足で抑えててくれ」
「オ、オレがやるのか……」
椋夜に言われて僕の頭の前までくる万桜。
頭の上に足を置く? これは――
ガバッ! という勢いで頭を上げる僕。 危ない危ない、もうすぐで僕はただのM男になりそうだったよ……まったく、椋夜も危ないことをしてくれるものだ……
「椋夜! 今のは僕のメンタルを大きく削る行為だよ! この行為は許されない!」
両手を床にバンバン押し付ける。押し付けるたびに、いつの間にか小説を読みふけっていた梨乃の長いポニーテールの髪が軽くゆさゆさ揺れていた。