14どこで見ていたの?
五、六限の授業も終わり、寮へと帰った僕らは、椋夜の席を空けて卓袱台に座る。梨乃は夏服のセーラー服の胸元を指で少し前に引くように摘み、少々の絹と肌の空間を開ける。そして持参の団扇を手に、その空間に向けて軽く団扇を仰ぎながら、自分の所定位置に座った。そして、万桜はシワ一つ無い露出度の高い純白の巫女衣装を丁寧に折りたたみ、近くにいある白いタオルを手にとった。座り方が舞妓さんのようにも見えなくもない。
「それにしても、野球並みに汗をかくスポーツだな」
額からは少々の汗が滲み出ており、白いタオルで額についた汗を拭きながら言う。
「確かにだけど、これってスポーツなの?」
「スポーツじゃなかったらなんなの?」
僕の疑問に梨乃が問いかける。
スポーツじゃなかったら? なんなんだろう……?
「戦争?」
とっさに思いついたことを口にする。
「ちゆう……戦争と思ってやってたの?」
「まさかそんな奴だったとは……」
真正面に座っている梨乃と、左斜めに座っている万桜が同時に引く。
あ、あれ? 僕なんか変なこと言ったかな? 言ってないよね? あ、そんな嫌な顔しないで! あぁ――――っ!
心の中で叫びながら、手を伸ばす僕。
「というか、なんで引くのさ」
腕を伸ばしても無視されたので、言葉に出す。
「戦争だなんて、今さら古いからに決まってるからだよ? ちゆうはそんなに危ない子なんだね……」
戦争で引いたのか……古いって、どう言葉を返していいのかわからないな。
僕が反応にしばし困っていると
「よぉ、今日は昼一緒に食えんで悪かったな」
部屋の戸を開けて、制服姿の椋夜が入ってきた。
その顔は、いつも会っているのになんだか久しぶりに見るような感じがした。
彼は、一言そう言って卓袱台の空いている僕の右斜めの席にあぐらをかいて座る。
そういえば、この人は僕たちの決闘を見ていたんだろうか?
「ねぇ、椋夜」
「なんだ?」
「一つ聞いていい?」
「ダメだ、二つ聞いてもらおうか」
「えっ……?」
ふ、二つ! まさか数を増やしてくるなんて……。
自信満々な笑顔で僕を見ているわけだけど、質問数を増やして果たして彼は何をしようとしているのだろうか?
どうでもいいことでもすぐいろんな方向に考えようとする僕は馬鹿なのかな? でも、椋夜のことだからきっと裏があるはずだ。この状況でどんな裏があるのか全然わからないけど……。
「早くしろ、冷めちまうぞ」
何が冷めるんだろう? あのイケメンスマイルの奥に眠る裏の顔が怖いよ……。冷めちまうとか言っている時点で何かあるのは確実なんじゃないの?
僕はひとつ咳払いをしてから、一つ目の質問に入った。
「じゃあ、一つ目……椋夜の好きな数字は?」
これといって面白みの無い普通の質問。これなら裏があっても何もできないんじゃないか?
僕の出した質問に椋夜が答える。
「なにを聞いているんだ? 俺の好きな数字はもちろん『鬱』に決まっているじゃないか。それくらい俺の知らない人間だって知っている。『これ、常識ね?』という言葉はこういう時に使うものなんだ」
言っていることが伝わらない。
「いやいや、違うでしょ! それより好きな数字を聞いているのになんで好きな漢字について答えてるわけ? 話が噛み合ってないよ!」
声を荒らげて、恐竜の鳴き声のように叫びながら突っ込む。
「なにを言っている? 俺の好きな漢字は『鬱』じゃなくて『椋夜』だぞ?」
ここで反撃? しかも好きな漢字が自分自身の名前じゃないかぁ! なんだこの人、面倒臭い の一言に尽きる。
それに、裏ではなくきっと彼は『これ、常識ね』を言いたかっただけなのだろう。なんとなくそんな気がする。
「はぁ……つまりナルシストってことね?」
呆れながら、椋夜に最後の突っ込みをかます。
「そう、それを俺は伝えたかったんだ」
自分をナルシストだって? 自分でナルシストだって? 自分にナルシストだって?
僕自信、もう何を言っているのかわからなくなっていた。
「まぁ、それはさておき」
「さておくんだ……」
なんだったんだ今のは……
「二つ目の質問はなんだ?」
椋夜もどうでも良くなったのだろう。一つ目の質問を強制終了して、二つ目の質問へと入った。やっと自分の話したいことに入れた。僕は安堵の息を吐いた後、質問をした。
「えっと、椋夜は僕たちの決闘を見ていたの?」
そう質問すると、卓袱台で二人で話していた梨乃と万桜が僕の方を振り向いた。
もし見ていたとすると僕らの前に現れても不思議じゃないのだが、決闘中に現れなかったということは、きっと現れなかった=見ていなかったということだろう。
そう思っていたが――
「あぁ、じっくりと見させてもらったぞ」
なんと、見ていたのか!
で、でも……
「じゃ、じゃぁなんで僕らの前に現れなかったの? 当事者である椋夜が初決闘の場にいないだなんておかしくない?」
「確かに……おかしいな」
万桜も不思議に思い、口を出した。
そう、おかしく思って普通なのだ。しかし、見ていたといってもどこで見ていたのだろうか?