12初決闘~中編~
僕は後藤君を警戒しつつもゆっくり前へ出る。
「うほっ! もっと痛めつけてやるよ!」
片手で持った金属バットを、体を大きくひねらせながら奇妙な笑みを浮かべて振りかぶる。
当然それは避けなくてはならない。避けなくては、HPがさらに減ってしまうのだから……
僕は、振りかぶられた直後に身を屈めて、左の方へと転げ避ける。すると、僕の右頬スレスレのところで地響きのようなものすごい音が鳴り響いた。
わぉ、怖い。
廊下の窓ガラスが少し揺れている。
「負けられない……一様これにはLV制があるんだ。ここで勝っておいたほうがみんなより有利になれるじゃないか!」
なんだかんだいって僕もこの決闘に乗り気だ。いや、乗り気になってしまった。
主催者が椋夜な以上、僕たちは頑張らなければならない。
「そうか……そうだな。だが、それを考えているのはこっちもおんなじだ!」
いや、椋夜の知り合いだからチート使えんじゃね? 的なことを言っていた奴がそんなことを考えているわけがないだろう。本当に使えないのに、信じてくれない人だ……椋夜にも彼らに説明して欲しいもんだよ。
「おら、次でくたばりやがれ!」
思い切り、僕の頭に金属バットを押し付けようとするので、とうとう僕の堪忍袋の緒が切れだ。
切れだじゃない。切れた!
「いやだね!」
立ち上がり、両手を使って振りかぶられた金属バットを、真剣白刃取り曰く、新バット白金取りをしてみせる。
新バット白金取りとは、真剣白刃取りのバット版のことだ。今僕が考えたものだからそんな技は存在しない。
「な、なに!」
当然のこと後藤君は驚き、足を数歩後ろに下げる。
「くたばるのは、お前のほうだ!」
あ、ヤンキーにこんな口調で言ってしまった!
それよりも、反撃する前に言っておこう。僕の能力は武器ではなく身体に及ぼすもの。クマのように力が強く、蜂のように足が速いといった、本来の僕とは正反対の力を持っているんだ。
これが僕の能力なんだよね。
後藤君が両手で持っているバットを掴み取り、すぐさま頭でへし折る。
途端にそれは半分に折れてしまう。
「あ、折れちゃった」
僕は笑顔で後方へと投げ捨てる。
「へ、へし折っただと……?」
額に汗を浮かべ、身を翻し学食の方へと走っていく後藤君。
逃がさない!
僕はそんな彼めがけて――足を思い切り踏み込み、一直線に飛んだ。
刹那――彼の脊髄に僕の蹴りが入り、学食ではなく、廊下の端まで思い切り飛んでいく。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
距離が出るごとに声の音量は低くなり、壁に激突と同時に止んだ。
「ふぅ……」
彼のHPが徐々に減っていき、半分位になる。
今のでたった半分なのか……少し決闘を長引かせるようにでも設定がしてあるのかな? 普通だったら今のは一撃必殺とかそこら辺のはずなんだけど……
もう一度、人知れず浮かんでいるスコアを目にする。
「え……」
なんと、僕の名前の下の万桜のHPが徐々に減っていっているのが目に入った。
大変だ、このままでは万桜がやられてしまう!
もう一度、僕は足に力を込めて地面を蹴る。能力を使うと、僕の足の速さは蜂並みでとても早い。一直線に廊下を走り(飛び)壁から頭を出して立ち上がった後藤君を無視して廊下の右側へと曲がった。
「おい、敵前逃亡かぁ!」
スル~
相手にしている暇なんてない。
廊下の上空に人知れず浮かんでいるスコア。実はそれは何個も浮かんでいていつでも自分と味方、相手のHPを見ることができるんだ。
万桜のHPが危険を示す赤色になる。赤色は危険信号。ゲームをしたことがある人ならわかるよね。
さらに角を曲がり、もう一つ右に曲がったところで、銅鉄のハンマーに右足を踏みつけられている万桜を見つけた。
万桜は尻餅を付きながら、踏み潰される痛みに「……んぁ、ぁあ」とかそんな感じの声を上げながら必死に耐えていた。
男が男に何をしている!
「万桜から離れろ~っ!」
蜂のような速さで、僕は一直線に坊主頭の太田君に突っ込んだ。
「……!」
万桜に気をとられて僕に気づかなかった太田君は、僕の腕に体を取られ、一緒に廊下の端まで引きずられていった。
ズシッ!
壁にヒビが入るような強い衝撃。ステルス・ファクトを付けていると、壁を壊そうが何をしようが、一定時間が経つと全て元に戻る仕組みになっている。まさにステルス・ファクトなんでもアリ! という感じだ。
「クソッ、後ちょっとのところだったのにな……」
僕に壁に押し付けられながら悔しそうに言う。
「残念だけど、これ以上万桜には手を出させないよ」
目を細めて太田君を睨む。
「……かっこつけるのも、今のうちだっ!」
銅鉄のハンマーを両手で構え、僕の顔面めがけて思い切り振りかぶる。
「(ストーン、ヘッド!)」
なに、必殺技だと!
顔面に激突しそうなところでギリギリ交わすが、太田君と少し距離をとってしまい、相手の自由を有効にしてしまった。
スコアに映る彼のHPの残力はというと……ダメだ、四分の一程しか減っていない。
必殺技……必殺技とはその名の通り奥義のことだ。しかし、必殺技を使わない時の攻撃と、使う時の攻撃では全くといっていいほど力の差が激しいんだ。つまり、必殺技を使わずに与えたダメージが数でいう50だとすると、必殺技を使ってダメージを与えた場合100ほどのダメージを与えることができるんだ。
少々体力を消耗してしまうが、これはいいものだと思う。逆転のチャンスもあるし、さっき後藤君を吹き飛ばした時、必殺技を使っていれば一撃で倒せたかもしれないのに……僕は馬鹿だな。
「ちっ、外したか……」
左肩に銅鉄のハンマーを乗せ、軽く舌打ちをする。
「いたぜ、逃げやがってクソがぁ!」
突然、僕が駆け寄ってきた廊下から全力疾走で襲いかかってくる後藤君の姿が目に映った。
やばい、追いつかれた!
廊下の端には、座り込んでいる万桜が……いけない、なんとか助けなくちゃ!
そう思い、万桜の方まで向かおうとするが――
「おっと、そう簡単には行かせないぞ?」
太田君の銅鉄のハンマーに足を取られ、万桜がやられていたように足をハンマーで押さえつけられてしまった。
「うわぁ!」
痛い。ずっと抑えられているので痛みが取れることなく続いている。なんだ、こんな痛みに万桜は耐えていたというのか……
僕はそのまま腹を下にして床に倒れこむ。
「へっ、ナイスだぜ太田!」
「あぁ、そいつは任せた!」
ともに親指を立てる二人。僕は何もすることなくただ呆然とその二人の姿を見ることしかできなかった。