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部活の先輩の、三つ編み眼鏡の美少女さんが、ネットスラングに興味を持ちすぎてツライ  作者: 雲居 残月
ネットスラング編2

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第22話「ギシアン」

 花園中学は、頭がお花畑の人間が通う中学ではない。花園という地域に存在している、まともな中学校だ。その花園中の文芸部は、背徳的な人間が数多くいる。かくいう僕も、そういった人間にカウントされている。名前は榊祐介。学年は二年生で、厨二病まっさかりのお年頃。そんな僕が、部室でいそしんでいるのは、備品のパソコンで、ネットを巡回して、何の役にも立たないネットスラングを調べて喜ぶことだ。


 そういった、中学生として問題ありの生徒が集結している文芸部にも、先生の覚えがめでたい人が一人だけいます。スラム街に舞い降りたプリンセス。それが、僕が愛してやまない、三年生の雪村楓先輩です。楓先輩は、三つ編み姿で眼鏡をかけている文学少女。家にはテレビもなく、活字だけを食べて育ったという、純粋培養の美少女さんです。


「サカキく~ん。ネット詳しいわよね。教えて欲しいことがあるの~」


 間延びしたような声が聞こえてきて、先輩がやって来た。いつも楽しそうな楓先輩は、ふわりと僕の横に座る。そして、僕の顔を見上げて、眼鏡の下の可愛らしい顔に、きらきらとした笑みを浮かべた。ああ、この部活に入ってよかったなと、僕は心の底から思う。


「先輩、今日は何ですか? 僕ならきっと、ネットのどんな疑問にも答えられますよ」

「サカキくんは、ネットのマエストロだものね」

「ええ。ファンタジスタと呼んでもらっても構いません」


 僕は知っている。先輩は、最近ノートパソコンをお父さんに買ってもらった。文芸部の原稿を、手書きよりも速く仕上げるためだ。楓先輩は、そのパソコンをネットに繋いだ。切っ掛けは、オンラインの辞書を利用するためだった。それがいけなかった。先輩は、本とは違う言語体系が、ネット上にあることを発見した。そして現在、ネット初心者の楓先輩は、ずぶずぶとネットの罠にはまりつつあるのだ。


「ギシアンって何?」


 おうふっ。僕は思わず声を上げそうになる。なぜ、ピンポイントでその言葉を質問してくる? 僕は、先輩に突っ込みを入れたくなる。性的なことに奥手で、うぶな楓先輩に、そのものずばりの説明をするのは、はばかられる。ギシアンが、ギシギシ、アンアンの略だとは、面と向かって言いにくい。そんなことを言えば、僕は「エッチなサカキくん」として、楓先輩の純真な脳に刻み込まれてしまう。何か、逃げ道はないだろうかと思い、僕は部室を見渡した。


 あっ、一番避けて通るべき人と目が合ってしまった。ザ・タブーの異名を取る、三年生でこの文芸部の部長、城ヶ崎満子さんだ。古い少女マンガの勝ち気なお嬢様が、そのままマンガから飛び出してきたようなゴージャスな容姿。しかし、その中身は、気高くも真面目でもなく、腐臭を放つほど腐っている。

 それもそのはずだ。この満子部長は、父親がエロマンガ家で、母親がレディースコミック作家という、サラブレッドな家系だからだ。そういった家庭環境なために、満子部長は、両親から受け継いだ深遠にして膨大なエロ知識を保有している。そして性格はSであり、僕をこの部室で、ちくちくといたぶるのを趣味としている。


「どうしたサカキ。そのものずばりを、楓に説明すればよいではないか!」


 楓先輩の質問と、僕の反応が面白かったのだろう。満子部長は席を立ち、僕たちの方にやって来た。


「サカキ、お前が楓に、ギシアンの説明をする瞬間を、間近で見物させてもらおう。面白いことになりそうだからな」


 満子部長は、楽しくてたまらないといった風情で、僕の左隣に座った。僕は、右手に楓先輩、左手に満子部長という、両手に花の状態になる。でも、これ、かなり嫌な状態ですよ。右手がエーデルワイスだとすれば、左手はラフレシア。圧倒的存在感のラフレシアのせいで、すべてが台無し状態なのですから。


「ねえ、サカキくん。ギシアンって何なの?」


 楓先輩が質問を繰り返す。左隣の満子部長は、にやにや笑いを浮かべながら、僕の首に両手を回して抱き付いてくる。この人は、僕にべたべた触って、わざとドキドキさせる悪い癖を持っている。


「何なら、私とサカキでギシアンしようか?」

「満子部長! そんなの駄目ですよ!」


 僕は、目の前に楓先輩がいるので、目をむいて文句を言う。僕が困るのが分かって、満子部長はわざと言っているのだ。


「ねえ、満子。ギシアンって、何かをするものなの?」

「まあね。けっこう体を動かすなあ。楓の両親もよくやるんじゃないの?」

「そうなの?」

「楓もしてみるか? サカキが協力してくれるぞ、きっと」

「何を言っているんですか、部長!!!!」


 僕は、両手を千手観音のように無数に出して、満子部長に抗議する。そんなことを楓先輩に吹き込んだら、ギシアンの正体がばれたあとが大変だ。僕は軽蔑の目で見られて、この部室で汚物のように扱われる。最初から汚れ役の満子部長はともかくとして、部室の中でも、清廉潔白な部類に入る僕には、ダメージが大きすぎる。

 僕は、満子部長の手を振りほどいて、形勢逆転を狙おうとする。しかし、いつの間にか、腕だけでなく、足もからめてきて、僕にコアラのように抱き付いてぶら下がっていた。あの、満子部長、パンツが丸見えなのですが……。


「ねえ、サカキくん。それで、ギシアンって、何なの?」

「えー、あのですね。それはですね」


 僕は時間を稼ぎながら、どういった説明をするのか、必死に考える。よし、日本語の特性から攻めていこう。そして、ギシアンという言葉が、そういった系列に属する言葉だと説明して、いかにも学術的な解説といった風情にまとめよう。


「楓先輩! 説明しましょう!」

「うん。サカキくん、いよいよ説明ね!」


 楓先輩は、両手を可愛く握り、それを胸の辺りまで上げて、好奇心に目を輝かせる。僕の顔の横には、人間に取り憑いた悪魔のようにしか見えない満子部長がいる。


「日本語には、擬音語、擬態語といった言葉があります。擬音語は、ガタガタ、パタパタといった、現実の音を、日本語の五十音に写し取った言葉です。そして擬態語は、ぶるぶる、とぼとぼといった、実際に音はしないけれど、その様子を言葉で表したものです。

 この擬音語や擬態語は、ワンワン、ブーブーといった幼児の使う言葉のように、二回繰り返すことが多いです。そのことから、擬音語や擬態語は、言語の中でも、非常に原初的に発生したものであることが想像できます。


 ギシアンも、そういった言葉の一つです。ここで、楓先輩は疑問に思うでしょう。ギシとアンは繰り返された言葉ではないと。そこに実は、秘密があるのです。この言葉は、元々二つの擬音語が合成されたものなのです。一つはギシが二回繰り返されたもの、もう一つはアンが二回繰り返されたものです。

 ギシは、ものがきしむ音です。アンは閨房から漏れる声です。この二つの擬音語が合わさることで、閨の様子を指し示すのです」


 僕は、楓先輩の顔を見る。圧倒的に長く、遠回りな僕の説明により、先輩はきょとんとしている。よしっ、けむに巻いた! 僕は、心の中でガッツポーズを取る。


「何だよ、面白くないな。楓がぽかんとしているじゃないか。つまりこういうことだよ」


 満子部長は、両足で僕のお腹を、両手で僕の首をロックしている。その状態で勢いを付けて、僕を部室の床へと倒れ込ませた。


「うわ、何をするんですか満子部長!」


 満子部長は、まるで柔道の受け身のように、両手で床を叩いて勢いを殺す。そして、両足で僕の胴体を挟んだまま、背中を床に付けた。

 こっ、これは、格闘技のグラウンドポジション! 一見僕がマウントポジションを取っているように見えるが、実際の主導権は満子部長にある! 満子部長は、両足で僕の胴をしっかりと押さえているために、僕の腕は満子部長の顔に届かない。これは、典型的なガードポジションだ!


「満子部長。こんな高度な駆け引き、どこで学んだんですか?」

「ふっ、マンガから学んだんだよ!」


 何だって~~! この人は、本を読むだけで、なぜこんなことができるんだ! 満子部長は、時折、驚異的な能力を発揮して、周囲を驚かせてくれる。

 満子部長は、得意げな顔をしたあと、楓先輩に顔を向けた。


「ああ、楓。ギシアンというのはだな、ベッドの上で、男女がこういった格好をして、激しく腰を動かすことを指す。そういった行為をすると、ベッドがギシギシと鳴るだろう。そして、女性がアンアンと言う。その状態を略して、ギシアンと言うのだよ」

「満子部長! ストレートすぎますよ!」

「アンアン!」


 満子部長は、からかうようにして声を上げ、楓先輩は顔をゆでだこのように真っ赤に染める。


「二人とも、破廉恥です! 離れなさ~い!」

「えーっ! 楓先輩、僕は無実です!」


 満子部長は、嬌声を止める。そして、楓先輩の顔を見て、にんまりと笑った。


「楓、この役、代わってやろうか?」


 その直後、楓先輩は、両目をつぶって、両手を突き出して、僕に突進してきた。


「げふっ!!」


 僕は、先輩の攻撃があごに入り、きりもみ状態で吹き飛び、床に落下した。諸悪の権化の満子部長は、床に寝ていたので無傷だ。なぜ、僕だけ、こんな目に? 悪いのは、すべて満子部長なのに!


「サカキくんは、ギシアン禁止です! 満子も禁止!」

「ちっ」


 満子部長は、立ち上がり、つまらなさそうに自分の席に戻る。そんな、あっさりと引き下がるなら、最初から話に混ざってこないでくださいよ! 僕は、涙目でそう思った。

 それから三日ほど、楓先輩は、僕と満子部長が近付かないように監視を続けた。そして、なぜか近付くたびに走ってきて、僕だけ突き飛ばされた。


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