06.
前話まとめ。
オルドと別れ一人旅→迷う→村につくが入れず村前で夜を明かす。
次の日、日が明ける少し前にマコトは目覚めると荷物を手早く確認し街道を歩きだした。
途中、行商人たちであろう馬車がマコトを追い抜いて行ったが、その後は誰一人ともすれ違うことなく一人街道を進んでいる。
(馬車に乗れれば楽そうだ)
そうマコトは思うが、主要な場所ならともかく、交易路でもないこのような辺境には辻馬車も無く乗ることは難しい。村に入れていれば行商人に乗り合わせられるかを交渉も出来たかもしれないが、通りがかりの一人を止まって乗せてくれるような酔狂な商人はいるはずもなく通り過ぎて行った。
街道には要所要所に木塀に囲まれた簡素な野営地が造られており、歩きであってもそこにさえ辿りつければ休む場所は確保出来る。護衛を雇えぬ者や辻馬車の無い辺境であっても街道にある野営地だけは存在し、それによって人や物の流れはどうにか保たれているともいえ、国々も騎士を巡回させ野営地が破壊されたり悪漢の根城となるのを防いでいるのだった。
オルドによって野営地について細かい説明を受けていないマコトは、村の外で過ごしたように野営地の外で座って一夜を明かすという失敗もしているが、マコトが野営地は誰でも使えると知るのはアリアデュールに辿りついてしばらくしてからである。そうした失敗こそあれど、やはり街道は進みやすく3日ほどの行程を終えていた。
マコトは、あと2日ほどで着くだろうと折り返しも過ぎ終わりの見えてきた旅路に足も軽くなっていた。そうしてなだらかな丘陵を登って行き、丘の右手に茂る森によって街道に影を落とす中を歩き続けていたところで、マコトは後方より草木がこすれるがさりという音を耳にする。
咄嗟にマコトも振り向くと、また後ろでがさりと音がする。槍を持ち直し構えるマコトの前に現れたのは緑色の小躰、ゴブリンであった。後方をちらりと見ると同じようにゴブリンがおり、前と後ろ、4体に囲まれているということになる。
これにマコトはオルドの教えを守り、囲みを打ち破らんと一気果敢に打ち掛かり槍にて前にいたゴブリンを1体串刺しに仕留めると、斃した小躰を槍に吊り下げたまま前方へと駆け抜け、相手へと向き直る。
(これで3体・・・槍に刺さったのは抜けないか)
柄まで突き通った死体から槍を抜くのは難しく、死体の重さが加わった槍は手馴れた重さではなくなっていた。マコトの膂力ならば扱い自体は変わらないはずだったが、ここで槍から右手を離し、こちらへ駆けてこようとしているゴブリンに右腕で狙いを合わせる。
高音と低音の混じった振動音と共に右手より発射された弾体は、近距離で狙ったからかマコトが焦ったからか僅かに反れるが、高速で移動し衝撃を伴って1体の腕を引きちぎりながら吹き飛ばし、残る2体も体勢を大きく崩していた。
(よし!・・・後は倒すか逃げるか)
マコトが自らの優位を確信し、体勢を崩したゴブリンへと駆け寄ろうとしたとき、庇うように影が飛び込んできたかと思うと、茂みより次々と現れマコトはまたも取り囲まれる。
マコトの出した大きな音が気付かれ、相手が一人だと取るや数の優位に勝るゴブリン達は群がるように現れたのだった。これにはマコトも多いに焦るが、駆けるのを急に止める訳にもいかず飛び込んできたゴブリンのうちの1体をさらに串刺しにする。そうして立ち止ったところでゴブリンに囲まれ、槍で威嚇していても横合いや背後から次々と襲いかかられてしまう。
「おぉお!」
気勢を上げ槍を振り回しゴブリンを吹き飛ばすも、十数匹はいようかというゴブリン達によってマコトは追い詰められていく。右手を使おうにも近すぎて難しく、不器用に槍を振り回すしかない。焦りで歩法も乱れ俊敏さもなりを潜めると、ついにゴブリンの持つ粗悪な短剣がマコトを捉え、右足を浅く傷つけた。
「あっ・・・!」
か細い悲鳴を上げ右手に注意を払ったところで、左手より至近まで近づいたゴブリンによってその左腕を掴まれる。びきりとマコトの外殻が罅割れる音がして、マコトの左手に激痛が走る。
(死んで・・・たまるか!)
マコトは咄嗟に右手の槍を捨て、素手で左手を砕かんとするゴブリンの頭を殴り頭蓋を砕くと、中空に向け発砲し全力で駆けだす。突然の音に驚きゴブリンたちの動きが乱れ、それを利用し包囲を抜けるとマコトは痛む左手を押さえながらもそのまま全力で遁走したのだった。未熟なマコトは痛みと焦りで歩法は乱れ、軽功も効せずお粗末なものだったが、ゴブリンのような小躰が離れた獲物に追いつけるはずもない。ゴブリンたちは逃げた獲物を早々に諦めると仲間の死体のついたマコトの槍を数体で担ぎ上げ、森の中へと消えていった。
マコトはほうほうの体で逃げ出せたのはいいものの、槍を失い外套も何箇所か切られ血の染みがついており酷い姿である。何度となく後ろを振り返りながら歩き続け、街道の野営地へと辿り着いたのは日が傾き始めた頃になった。野営地へは入っていいのかはマコトは知らなかったが、今はひたすらに安全な場所を求めており、こそこそと中へ入ったのである。この街道は人が少ないためか野営地には誰もおらず、マコトも適当な場所まで移動すると腰を下ろし、外套を脱ぐと傷を確かめ始めた。
マコトの受けた傷は、右足太腿を浅く切られたものと左腕の外殻が割られたものだ。このうち右足太腿の傷は、相手のナイフが粗悪であり外套によってある程度守られていたことで、ひりひりと痛みはするが出血はすでに止まっていた。固まった血を水筒で綺麗に落としてみれば後は何の処置も必要無さそうなほどである。だが、左腕の傷は何をせずとも熱を持った鈍い痛みをマコトに訴えており、ゴブリンに掴まれた外殻の一つが大きくひび割れ、一部欠損し中の肉をのぞかせていた。ゴブリンの握力は300kgをゆうに超えるため、肉も削がれず骨も砕けなかったのは外殻のおかげと言えたが、殻が剥げ筋が見えるその様はなかなかに痛々しいものである。
「うぅう・・・」
水が当たることで痛む腕にうめき声を上げながらも、左腕に水筒の水を落としとりあえず綺麗にすると剥げかけている欠片を手で丁寧に取り除き、荷物から衣服の替えの帯を包帯代わりにゆっくり巻いていく。痛みと自らの傷の状態に涙目になりつつ処置を終えたマコトはローブを乱雑に纏うと座り込んだまま動かなくなる。恐怖感には襲われずに済んだものの、体力の消耗は激しく疲れて寝てしまったのであった。
明くる日の朝になり、ようやく目の覚めたマコトは喉の渇きと空腹感を覚え、のそのそと鞄から水筒と干し肉を取り出すと、干し肉を口に含みながら水を飲む。旅立ってから干し肉ばかりであり、いい加減飽きがきてはいたが、空いた腹には噛みごたえのある干し肉がよく効いて、マコトはなかなかの満足感が得られた。それから左腕の包帯を慎重にそっと外していくと、薄く白みがかった透明な膜が傷の表面に出来ていて血はすでに止まっている。
(・・・膿んでる訳じゃないよな。膿んでたら多分、熱があるだろうし)
以前であれば怪我をすれば病院に行けばよいという話だし、いくらでも消毒する方法はある。それに、外殻を持つ体をいかに治療すればいいのかも分からずマコトは少し悩んだが、悩んだところで出来ることも少ないと考え、空になりかけた水筒に魔力を込めて水を満たし怪我を軽く洗うと別の帯を取り出して包帯として巻きなおす。
血で汚れた帯も水で洗いはしたのだが
(火は使えないし、濡れたのをしまう訳にもいかないし・・・)
と扱いに困り、結局よく絞ってから畳み、荷物を括った紐に縛っておくことにした。火についてはマコトが扱える魔道具が無いからであったりする。
オルドの元にある魔道具のうち、適正が只人と比べても格段に低いマコトが簡単に火を起こせるほどの上質なものは無く、マコトが旅立ちの際受け取っている魔道具では火をつけることができなかったのだ。廃都にいた頃は、マコトが火を使うことは少なく、あっても火種をもらえばいいだけという感覚がマコトにあったこと。そして、オルドがマコトの火の適正の低さを失念したまま魔道具を渡していたからであった。マコト自身は、オルドが渡してくれた魔道具だから使えぬはずはなく、おそらく旅の途中でぶつけたりして壊れたんだろうと思っていた。
処置を終えたマコトは着替えを済ませたものの、汗を流せないことに気持ち悪さを感じながらも先の戦闘について考え、右手に目を落とす。
(やっぱり右手のこれ、近くだと狙い難いな。・・・それに音がでかい)
強力ではあるが、音が大きく自らを窮地に立たせることになったことを省みる。だが、槍のみで相手するには数が多く、武技として連続した扱いを行えないのだから使わざるを得なかったともいえた。
(いや、使ったのが悪かったはず。そもそも囲まれるまで気付かず、呑気に森の横手を歩く馬鹿だったからか・・・)
最初の警戒を怠り、不意を突かれた時点で逃げるべきだったと自らの慢心を深く戒めるマコトだったが、獣や魔物を狩れるようになったと少しは自信を持っていただけに気落ちしていた。
(こんな陰気じゃ駄目だな!よし!生きてるだけ儲けものなんだ。頑張って今日歩いて首都いくぞ!)
と陰気を吹き飛ばすように大きく体を伸ばして固まった体を伸ばしたが、
「っう・・・」
太腿が伸びたときに傷が疼いて思わずしゃがみ込み、なんとも締まらない形となってしまった。
そうして槍が無い事に寂しさを感じつつもマコトは野営地を後にしアリアデュールへと向かっていく。
日も天を過ぎた頃になるとマコト以外の人を見ることや、冒険者らしく集団とすれ違うことも増えてきて、いよいよ首都に近付いてきていることをマコトは実感する。
やはり冒険者のような鎧に身を包む者たちはマコトも気を惹かれ
(鎧姿はやっぱいいな。おおお・・・獣耳いるのか・・・!あっちは完全に獣の頭だ)
などと外套で目線が見えないことをいいことに通り過ぎる冒険者たちを見物していたのだった。獣の頭あるんなら自分も大丈夫だなと楽天的なことを思いながら歩いていくと、平野はやがて人の手の入った畑へと姿を変えていき、農夫らしき者たちや農具や人を積んだ大八車のようなものも見かけるようになる。
そうして歩くうちに遠くに都市の外壁らしき石塀も見えてきて、マコトの足取りもより軽くなり日が傾くよりも少し前には外壁の門前にまで辿り着くことができた。
外壁は石造りで20メートルほどの高さがあり、開かれた門から見える住居と比べてもその高さがよく分かる。アリアデュールにはこうした壁が3重にあり、碁盤目状の都市は区分けされているのである。その一番外の壁である外壁の大門の前はいくつかの道が集合し広場のようになっており、商人だろう馬車の列と住人や農夫だろう列、そして冒険者や傭兵、旅人だろうという列が出来ていた。
マコトはしばらくの間眺めていたが、気を取り直すと冒険者や旅人が並ぶ列へと進み同じく並ぶことにした。馬車や馬を持つ者もいるしマコトと同じように徒歩の者、普通の人から獣やトカゲのような頭を持つ者までいるが、この列はなんとも言えぬ臭いが漂う。様々な獲物や部位、採取した物の匂いが混じっており、悪臭だが何の臭いか?と聞かれるとマコトも答えにくいのだが、ようやく目的地につき気も高ぶっていたところで悪臭に晒されげんなりとしていた。
列も進みマコトの番も近づいてきた。列を管理するのは5人ほどの門番のようで、統一された鎧を身にまとい立ち並んでいて、なかなかの威勢を誇っている。列に居る者たちは、何か出してそのまま進むものと横手にある小さな小屋に入り、それから小屋の横手から門の中へと進むものがいる。何かを出して進むものの方が圧倒的に多く、小屋に入るものは少ない。それ故に列の進みは早くそう待たないうちにマコトの番となった。
マコトを見ると門番から
「身分証を出せ」
と身分証の提示を求められる。さっきまでの者たちが出していたのはそれかとマコトは納得しつつ
「ない」
と答えると、小屋へと促された。
小屋に入ると、机に座った襟付きの白いシャツを着た男とそれを護るように背後に2人の鎧姿の男がいた。マコトが入って立ち止ると、机に座った男に前に来るようにと言われる。
マコトがそれに従うと
「顔を見せて、都市に来た目的を言いなさい」
と話しかけられた。顔を見せると、男は僅かに体を後ろに逸らし護衛たちも左手が自然と剣の柄にかかる。顔を見るのは犯罪者の確認のためだが、マコトの顔は人の美しい顔とそれを浸食するような外皮があり、審査を行うこの男も護衛も、仕事についてからこのような風体を見たことが無かったのでである。獣人であれば獣の頭であるし、鱗人であればトカゲや竜のような頭を持つが、こうして半端な形をとるものは存在しない。見慣れれば可愛いものじゃないか?とマコトは思っているのだが、こうした半端な見目の者はそれこそ禁忌で造られた魔獣くらいしか居ないのであり、かなり相手に怖気を感じされるものだったのである。
マコトも相手の反応に気付きはしたが、いつもこう警戒するのかもしれないとそこまで大きく気にはせず
「冒険者・・・ナる」(理由は冒険者になりに来ました)
と答えるが、男は驚きと発音のおかしさで聞き取れず、結局3度ほど言い直したところで
「冒険者か。それで、見たことがないが、どこから来たんだ?」
「北・・の山」(北の方にある山から来ました)
と、オルドより未開地としてあげられていた北の山を指すことで出身地を誤魔化した。男はうーむと唸って思い悩むが、入れるのは一番外の区画のみであるし、外見以外不審な点もある訳でも無しと判断して
「よし、通ってよし!・・・ただし、冒険者や傭兵にならずに滞在出来るのは5日だ。それを超えて申請に来なければ犯罪者となるので注意するように。これも無くすなよ」
そう言って、マコトの方に小さな木の板を置いてマコトに取らせると、右手の出口より出るように促された。マコトは小さな木の板が日付などが書かれた許可書であることを確認して懐に入れると外套を被り、顔を出してから微動だにせず剣の柄に手をやったままの護衛をちらりと見てから出て行った。
(ギルドはどこかな?あぁ、宿も捜さないと)
マコトはそう思いながらひょこひょこと歩いて外壁を抜け、都市の中へと入っていった。
お読みいただきありがとうございます。
スペックそれなりだけど、色々未熟な主人公だったりします。外殻も思うほど硬くないので悲しいことに。・・・この世界のゴブリンさんもやっぱり弱いけど、握力強いと設定してるので板金鎧も握りつぶします。