05.
前話まとめ。
マコト、廃都を後にしオルドと別れ旅立つ。
大陸中南部にある広大な平野。荒地や草原、湿地帯や森などが存在する大きな平野で、その多くは中南部にあるアル・フレイ商国の支配下にある。その北端にほど近い草原にマコトは今いるのだった。
夏の草原は高々と茂り、青々とした姿を風に波打たたせ獣や魔物達が草原の波間に浮かぶように姿を見せる。
マコトがオルドと別れてからそう経たないうちに、マコトは地図を広げ位置を確認していた。
(こうも広いと間違えそうだ・・・)
との思いからだが、やはりオルドがいないから不安なのである。ここは廃都のあった森の南西部にある草原であり、そこから南へと下れば土で固められた街道がある。街道にぶつかれば、そのまま南西に道なりに4日ほど進めば目的地であるアル・フレイ商国の首都であるアリアデュールにつくという。
(まずは街道を目標にしよう。方位は・・・っと・・・うん、あっちにいけばいいんだな)
と、紐に下げた魔道具で方位を確認すると地図をしまって歩き出した。
日も高くなり魔物の姿もちらほらと見えるようになってきていた。マコトの視界は遠くまで見通せるため、背の高い草に阻まれてはいても多くの魔物を見つけることが出来ていた。ドリルのようにとがった巻貝の魔物や、まるで型抜きしたゼリーのような魔物。揺れる草間にゴブリンの姿を見てとることもあった。
(よし・・・とりあえず芋虫は見えない)
自分の嫌いなものが居ないことに安堵しつつ、魔物に相対せぬよう迂回しながら草原を歩いている。大きな群れや見て取れるものは避けれるものの、背の高い草で気付くのが遅れてしまうこともあり
「・・・あ」
と呟いてから、マコトは慌てて槍を構える。目の前にいるのは先ほど見たのと同じ型抜きしたゼリーのような魔物である。3メートルほど手前でようやく気付き相対したマコトだが、相手は僅かに震えるばかりで特に何か動きを見せてこない。
「・・・ん?」
よく観察してみれば、体で包んだ草がゆっくりと溶け消化されるのが見える。周囲の草が円形に削れているのでこの魔物が溶かしたのであろうということが見て取れた。
(害はない・・・のかな?草食か?)
マコトは警戒を解かずにゆっくりと円を描くように移動しはじめた。少し近づいても全く反応しないため、警戒を僅かにゆるめて後退しその場を後にする。
(そういや魔物といっても無暗に襲ってくるわけではないんだっけ)
ちょっとつついてみたい気持ちもあったが、さわらぬ神に祟りなしと魔物の相手をせずまた歩き始める。
ちなみにこの魔物はゼラチナスキューブの一種でイエローブロブと呼ばれている。単体では無害だが雑食性で際限なく増えることがある。そうなると移動して蝗のようにすべてを食べつくすので常時討伐の対象になっていて、冒険者や傭兵以外に小銭稼ぎに狩られることが多い。その身は強力な酸で触れることは危険だが、酸を飛ばすといったことはなく動きは鈍重なために子供でも長い棒を使えば倒すことも可能だったりする。しかし、酸の強さから武器の損傷を嫌う冒険者や傭兵には嫌われてあまり狩りたがらない魔物でもある。
そんなことは知らないマコトは
(そういやこの世界ってゼリーあるのかな。プリンも捨てがたいが、それもあるといいなぁ)
と、イエローブロブの姿から思い出した菓子のことなどを考えながら進んでいった。
(いい景色だなぁ)
余裕があったのもそう長い間ではなく、日も傾かぬうちに人恋しさを覚え始めたマコトだったが思わぬ形で叶うこととなる。人影があればその目でまず見間違えないだろうが、夕刻へと入り始めた頃にマコトが見つけたのは木で出来た塀や田畑である。
初めは何か見えるなという程度だったが、人々の暮らす場所であると気付くと目を見開き周囲に魔物が居ないことを確認して地図を開く。
(あれっ?どこだよここ・・・)
地図を広げ方位を確認し、自らの歩んだ方向を確認すれば大きく南東にずれていることが分かってきた。
(ってことは・・・地図にあるこの点しかありえない。というか、これくらいしか歩いて辿りつけそうな場所は無い)
マコトはしまったと自らの頭を撫でながら考える。
(オルドにはアル・フレイ商国の首都アリアデュール以外は入るのは避けるべきだと言われてるけど、どうするかなぁ)
うぅと小さく声を漏らしながら思い悩んでいるマコトだったが、オルドに言われた通り首都以外では身分証も無く見たことも無い種族などいれてくれるか分からず、どう対応されるかもわからない。
アル・フレイ商国は多種族国家だが、だからといって身分も何もない見たことも無い種族が偏見や差別を受けないということではないからだ。そして、それは首都から離れれば離れるほどに強くなる。だからこそ、オルドは首都を目指し冒険者か傭兵として身分を確立するように勧めたのである。
マコトはしばらく悩んだが、村に立ち寄ってダメなら柵の辺りで一晩明かし街道沿いに首都に向かえばいいかと村へ向かっていった。
(門番と話してどうにかなればいいけど)
と思いながら街道を進み、木の門まで辿りつくが何も反応がない。マコトよりも背が高く3メートルはある門は丸木を組み合わされており中の様子を見ることは出来ず、村を覆う壁もしっかりとした造りで地図に村である記載が無ければ砦か何かかとさえ思える外観であった。
左手で数度門を叩くが誰も出てくる様子がない。中からはがやがやと声がするので人が居ないはずはないのだが、誰も出てこないことにはて?と首を傾げ門を押せばゴトンと何かが倒れる音がして門が開いてしまった。
(・・・これでいいのか村の警備)
マコトはあまりに杜撰な村の警備に疑問を感じつつも様子見に中を覗くと、門を本来止めるはずの止め木が倒れており先ほどの倒れる音は間に合わせのように置かれた止め木が倒れた音だと分かった。他人の家の敷地に入る訳ではないしと、するりと入りこみ、止め木を立てかけ直し村の中へと入っていく。
村の門前にある広場は村人達で溢れており、マコトがするするとその中に入り込むと行商人らしき男が店を広げ呼び込みの声を楽しげにあげ、村人達が熱心に色々と買い物をしている姿が見受けられた。行商人の後ろには鋲打ちされた鉄鎧を身にまとう男達や外套をまとった者たちが長椅子に腰かけている。武装した質素な麻衣の村人に避けられそうなものだが村の女たちと笑いながら話をしている者もおり、幾度となくこの村に来たことがあるようであった。
この日は数か月に一度の行商人が来る日であり、村人達は浮かれて門番も良い酒が手に入ると釣られて来てしまっていたのである。
黒い外套を深く被るマコトに目を向ける村人も居ないではなかったが、行商人が連れている護衛の傭兵も似たような姿の者がいるために同行者だと思われたようである。門や門番が機能していればマコトが入るはずがないので当然ともいえるが、注意して見ていたのは行商人の護衛くらいなものだった。
そういった様子を見ていたマコトだったが、護衛たちがこちらを見つつ村人に話しかけているのを見てとり、浮かれていた村人の一人に
「宿、あるか?」
とだけ聞き、
「行商人のお連れ様なら今日は村長宅にお泊りになれますよ」
と答えられ、望む答えではないがこうしていられるのも同道した者だと誤解されているうちだろうと会話を諦め、村だし無いのだろうと結論付けるとこっそりとその場を後にし、門を出て門前に座り込む。
(正式に入ってないから待たないとやばいと思ったけど、入ったままの方が良かったかな・・・でも、なんか警備っぽい人が気にしてたしなぁ・・・)
実際、門が開いていたから村の中に入ったで済むはずはなく随分と危ない綱渡りをしていたのだが、当人はそこまでの感覚は無くさっさと門番こないかなーとぼんやり過ごしている。
そうして日も暮れはじめ
(入っとけばよかった・・・)
とマコトが後悔していた頃にようやく門が開かれ、松明を掲げた門番らしき男が出てくる。少し酔っているのか赤ら顔の男は門の端に座っていたマコトにすぐには気付かずマコトからは反対方向にあるかがり火に火をつけ、振り返ったところで薄闇に照らされる黒いローブ姿が見え
「誰だ!」
と大声で威嚇したのだった。
これにマコトも説明をせねばと
「門・・・叩イた。人、来なイ」(門を叩いたが誰も出てこないから待っていた)
と答える。
妙な発音だったが声色は女か子供、よくよく見れば体躯は小さくこんな者に驚いたのかと門番は多少の恥ずかしさを憶えつつ
「何の用だ?」
と聞く。アル・フレイ商国も北東も端にあるこの村には冒険者も傭兵も訪れることは稀であり、村で何か依頼を出しているという話も門番は聞いてはおらず、そんな場に単身で訪れた者に疑問を持つのも当然だろう。
「アリアデュール・・・迷った」(アリアデュールに向かう途中で方向を間違えたんだ)
マコトは相変わらずまともに出ない口調に困ったように首を撫でるが、その姿が門番には迷い子であるということも合わさりウケたのか豪快に笑い出し
「くっ・・・はっはっは!・・・どこから来たのかは知らんが、えらく道を違えたもんだな!」
「ん・・・泊まりたい」
未だ笑いの収まらぬ門番に、マコトは要求を告げる。門番はそれに対し冒険者や傭兵が持つような身分証の提示を求めるが、マコトはそれに無いと答え、門番は腕を組みしばらく考えていた。
村では身分証も無い者を入れないことになってはいるが、門番が見たマコトは言葉が下手な子供でありそれを外に放り出すのに気が咎めているのである。しばらく腕組み瞑目していたが、
「身分証が無ければ入れるのは無理だな」
と告げ、マコトも肩を落としたところで
「だが、門前で寝るなら構わんだろう。入っていないしな」
昼の人々の喧騒を思い出し、気落ちしたマコトにそう声をかけたのだった。かがり火の範囲なら獣も寄らぬし魔物もそう来ることもなく、
門番として村に入れることも無いと妥協点を示したのである。もし、ここでマコトがフードを取らされていれば対応は違ったろうが、子供の声や仕草だったことや酒が入っていたので門番もそこまで細かく判断しなかったのであった。
そうして門番とのやりとりは終わり、拙く礼を言うマコトに門番は頷きながら、全てのかがり火を灯すと門の中に入っていったのだった。
村で休めないことに残念に思うマコトだったが、壁と火がある場所で休めるだけいいかと気を取り直し簡素な食事を済ますと壁に背を預けて座り込む。
暫くの間はマコトも警戒していたのだが、慣れない旅の初日は気が張っただけに疲れており何度か眠気で頭がかくんと落ちては戻してを繰り返すと壁に頭を預け寝てしまう。
こうして旅立った初日は方向を大きく違えたものの結果としては安全な場所で終えることになったのだった。
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