49.
前話まとめ。
マコト、ラーシュと会談する。
アレセスの援軍、敵を大きく食い破り大きく勝利へと傾く。
アレセス、イホ、魔導都市の同盟軍がヤラヴァの制圧へと軍を進めていた頃、アレセスの街の南には帝国より逃れてきた者たちによる避難民の集落が出来つつあった。当初は少数であったために受け入れていたアレセスの街も、治安の維持や都市としての限界があり受け入れられなくなり、戦時で敵が入るかも分からぬとあって規制が敷かれていたのである。
避難民のいくらかは同じく脱出した傭兵と共にアル・フレイ商国へと逃れていった。しかし、帝国がどれだけの内乱になっているかは分からないが大陸の南西部全てという広大な領土と多くの都市があった大国だけに逃れてくる民も多い。そのためアレセスの外壁の堀に沿って南側には貧民街のような有様で、雑多で簡素な家屋や布で作られた天幕が建ち並び、アル・フレイより来る商人を通すために軍で警備を敷かねばならぬほどだった。
「見捨てることはしたくはないが、アレセスの民と秤にかけるわけにはいかん。大国ともなると、国の土台を支える民が見えなくなるのか」
と、これに頭を痛めているのがラーシュである。アレセスが本来の状態であれば破落戸など街にいくらいようがものともしないが、今は兵として出ており大半がおらず家々も武術を修錬した者たちの帰りを待つ妻や夫ばかりで賊に入られようものなら酷いことになりかねない。ラーシュ個人としては入れてやりたいという気持ちも強いが、アレセスの民は身内であり危険を晒すわけにもいかず悩んでいたのであった。
それが解決したのは数日後、マコトとラーシュが会し話をしていた時である。いつものように大して言葉も交わさず茶を飲むような会談ではあったが、その時にひょんなことからマコトと共に住む者の話となり、カイやベルムドといった者たちの話となったのだ。
「おぉ、そうだ。これがあった!」
ラーシュはそういって自分の禿頭をつるりと撫で、マコトに用事が出来たと言って会談を打ち切ると難民対策を取るべく動き始めた。
ラーシュが思い至ったのは実のところ驚くような策ではなく、難民として居る者たちの中にも多くいる傭兵や冒険者を一時的に雇い難民たちの護衛と治安維持に充てるというだけの考えだ。だが、ラーシュはそれらとあまり縁が無く思いつかなかったのである。そこで、気紛れとも言えるマコトとの会談で聞いたカイやベルムドと言った者たちの話から傭兵や冒険者に考えが及び、
「破落戸や賊になる前に雇えば良かったのだな」
と、彼らをギルド経由の依頼として雇い入れ、壁の無い難民の集落を魔物から守ったり治安の維持をさせるようにしたのであった。
これはなかなかに効果的で、難民に恩も売れるし帝国の内戦という泥沼の争いに関わる気が無かった傭兵や冒険者も飯の種があるなら気の立つことも減り賊に堕ちるような馬鹿もそうはおらず、そこそこの安定をもたらすことに成功している。決めてみれば何故思いつかなかったのかと一人恥じるほどの簡単なもので、ラーシュは自分も老いたかと後で嘆いたりもした。
そうしてようやく息もつけたと安堵した頃になり敵船らしき影が報告されたのにはラーシュもため息をつくしかなく、外敵に備えるために体制を固めることに尽力するのであった。
マコトも船が見えたとあっては灯台に詰めることとなり、見えたと聞いた日にはついに来たかと覚悟を決め灯台に上りはしたのだが、敵船はマコトの射程よりは少しばかり遠く届きそうにない。もどかしさにいらだちを感じながらもマコトはその日は夜が明けるまで見張っていたのだが船が近寄る様子も無く、気を張って起き続けたために疲れた様子でぼやっとしながら船を見続けることとなった。
こくりこくりと船を漕ぐマコトに助けが来たのは次の日の昼も回った頃。ちゃんとやっているかとカイが様子を見に来たのである。
「差し入れに来たぞ」
と、灯台を登りながら声を掛けマコトの居る最上部まで来たカイは、最上部の様子を見て眉を顰め、
「何だ。奴らはマコトを好きに使いながら気も遣えんのか」
とぼやき、ぼやっとして外を見ているマコトの近くまで来ると少しでも気が抜けるようにと軽くマコトの頭を撫でた。
カイは元々あまり今回のことを好んでおらず、傭兵でもないマコトを戦争に巻き込んでいることを嫌っていたが、マコトが望んでこの戦に参加していることもあり口には出さないでいたのだ。だが、客将として使うならばそれなりに遇するのは当然のはずだとカイは思っており、その気遣いも出来ず、いたずらにマコトを疲弊させている彼らについ文句が口に出たのである。
「大丈夫か?」
「あぁ・・・うん・・・眠イ」
疲れた様子のマコトにカイは差し入れにと持ってきた饅頭を渡した。そこでマコトはようやく朝より何も食べていないことに気付いて饅頭をちまちまと齧り胃に収めていく。長時間起きていたためか腹は減っているようでも減ってい無いような気持ち悪さがあったが、饅頭の中の餡は温かみが残っており味も悪くないとあってすぐに食べつくしてしまった。そうして腹も落ち着けばマコトの眠気も一層強くなり、カイと話をしながらもとろんとした目で視線も定まらない。
「少し寝ておけ。船が近づいたように見えたら起こせばよいのだろう?」
とカイは言い、マコトの傍であやすように髪を撫でてやれば、気の抜けたマコトはカイの袖を掴んで立ったまま眠ってしまった。
「ったく、戦慣れしていないマコトを要とするのに心配りも出来んとはなぁ・・・。アレセスは武人の都と言うが将兵の扱いはいま一つか」
そう言ってため息をつきながらカイはマコトを壁を背に座らせるようにし、自らは椅子に座ってマコトの代わりを務める。
カイのぼやきも当然ではあるが、マコトを気遣えるような門主のリオ、リンはここに居ないし、ラーシュ一人とあって目の行き届かぬ面もある。ただ、門主たちは戦いに際して元々自分や門弟の武人を基準とするきらいがあり気遣いが足りないのも確かで、マコトは見目の恐ろしさから強靭だと思われがちで浮いた存在であることがそれに拍車をかけていた。
一応灯台には兵は配してはいるが、その兵士はといえば灯台に敵が入らぬよう気を付けている程度で、
「敵は海より来るのだから、そう問題は起きんだろう」
と、守るにしても気合の入った様子では無く、カイもあっさりと入れたくらいだった。これについては少し後にカイがラーシュへと掛け合いに行き、規律は正されたのだが、
「話をしたことのない門弟たちではマコトも気遣うし、門弟たちもマコトと共に置くには難しかろう。心を落ち着けるのならば、やはり友を傍に置くのがふさわしいのではないかな」
と、ラーシュは言い、カイは灯台の交代要員として雇われることとなった。扱いに不満は残るものの給金も悪くなく、カイは溜飲を下げマコトと共に船の監視を行うことになったのである。
そうして1週間が過ぎ、船は相変わらずの位置でもどかしい日々が続く。マコトは海を見るのもいい加減飽きてきてさっさと帰らないかと思っていたし、カイはたまにハサを呼び歩法を見てやったり、ベルムドが話に来たりとすっかり暇を持て余していた。
無論、これが何かの計略の一手ではないかと思わぬ訳では無く、ラーシュは方々に斥候を出して陸からの軍がどこからか来ないか探りを入れていたし、難民や商人への調査も厳しく行うようなっていた。
だが、これは一手遅かったとも言えるし、アレセスの義侠を重んじる姿勢では仕方なかったとも言える。敵は大きな傷を負ったと言いアレセスへ落ち延びた傭兵や女子供として現れ、するりと中へ入り込んでいたのだ。
その敵が入り込んだのは、船が現れるよりも少し前だろうか。
「大怪我をした奴がいるんだ! 頼む、中に入れてくれ!」
と、アレセスの南門で大声を上げたのは小さな傭兵団らしい一団であり、荷車に数人の怪我人を寝かせていた。門番たちは当然中には入れぬと撥ねつけてしていたのだが、
「女子供でも駄目か!?」
そう言われ、
「傭兵ではないのか? ちょっと見せろ」
女子供まで見捨てるのはどうだろうかと思った門番が荷車へとよれば、確かに乗っているのは小柄な数人の子供と長身の女である。子供たちは矢や刀傷を背に受けうつ伏せになり様子は分からないが、女の方は腕を落とされ酷いものだ。鱗族らしい女は片腕を失い、今尚血が止めきれぬのか包帯は血で染まり、赤く美しかっただろう鱗はいくつも禿げ落ち、血と共に鱗の色も抜けたか肩口から白くまだらになってしまっていた。
「これは・・・酷いな。帝国は女子供にまでこの仕打ちか」
「このままでは死んでしまう! どうか入れて欲しい」
酷い有様に顔を顰めた門番に仲間の傭兵が詰め寄り、騒ぎに上役が来て荷台を一目見るなり、
「早く入れてやれ! このような怪我人や子供に何が出来る。だが、入れるのは荷車と女子供の負傷者だけだぞ!」
と、門の中へと入れてしまったのだ。これまでも数人は怪我人を受け入れていた事や、南から敵が来ようはずもないという思い込みと瀕死の子供や腕が無い不具の女に警戒心が解かれたからではあるが、門番としては勝手に判断してしまったことは失策だろう。これによりラーシュも気付くことなく敵は内へと入ってしまったのであった。
この隻腕の女こそリクに腕を落とされたライラ・フェラッダである。ライラは腕を喪いながらも逃げおおせヤラヴァへと辿りつき、船を落とすのは灯台にいる何者かであるとベル王国へと伝えていたのだ。ライラはベル王国で将としての地位と武人としての英名を失い、鱗族の女としても美しい鱗を失い惨憺たる有様であったがその目は復讐と我欲に溢れ、この計略の仕手として自ら望み選ばれた。
腕の傷は本来は塞がっていたが、わざわざその傷痕の表面を削ぎ落とし傷を作ると手の込んだもので、子供たちは北上する難民を襲撃して仕入れたものである。子供たちは助かるか助からぬかは知ったことでは無く、必要なのはライラと荷車の下に潜った手の者数人が街へと入れるかどうかで、その策略はまんまと上手くいったのだ。
ただ、ライラは獰猛で偉丈夫であっても無情な者ではなく、
「あぁ、子供を使うなど何てことだい。これが大国の武人がすることか」
と、策である以上止める訳にはいかず1人嘆いたのであった。
ライラがアレセスへ入り10日が経ち、彼女の傷はアレセスの魔術師によって癒され、子供たちは殆どが死ぬか入った時に既に死んでいた。荷車の下に潜む者たちはすでに街中に散り、地理と情報を掴むため動き回っている。
「ちっ・・・武術の街って言ってるけど、そこらの兵じゃいいもん持ってないねぇ」
ライラも動き出すために宿舎を抜け出すと一人になっていた兵を襲い、武器を得ることに成功していた。彼女の好みである片刃の曲刀ではなく直剣で、かつて使っていた利剣からは程遠いことに嘆きながらも、
「また、ここに来れたねぇ。アレセスの街を手土産に、貴族どもに私の強さを再び思い出して貰わないとね」
そう言ってにやりと笑い、味方との合流地点へとゆっくりと歩き出した。
ライラたちベル王国の暗殺者は8人。2人は穏行しラーシュの首を狙い、首が落ちるか2人がばれる騒ぎで撹乱し、その隙にライラ達6人が灯台に仕掛ける予定である。合流を果たし、いくらかの情報を交換した後、ライラは仲間より刀を受け取ると計画を実行に移すため急ぎ街を駆けはじめた。
8人はすぐに2人と6人に別れ、片方は中央の塔へ、そしてもう片方は灯台へと向かい、アレセスでも戦いは始まろうとしていた。
お読みいただき有り難うございます。
いよいよ本編も残り数話です。書き上げてあり、残りはチェックのみとなっていますので、本日7時、日曜7時、日曜19時に投稿予定です。




