47.
※前話が同日に投稿されています。読み忘れないようお気を付け下さい。
前話まとめ。
魔導都市、ヤラヴァへと戦を仕掛け一定の戦果を挙げるも砦にて包囲される。
報を受けたアレセス、イホの両国も、戦争へと向け動き出す。援軍を出すにも魔導都市の独走で両国は与り知らぬところであったが故に手配が出来ておらず、だからと言って見捨てるわけにもいかないと急ぎ準備を進めていた。
「どうすんだ。あいつら助けねぇと俺らがやばいが、今回のことはちいっとばかし道理が通らねぇぞ?」
門主たちの集まりの中、リオはこう口にする。盟を結んだ相手が勝手に動きこちらに害となることを不問とするのはどうなのかと言っているのだが、
「それは終わってからでしょう。今はこの機を利用すべきです。今なら魔導都市の膨大な魔術師を利用して戦が出来る・・・これは大きな利ともなります」
「魔術師たちを助けて、そのままヤラヴァを叩く・・・か」
フガクは、なかなか塔より出ない戦力がここまで出てきたのだから利用し、今こそヤラヴァを落とすべきだと身振りを交え主張する。リクはそれに受け答えしつつも思い悩み、手で顎をこすりながら僅かに呻いた。
リクもフガクも見ている通り、これは機でもある。魔導都市が援軍や防衛で寄越す数を見ても、まず1000を超える数が出てくることは無いため、引っ張り出ている今こそ戦力として利用する良い機会なのだ。2000を超える魔術師の軍勢など帝国でも用意し得ぬものであり、それが魔導都市というギルドを作り魔法の秘奥を研究していた者たちともなればおぞましい力となるかもしれないと2人は思うが、同時に魔術師という動きの鈍い者で構成される軍が援軍まで攻勢を凌げるのか、実際どれだけ力があるのかは未知数なところがある。その未知な力に対し、フガクは攻めの好機と取り、リクは計れぬものに対し駒をどこまで進めてよいのかと悩んでいたのだった。
「何にせよ、今回のことで魔導都市の戦力は大きく下がる。下がってしまえば元々数の少ない我らに勝機は無い」
悩み静かになった議場で、ラーシュはそう静かに言い、攻めることに暗に同意を示していた。相手の主力が海の向こうであることもあってようやく均衡を保っている同盟も1国が崩れれば最早終わりであり、望まぬ形であっても機を逃すべきではないとラーシュは思い示したのである。
「でも、それで私たちの国、アレセスはどうするの。私がベル王国なら、援軍をヤラヴァに送ると同時にアレセスも叩きに行くわよ?」
と、皆が攻勢へ傾くなか、リンは主張する。
「分かっている。だが、守りの一手で今を凌いだとて次が無い。大森林か、健常な帝国と盟することが出来るならば別だが、それも無理だろう」
「そう・・・じゃあ、攻めるのね。あぁもう、戦わないよう色々と動いてきたのに無駄になったわ」
リクはリンへと答え、遂に全員が援軍として送り、そのままヤラヴァを攻めると決したのだった。元々彼らは武人であり、守りよりも攻めに傾きやすく、方向が定まった今は皆意気を燃やし準備に向けた話し合いが盛んに行われていった。
この一連の動きのなか、ばつの悪い思いをしているのはアレセスに駐留する魔術師ギルドの面々である。彼らは魔導都市の暴走を知るのは門主たちよりも遅かったくらいなのだが、だからと言って知らないで済ませられる話でもない。塔が襲撃に遭ったと聞いて憤りこうなったとも当然だろうと言う者もいるが、戦争の倣いを無視したのではどちらが悪いと言われるか分かったものでは無く同盟国にも泥を被せることとなったのは間違いない。
「だからこそ、もう勝たねば道は無いのだよなぁ」
そう愚痴をマコトたちに言うのは、従軍が決まって早々にギルドの拠点を抜け出しさぼっているバルドメロである。
ベルムドも頷きながら最早勝つしかないなと言うように、引き分けで無くヤラヴァを取るくらいの勝利を得ねば活路は無いのだ。勝てば官軍というようにやはり勝者の弁は強く、魔導都市、そして国々に拠点を置く魔術師ギルドが信用を失わずにおくには勝利を以って自らが論じるところの正しさを見せるしかないのであった。そして、それは同盟として動いてきたアレセス、イホの両国も同じであり、ここで引き分ける程度であれば大国のベル王国は義を得たに等しく、他国や義を重んじる武人や傭兵なども彼ら3国に味方することは無くなってしまい滅びるのもそう時間はかからぬだろう。
マコトもバルドメロより聞く前にリンから狩りに行かず屋敷に居るよう言われており、門番が屋敷につけられ戦争の空気には気付いていたが、以前とは状況が違い戸惑っていた。今もバルドメロとベルムドの話を聞きながらも、これからどうなるのかとそわそわとし、
「少し落ち着け」
と、カイに肩を叩かれびくりと震えたりもする。ハサは、マコトのような異形の者がびくびくとしているのが不思議できょとんとした目でマコトを見ていたが、マコトはそんなことは気付かず濃く入れた茶に舌を沈ませて落ち着こうとしていた。
(街の守りを考えるとアレセスで待つことになるんだろうけど、どうなるんだろう。どうするのがいいんだろうか・・・)
会話の流れよりアレセスも防備を固めることはマコトも分かるのだが、戦で送る援軍にはどれだけ戦力が割かれるかも分からず、ついつい考え込んでしまうのだ。前のアレセスの防衛戦では全軍揃っていても苦労した事、そして今はリルミルたちが谷へと帰っていることもあり悪い方向へと思考が傾いてしまい、それを振り払うように頭を振る。
「マコトは頭は良いだろうが、心が荒れるならあまり考えるな。ここは五大門の門主という知恵も力もある英傑が揃っているのだ。彼らが頭を揃え采配を揮うのだから、我らは落ち着いて力揮えるよう備えるだけでいい」
マコトが黙考し暗い表情を見せていることに気を揉んだカイはそう言ってマコトの頭を優しく撫でた。マコトはしばらく撫でられるに任せていたが、次第に緊張していた顔つきもぼんやりとしたいつもの様子に戻り、
「落ち着いたか?」
「うん」
と、カイから声を掛けられようやく返事を返した。それがまた子供っぽくもあり、様子を窺っていたハサは、子供っぽいなぁと言って笑い出し、バルドメロとベルムドの両人も場の雰囲気に気付いて話を止めるとゆったりと茶を飲んで、
「まぁ、心配することもあるまいよ。我ら魔導都市が本気を出し、アレセスの武勇が加わるならばヤラヴァの都市くらい軽く落として見せよう。何しろ大陸全てを合わせるよりも多い魔術師に、大陸で一番の武術都市の英雄好漢が揃うのだ。これで勝てぬなど有り得ぬよ」
と、バルドメロが総括し、
「おい、一応もう1国あるだろう? 彼らとて居なければ困ると思うよ」
そうベルムドが茶化したのだった。そうして論じ合っていた2人が加わりしばらく雑多な話をしていたが、やはり戦の話へと戻ってしまうもので、戦端を開いた魔導都市について話が移る。
「魔導都市は、何であそこまで怒りを見せたんだ?」
と、カイはバルドメロへと質問する。子供のハサを除き、皆も気になったようでバルドメロへと視線が向くなか、
「あぁ、それは当然だろう。我らは知恵と知識を以って魔導を極めんとする群れであり、その結束を緩めれば道が断たれると知っているからだ。何といったかな・・・そうそう、侠じるというのかな?武術と魔術という違いはあれど、身内に対する感覚は似ているようで、結束を緩めず害に対しては力を見せ、許さず、それによって自らを守るのだよ」
そうバルドメロは答えて口を潤すように茶を一口飲むと、
「我らを机上で研究をするだけの弱き者と侮るなら侮らせていればよいが、それで手を出すなら我らは力を以って答えるのさ」
と、締めたのである。
「ベル王国は、蛇と龍を間違えて尾を踏んだか。しかし、効く限りでは恐ろしい数の魔術師だというし、さぞや戦場は魔法で彩られただろうなぁ」
これにカイは頷きながら答え、ベルムドも大きく頷く。
「怖イ」
マコトはといえば、アレセスでの防衛線で見た大魔法が乱れ飛ぶ光景を想像し、生きた心地がしないだろうと間違ってもその場には立ちたくないと体をぶるりと震わせ、冷えた心を温め直すように茶をぐびぐびと飲み干した。
(魔術師がそれだけ強力なら大丈夫なのかな? でも、ベル王国は大国っぽいしなぁ)
マコトは魔導都市がかなりの力を持つことを聞き少し落ち着きを得ていたのだが、何故ここまで考え込んでいるかと言えば、以前の戦とは得ている情報量が違うことにある。以前バルドメロより戦に連れ出された時は目的も決まっていたし、相手の戦力も情勢も詳しくは知らず戦場で使われていたに過ぎない。今回もマコトに求められていること自体は変わってはいないのだが、先の防衛戦が終わりアレセスに居を得てから門主たちと交わり、リンと帝国道中での会話などベル王国を含めたアレセスを取り巻く情勢についてかなりの知識を得ており、それだけにこの纏まりのない同盟と突発的に起きたように見えるこの事態に強く不安を感じていたのである。
魔導都市が引き起こした事態は良いものでは無いが、引き出された戦力は十分だという話もあって不安は和らいだのだが、アレセスの防備を考えるとどの程度戦力を割くのか、大国相手に下手な分散は厳しいのではないかとマコトが関われることではないが懸念は尽きなかった。
そうした懸念は当然ながら門主たちも理解していたのだがアレセスの防備を無くす訳にもいかず、リク、フガク、リオ、リンの4人が将として出兵し、ラーシュが守将として配されることとなる。大きな戦とあれば誉となるだろう、そう言って門主たちも誰が残るかと揉めに揉めたが、リクは長として赴くのは当然、フガクは門下を含め集団戦に優れ、リオは守り手としても一流だが、攻め手としての突破力は群を抜いている。そしてリンは、元々守りなどに向く気性でも無いし武術も集団には向かず、攻め手で遊撃を行ったり工作に向くとあっては守将に置いてもいけない。そうやって残ったのが、ラーシュとその一門であった。ラーシュの応神掌法は揺るがず構え迎え撃つ武技が多く、厳しく己の心身を律した一門は冷静に事をこなすことが出来ると少数であっても士気を下げず混乱を起こしにくい守り手として最上のものだったからだ。
「我らも攻めに行きたいところだが、致し方なし。我が一門はアレセスを守り通し、皆を迎えよう」
と、ラーシュは行けぬことを嘆きはしたが、決まればその未練も断ち切り、アレセスを守り通すことを門主たちに誓った。残る4人も各々の特性に合った布陣と役割をすぐに決めると、
「この一戦、道はいささか怪しいが、天も地も将も法も我らにある。道も勝てば我らについてこよう。ここで蛮人たちを打ち払い、我らの憂慮もここまでとするぞ」
そうリクが言い、皆は応と答え一礼を交わすと立ち上がり、各々自らの門下を激し準備を進めるため動き出すのだった。
魔導都市の兵団が砦に篭ってより20日と短い間に準備を終え、アレセスは四将四千の兵を救援として北へ送り出した。それより少し前にマコトは自らの屋敷の前でリンとリオの2人と別れを済ませ、
「今度は私たちが動きやすい野戦よ。必ず勝って、笑って戻ってくるわ! あぁ、でも、彼らとも会いたかったけど、まだ居ないのねぇ」
と、マコトに対してリンは勝気に笑い、リルミルたちと会えぬことを最後まで惜しみ、
「この通り体も満ちて、俺に何の不足も無ぇ。そして俺らは一騎当千、勝って当たり前だ! 俺の心配するなら総身を丸くして毛を増やしてからにしてくれ、そうすりゃ抱いてやらぁ」
と、リオは丸々とした腹を手で叩き大笑する。マコトはそれに深く頷くと、彼らより貰った槍を右手に持ち地面を柄でどんと叩いて、
「勝っテ。こノ街、私、守る・・・かラ、心配なイ」
と、アレセスの街を守ることを彼らに誓った。2人は友人がアレセスを守ると言い、アレセスを愛してくれることに大いに喜び笑顔になると、
「無理しちゃだめよ」
「俺が武術を仕込んだいい佳人なんだ。それが守るんなら心配ねぇな!」
そう言って2人でマコトを抱きしめたのであった。そうして3人は別れを済ませ、リンとリオの2人は出兵のため馬に乗りマコトの屋敷を後にした。
魔導都市の兵団とアレセスの援軍4000、そしてイホの援軍6000。万を超える大軍となるが勝敗の行方は見えず、マコトは北へ行く一団を外壁の上より眺め、勝利と無事の帰還を天に祈るのであった。
お読み頂き有り難うございます。